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【音楽】オリジナル・ラブ『bless You!』感想文 求める”らしさ”と、求めない”らしさ” 

オリジナル・ラブらしさとは、なんだろう。オリジナル・ラブ=田島貴男とするなら、”田島貴男らしさ”がそれなのか。

彼らという彼は、もちろん新人バンドではないし、それなりの歴史もあるわけですから、それなりのファンも付いているわけで。
で、新しいアルバムが出れば、ファンは、彼や彼らの何かを求めて、それを聴くことになる。いわゆる「らしさ」を求めて聴く人もいれば、「前作からの変化や発展」を求めて聴く人もいる。これは、それなりの実績のあるバンドや歌手についても、共通のことだ。もちろん、新しいファンもいるとは思いますが、要はある程度の「らしさ」ってものが求められるって事がいいたいわけです。

「らしさ」とは歌詞だったり、メロディだったり、サウンドだったり、声だったり、テーマだったりするのでしょうが、私やあなたが求めている「オリジナル・ラブらしさ」とは何なのだろうか。

田島貴男の歌声。たぶん、これはオリジナル・ラブのファンなら共通の「求める”らしさ”」なんでしょう。たぶん、ボーカルが田島貴男でなくなったら、それはオリジナル・ラブではない? みたいな。本当に?

で、それ以外のメロディやサウンドに関してはどうなんでしょうか。たぶん、これもあるのでしょうが、彼らの場合、それは広範囲であって、なかなか簡単に定義するのが難しいのが特徴的なのかなと。ジャズ的というか、ソウル的というか、ポップス的というか、AOR的、ファンク的というか、ロック的というか。ほら、ハードロックやヘビ-メタル、テクノといった、聴いて一発でわかるようなものではないといったら、失礼にあたるのだろか。誰に? 

というのを踏まえて今作「bless You!」を聴いてみたのですが、結論から言うと「らしい」のだけど、個人的にはちょっと「それほど好きではない”らしさ”」が気になってしまいました。田島貴男の歌声は健在であって、これは間違いなく「良い」らしさではあるのだけど、サウンドがちょっと、想定していたものと違っていたといいますか、「うーん。そうきたか」「えっ、そっち?」みたいな感覚を覚えたとでもいいますか。

ギターの音が、良くも悪くもロック的で、想定したいたよりもハードなんですよね。レッド・ゼッペリン? もしかして、田島さん、最近そちらがお気に入り?みたいな。全10曲それぞれのメロディなどに関しては、「らしさ」はあるんですよね。
シャレオツなジャズ的コードは健在ですし、曲の構成やメロディも単純ではなく、「らしさ」は十分ある。間違いなく、あのオリジナル・ラブなんだけど、ギターがちょっとフィーチャーされ過ぎかなと。うるさいまでは言わないけど。

タワレコの紹介を見ると「生グルーヴを得た黄金のオリジナル・ラブ・サウンドを全開」で「最新型のオリジナル・ラブ・サウンドにアップデイト」と書かれているが、なるほど、確かにそう言われれば、そうなんでしょう。確かに、これまでの「らしさ」をアップデイトしているとも言えるのかな。

アップデイト=ジミー・ペイジ的なギターサウンド? もちろん、ギターだけがアップデイトされているわけでないのだろうけど。

ギターね。確かに、オリジナル・ラブってこれまでもロックなところもあるし、ギターだってそれなりにフィーチャーされているのだけど、たぶん、私が求めている「らしさ」にその要素は少なかったのかな。

要は私が彼らに求めているのは、ソウルとかジャズとかファンクとか「黒い系サウンド」なんで、白い要素は逆に気になっちゃうんですよね。まぁ、ジミヘンだって、レニークラビッツだって黒なんでしょうが、私的には白いし、なんか微妙な存在。もちろん、悪くはないんだけど、100%良くはないみたいな。

所詮、最近、音楽は通勤時に聴くくらいなので、あまり重いと厳しいんですよ。何をもって「重い」って話になっちゃうのですが、簡単に言えばそういう感じ。

閑話休題。

たまにスタイル・カウンシルのファーストアルバムを聴くんだけど、当時、このアルバム聴いたジャムファンはどう思ったんでしょうかね。ギターはまったくうるさくなく、パンク的でないし、オルガンだけの曲や女性ボーカルの曲など、ポール・ウェラーが歌ってない曲もあり、ジャムらしさがこれっぽっちもない。

まぁスタイル・カウンシルはジャムではないから、それを期待するの方が間違いなんでしょうが…。
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Posted on 2019/03/03 Sun. 15:37 [edit]

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プリンスへの追悼文。本質は白い産業ロックの申し子 

プリンスの代表曲といえば、やっぱ「パープルレイン」?

僕が洋楽を聴き始めたのが、ちょうどその当時で、プリンスのその曲は大ヒットしていた。
当時はブラックミュージックに対する造詣は低かったが、マイケル・ジャクソンとプリンスは白人音楽と同じ土俵で扱われていたので、よく聴いていたのだろう。

確か、当時、友達の兄貴がマービンゲイとか聴いていたんだけど、彼とマイケル・ジャクソン&プリンスは別物という感じだったし。

そう。マイケル・ジャクソンとプリンスって、限りなく白人音楽に近い黒人音楽という感じがしている。

以前、プリンスとマイケル・ジャクソンを比較して「好対照な2人」として語っていた時期もあったけど、今、改めて2人を比較してみると「白人音楽に近い」という意味では、それほど違いがないのかもしれない。

確かにビジュアル面に関して言えば、マイケル・ジャクソンのほうがプリンスよりも「白人志向?」なイメージがあったけど、音楽面というかサウンド面で考えると、プリンスもマイケル・ジャクソンも「ロック」や「ポップ」という白人音楽の匂いがするのがその理由だ。

もちろん彼らの音楽にも、ファンクやモータウンといったブラック的なものがベースにはあるんだけど、彼らのあとに音楽シーンに登場するヒップホップ系のミュージシャンなどと比較すると、圧倒的に黒くない。というか、白い。洋楽聴き始めのころの僕にも聴けた理由は、彼らの音楽にそんな「白さ」があったからかなと。

黒いとか白いとかって、あくまで肌感覚なんで、人によって違うとは思うけど、プリンスの曲って、そんなに黒くはないと思っている。確かに「ブラックアルバム」や「サイン・オブ・タイムス」あたりは非常に黒いイメージがあるけど、それでもどこかに「白い」要素は感じる。白い要素とは、すなわち「白人にも売れる要素」。つまりは「産業ロック」的な香りがあるということ。

そう。プリンスって、やっぱ基本は「産業ロック」のド真ん中の人なのかなと。「売れる音楽」、「儲かる音楽」を作るという姿勢が根底にはあるみたいな。

だからレコード会社と著作権のことでもめて、シンボルマークだかなんだか違う名義で活動したり、配信音楽のスタイルと戦ったりしていたのでしょう。

約70億ドル(約8432億円)の市場価値となったアメリカの音楽市場ですが、ナップスターなどP2Pファイル共有システムが普及する以前の1999年に記録した146億ドルと比べて、約半分の規模です。
引用元


半分の規模か~。まぁ、僕も今音楽に金をつぎ込んでないからな。で、そんなナップスター以前のアメリカ音楽シーンを牽引してたミュージシャンのひとりが、まさにプリンスであったと思うんですが、要は彼って産業ロックの申し子であったということなのかなと。いい意味で。新しい音楽がどんどん生まれて、みんながお金を出して聴いていた時代。レコード、CDの全盛期。そんな時代だったからプリンスが生まれたのか、プリンスがいたからそんな時代となったのかはわからないけど、彼がそんな時代を牽引していたのは事実かなと。

ちなみに、1990年になってヒップホップシーンが登場したときに、彼がその流れに乗れてない感じがしたのは、結局、それまでの「白さ」があだとなった気もしてます。マイケル・ジャクソンと比べると、プリンスには「まっ黒に転向」できるチャンスはあったと思うんだけど、しなかった。というか、できなかった。年齢のせいもあるんでしょうが、まぁ、要は白い方の人だったということかなと。

ちなみに、僕が最後に買ったプリンスのアルバムは「One Nite Alone... Live!」というCD3枚組のライブ盤。
「テイク・ミー・ウィズ・ユー」とか「ドロシーパーカー」とかお気に入りでした。

ご冥福をお祈りします。


Posted on 2016/04/25 Mon. 02:24 [edit]

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ダン・ヒックスにのって 家を出るのさ 

ちょっと古い話ですが、確か田島貴男さんがTwitterでダン・ヒックスさんがお亡くなりになったことをつぶやいていた記憶があるのですが。どうやら2月6日に亡くなられてたようですね。


 
 ダン・ヒックスといえば、フリッパーズ・ギターの名曲「クラウディー」の歌詞にも出てくるわけですが、皆さんご存知でしたでしょうか?

朝早く起きるコーヒーを淹れる
ダン・ヒックスにのって 家を出るのさ



 
 実は、これまでダン・ヒックスの曲は聴いたことがなかったんですが、フリッパーズ・ギターの「クラウディー」って、かなりダン・ヒックス的だったんですね。

ご冥福をお祈りいたします。

Posted on 2016/02/22 Mon. 01:11 [edit]

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ブリットポップは死んだ。 デビットボウイも死んだ。 だが、モリッシーは生きている。 

「ブリットポップは死んだ」とは、ご存知、ブラーのデーモン・アルバーンの名言。
で、数年前に、「いやいや死んだのではなく、殺されたのだ」という新たな説が、リアム・ギャラガーから提言されていたみたいだ。

あっそ。そんなの、どっちだっていいじゃん? 

要はもう終わったんだろ。すなわち、過去の遺産なんだ。

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 Youtubeで元スミス・モリッシーが最近歌っている映像を見る。



 誰だったか、元チェルシーのウイング・シュールレがモリッシーに似ているとか言っていたっけ。確かに、若いときの姿は多少は似ていたのかもしれないけど、この映像を見る限りまったく似ていない。どちらかというとヒディンク似? にてねー!

鉄橋の下、僕らはキスをした
でもしまいには唇がひりひりした
もうあの懐かしい日々みたいではなかった
そう、もうあの頃みたいではなかった
僕はまだ病んでるのか?
僕はまだ病んでるのか?
引用元



どうやらモリッシーはまだ生きているし、今も病んでいるようだ。
そう、ブリッドポップは死んだのだけど、モリッシーは依然として病気のままなのだ。たぶん。

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「同じようなものでも、古いものより新しいもののほうがいいという考え」はもちろん理解できる。「昔のサッカーの方がおもしろかった」とか「初代ガンダムが一番面白い」という思考は確かにオヤジ臭いし、古い価値観に縛られたものの人の考えなのかもしれない。

「今のロックつまならないよね。昔のサウンドやメロディ、歌詞の焼き直しがほとんどだし」という僕の意見に対して、ある友達が言った反論も、それと同様だった。何であれ「新しいもの自体に価値がある」という主張がそれだ。

 その友達から確か2年くらい前に借りたのが、その当時最新のデヴィッド・ボウイのアルバムであった。なんかティンマシーンの焼き直しみたいな曲ばかりだというのがその時の印象だったが、そのことは告げずに返したのを記憶している。その友達と数日前にばったり出会った。

「そういえば、デヴィッド・ボウイ死んじゃったね。昔、アルバム借りたの思い出しちゃったよ」

「? ああ、そうだっけ。あのアルバムほとんど聞いてなかったんで、よく覚えてないんだけど」

「…。え、そうなんだ。」

 まぁ、なんだ。「古いものより新しいもののほうがいい」という主張がある一方、「新しいものなら、なんでもいいわけではない」という考えも当然あるわけで。つまり、その友達が貸してくれたデヴィッド・ボウイのアルバムは、その友達の中ではそういう評価だったんだろう。つまり、「いいものはいい。悪いものは悪い」という当たり前の評価。ただし、そこには「今」「昔」という時間の概念は存在する。みたいな? 1970年代のものと、2015年のものでは、今における評価基準は違うみたいな。本当? ということ、1970年代のものや、1980年代のものは、2015年のものに絶対に勝てない? そんなバカな。ノスタルジー主義? そんなのクソくらえ。ってクソって下品な言葉。失礼。

 もちろん、最新のものでいいものだってあるだろう。テクノロジーが絡むものは特にそう。ただ、音楽やスポーツにおいては、「最新だからいい」という理論はすべてには当てはまらないように思える。まぁ、何をもって評価するかにもよるんでしょうが。

スターとは時代の欲望の反映である。だから時代と共にスターは変わり、消費されていく。永遠にスターであることは構造的に不可能なのだ。ボウイはその不可能を可能にしてみせた。グラム・ロックのスターであり、ベルリンの壁崩壊のヒーローであり、米国の新しいダンス・ミュージックのスターであり、彼は時代と共に変容しながらスターであり続けた。その都度、音楽のスタイルも変わり、イメージも変わっていった。彼は時代を正確に映す鏡としての自分を一貫して高性能に保ち続けた。それは奇跡としかいいようのない見事さだった。
引用元

69歳はアーチストとしては中途半端な享年だけど、やっぱ、ワンパターンでミュージシャン稼業ばっかりやるのがあかん。
引用元


ブリットポップは死んだ。
デビットボウイも死んだ。
だが、モリッシーは生きている。
しかも、モリッシーは病気のままだ。

ロックは一般的にはもちろん生きているだろう。病気かどうかはわからない。

では、あなたの中でのロックは生きているのか? それとも死んでいるのか?

お詫び
※「ワトフォード対チェルシー戦」感想文は作者急病のため、お休みします。というか、書きません。

Posted on 2016/02/06 Sat. 15:48 [edit]

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デヴィッド・ボウイ 

「デビッドボウイが死んだらしいよ」
「誰それ?」
「ほら。戦場のメリークリスマスに出ていた外人さん」
「ふーん。映画は見たことあるけど、覚えてないな」


デビッドボウイ。
個人的には、ロックスターというより、ブルーアイドソウルシンガーというイメージのほうが強い。
リアルタイムでは「レッツダンス」から聞き始めたからというのが、その大きな理由。
当時、好きな曲は「モダンラブ」だった。
1983年。当時はレコード。

名盤「ジギースターダスト」を聴いたのは、確かレコードではなくCD。確か1990年代になってから。
当時バンドやっていた奴なら、「スターマン」や「ロックン・ロールの自殺者」くらいは知っていた。
でも、そんな彼の曲をコピーしていた奴は、あまりいなかったかな。
素人が簡単にコピーできる楽曲ではなかったから。 

その後、アシッドジャズやポールウェラーの薫陶をうけ、私の音楽の趣味はロックからブラックミュージックへ転向。
それに伴いデヴィッドボウイでは70年代後半の「ヤング・アメリカン」や「ヒーローズ」あたりの楽曲が好きになる。

「デヴィッドボウイの目って、確か片方色が違うんだよね」
「そうそう。それにバロウズのカットアップ手法も用いていたことも忘れてはいかんよ」

ご冥福をお祈りいたします。

Posted on 2016/01/12 Tue. 02:00 [edit]

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2019-08