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ブラジルW杯「ブラジル代表対チリ代表」 感想文 自分たちのサッカー 

 プレスというのは「相手にサッカーをさせないようにすること」。つまり、相手の嫌がることをする守備という面においては、ドン引きのリトリート・モウリーニョくそサッカーとそれほど変わらない。と、書くと反論もあるんでしょうが、要は相手にサッカーをさせない「守備戦術」であるという点ではどちらも同じということです。

 もちろん、ここでいうモウリーニョという単語の意味はイメージ的な記号である。本当のモウリーニョ監督は別にリトリート守備主義者ではないし、前からプレスの守備だってする。というか、どちらかというと前からプレスのほうが守備戦術的には基本&多用としているんだけど、過去の対バルセロナ戦のイメージが強いからかリトリート守備戦術の代名詞的に使われれることが多いというだけだ。原さんから言わせると、違うかもしれないけど。

 というわけで、この試合のチリ代表。戦い方的には(前からプレス)をフィーチャーした守備的なものであり、日本代表がいうところの「自分たちのサッカー」はあまりできてないように感じた。というか、そんなサッカーは鼻から目指してないんだろうけど。それは、ブラジル代表も同様。チリ代表の前線と中盤のプレッシャーがきついと感じたからか、中盤飛ばしの「縦ポン」サッカーをメインにプレイ。ポゼッションとかインテンシティとかシンクロニシティとか関係なく、とにかくチリのプレイを回避してフッキ、ネイマールの個人技に望みを託すというのが攻撃の基本。「自分たちのサッカー」の披露という点においては、点数をつけると0点という感じだった。
 
 ゴールはブラジルがセットプレイから、チリがブラジルのミスからそれぞれ1点づつ決める。後半、縦ポンからブラジル代表のフッキがゴールしたかのように見えたが、プレミアリーグ代表のハワードウェブ主審は、それをハンドと認定し認めなかった。基本は政治的な笛を吹くウェブなんで、あの程度のプレイならゴールを認めてもいいと思うのだが、きっとチリ代表のがんばりが彼に笛を吹かせたのだろう。

 PK戦に突入したところで眠くなって寝てしまったのだが、かつて「黄金の中盤」と愛されたカナリア軍団に、その面影がまったく残ってないというのは、ある意味、今の時代を象徴しているという感じか。まぁオスカル、ネイマールあたりは「中盤」的な位置づけなのかもしれないけど、うちのラミレスといい、シティのフェルナンジーニョさんといいい、決して魅惑の中盤といえるプレイスタイルではない。

だから、どうしたの? いや、別に。それで、まったく問題ないです。

まぁ、あれですね。気の利いたサイドバックが健在というのが、ある意味、ブラジル代表の象徴というか、ブラジル代表の「自分たちのサッカー」みたいな感じなのですかね。
 

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Posted on 2014/06/29 Sun. 12:29 [edit]

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ブラジルW杯 サッカー日本代表 大反省会2  モウリーニョ否定と協会の犬 

今回はたぶん辛口な内容になりますので、あしからず。

まず、目下の天敵である日本サッカー協会の原専務理事について。日経にこんなコメントが出てました。

 次期日本代表監督の人選の責任者である日本サッカー協会の原専務理事は、ザッケローニ監督が築いた攻撃的な戦術を評価した。W杯では1次リーグ敗退に終わったが「この4年間を全て否定するのは間違っている。ザックのやり方を目指していくべきだと思う」と、今後も強化の方向性を継続する考えを示した。(中略)
原専務理事はW杯前に代表監督の条件として「モウリーニョ(チェルシー監督)みたいに勝てばいいという
サッカーをする監督は呼ばない」と語った。日本の強化方針を尊重し、攻撃的なスタイルを継承できる指導者が条件となる。
引用元

チェルシーファンに喧嘩売っている感じですが、まぁ、これが原さんの本心なんでしょう。別にそれで構わないですよ。ただ、よく考えてほしいのは「勝てばいいもんではない」ということは「ある条件が出来ているなら、負けてもいい」ということだと思うわけでして。その条件とザッケローニの戦術がはたして「=」だったのだろうかというのは、今回の「敗因」を考えるうえでの1つのポイントになると考えられます。

さて、ここで何度も引用している、メンバー発表の会見でザックの発言を再度引用します。

「相手のことを考え過ぎずに自分たちのサッカーに集中して勝利を目指そうと」という言葉。これこそ、まさに上の「モウリーニョじゃないよアピール」だったのは言うまでもないところですが、果たしてその「相手の良さをつぶさない」戦術で、ザックは予選を勝ち抜ける可能性がどれくらいあると考えていたのか? まずは、ここが知りたいポイントですよね。

それを踏まえて、W杯を終えてのザックの会見をチェックしてみます。

「日本のサッカー文化、日本人選手の特長を吟味したうえで、技術力は世界に行っても通用する、しかし
フィジカルでは足りない部分があると分析した。スピードに乗って、インテンシティーのあるサッカーを展開していこうと、
チームづくりを進めてきた。そういう意味で、その方向性や、やってきたことは間違って
なかったと思うし、今後もこの4年間やってきた道を継続して進んでいくべきだと個人的には思っている」
「これまでもそうしてきたように、今回のメンバーは私が選び、戦い方も戦術も私が決めた。
責任はすべて私にある。その責任をきちんと取りたいと思っている」
「すべての面で上回っている状況で1-4で負けるというのは、何かが足りないんだろう」
「自分たちの普段のプレーを、(W杯本番という)このタイミングで意図的に出せるようにならないといけない。
スピードあふれる、フィジカルコンタクトをできるだけかわすサッカーを、ここ(W杯)で思うとおりに出す方法を探していかないといけない」
「格上とやるときにも勇気を持ったサッカーを展開する。そういうことを植え付けていこうと思っていた」
引用元

途中まで読んでまったく面白くない会見と感じたので、ななめ読みだけど、敗因は「何かが足りない」で終わってますね。「勝てる可能性」については、残念ながら言及なし。まぁ、そんなところでしょう。ただモウリーニョではなかったことは、なんとなく再度、確認できました。ただ、この方法は間違ってない&今後も続けるべきだと主張しているのは、ちょっと驚きでした。

要はサッカー協会(原)とそういう方向性で合致しているので、「間違ってない」と毅然としていられるということなんでしょうが、普通に考えれば、惨敗してのその態度は、どうなのかと思うんですけどね。「協会の後ろ盾がある」または「原さんから、負けてもいいからある条件のもとで戦えと言われ、それを実践できた」という自負があるにしても、なんか私には茶番にしか聞こえませんでした。

給料もいいし、原や協会の言うことに背かないで、「攻撃的に見えるサッカー」をやり通せば、俺の仕事は合格だ。

個人的には、ザックの本心はそんなところであると勘ぐっています。ファンのかたには申し訳ないけど。だってセリエAで戦った名将が、「攻撃的に見えるサッカー」でW杯本戦を勝ち抜けるとマジで思っていたとは、到底考えられないじゃないですか。普通に考えても。なので、「とにかく(協会の)注文通りにプレイさせて、負けてもOK」だったのは容易に想像がつく。まぁ、10%くらい(もっとあった?)は協会のやり方でも可能性があると思っていたのかもしれないし、そもそもビジネスなんで、「協会の注文通り」にやったザックは全然問題ないんでしょうけど。

問題はやっぱ、どう考えても雇い主の方。そう、原と日本サッカー協会だ。

たとえば「W杯で勝てば給料額が上がる。逆に負ければ下がる」くらいの契約をすれば、ザックのやり方だって変わっていたと思うんです。それこそ、自分の主義主張を変えても「勝つため」のサッカーをしてた可能性だってある。でも、やらなかった。なぜか。だって、それで勝てても喜ばれない可能性が高いから。勝とうと思って考えた戦術が、もし「モウリーニョみたいなサッカー」となったら、それが一番まずかったんですからね。

もちろん、そこまでザックがしたたかではなく、単にダメな監督だった可能性だってあります。

推定年俸2億円、4年間の総額は8億円。それに相応しい監督だったとはまったく思えない。この4年間で試合後の監督会見に40回以上立ち会っているが、サッカー学の向上に役に立った台詞(せりふ)はひとつもなかった。良いことを言うなと感心させられたこともない。才気というものを感じないのだ。「おおやるな!」「そうきたか!」と思わせる意外性溢れるアイデアに出会った試しがない。コロンビア戦。1-2に逆転されれば、後がないチームの監督は一か八かの采配に打って出るものだ。4-3-3にしたり、3バックにしたり、ストライカーを2人並べたり、思い切った戦術的交代に出たり、無駄な抵抗と言われようがとにかく何か手立てを講じるものだ。ギリシャ戦では、それが「ハイボール作戦」だったワケだが、技術委員長にそれが禁じられたコロンビア戦では、打つ手なし。
引用元

ご存知、杉山茂樹さんのご意見ですが、「この4年間で試合後の監督会見に40回以上立ち会っているが、サッカー学の向上に役に立った台詞(せりふ)はひとつもなかった」は同意ですね。ただ、それが「できなかった」のか「あえてしなかった」のかは気になるところで、「一か八かの采配」だって、「できなかった」のか「あえてやらなかった」のかは、考える必要はあると思うんですよね。「無能」とレッテルを貼る前に。

杉山さんは辛口系なので、あまり取材できないかもしれないけど「監督会見に40回」も行っているなら、もう少しそのあたりの「真相」に迫ってほしいというのが、私の要望です。これじゃ、テレビでしか情報を得てない我々と同じレベルですよ。専門家なら、たとえば選手に質問してザックの采配についての真相を考えたり、イタリア人の知り合いがあるなら、その人にザックの昔の仕事を聞いてみたりしてもらいたいというのが本音です。もちろん自分で見て感じたことを書くのは間違いではないですが、取材とか入れることで「真相」に迫るというのも必要であると思うんですよ。そのうえで「無能」なのか、それとも「協会の犬」なのかという判断を下すのも、ありなのかなと。ちなみに、今、日本代表の裏話がスポーツ紙に出てきているのは、それを出せるタイミングだからですよね。大会が終わるまでは出さないというのは、日本代表への配慮であり、新聞売るためのネタであるわけで、そこは別に驚きでも何でもない。優勝すればボツになっているネタかもしれないし。ただ、こういう裏の取材は大事だと思うし、こういう情報はうまく今後に役立ててほしいですよね。我々も踏まえて。
 

歯車が狂い始めたのは昨年10月、セルビア、ベラルーシに連敗した東欧遠征からだ。引いた相手を崩せず、戦い方に疑問を持った本田、遠藤、長谷部がザッケローニ監督の元に向かった。「サイドチェンジも使うべき」「戦い方を変えるべき」など直接、訴えた。

 直後、指揮官はW杯南アフリカ大会に出場したメンバーと香川を呼び、さらに意見を求めた。その議論自体は忌憚(きたん)のないものになった。だが呼ばれなかった選手は疎外感を味わい、不満が噴出。選手ミーティングが頻繁になったのはその頃からだ。指揮官の求心力は急速に失われていった。
引用元


ということで、本当に「モウリーニョサッカー」よりも「攻撃的に見えるスタイル」重視でOKなのかってのが、今後の焦点になるんでしょう。最後の引用。

彼らはコンセプトがありながらも、相手やスコア、環境に合わせて変化する『幅』をあわせ持つ。大人のチームだ。日本の痛いところに、必ず駒を打ってくる。残念ながらそれらに対応できず、相手の戦術に振り回されてしまう日本代表には存在し得ないクオリティーだった。

 これからの4年間で、日本に『幅』をもたらすサッカーの進歩はあるのか? そして、日本代表に新たな『幅』を与える選手は台頭するのか?
引用元

清水さんのコラムからの引用で納得できるところは多いですが、ただ気になるのは、ここでいう「幅」って、「モウリーニョライク」なことですよねってこと。

で、その幅を出していくと、最後には「モウリーニョサッカー」に行き着く可能性はかなり高いと私は考えてます。

で、それって、日本サッカー協会的にはどうなんでしょう?

「モウリーニョ(チェルシー監督)みたいに勝てばいいというサッカーをする監督は呼ばない」ということは、そういう「幅」はいらないと言っているのと同じではないのか。

そして、それはもしかして「4-3-3にしたり、3バックにしたり、ストライカーを2人並べたり、思い切った戦術的交代に出たり、無駄な抵抗と言われようがとにかく何か手立て」を打つことも、同様にモウリーニョらいくなのではないか?

何てったって、僅差で負けていて最後にパワープレイするのに、いちゃもんつけるくらいの「幅」のなさですからね(笑)。



というわけで結論。

日本サッカー協会というか原が変わらない限り、未来はないと思うんだが、いかがでしょう。



(追記)
バランス? もちろん、そうだけど、そのバランスの良し悪しは、誰が判断するのか?

この戦術はモウリーニョで、これならモウリーニョじゃないって。


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Posted on 2014/06/27 Fri. 03:46 [edit]

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ブラジルW杯ザッケローニ日本代表 大反省会 みたいな   

「サッカーは、いつ、どこで、なぜ、そこでボールを受けるのか。いつ、どこに、なぜ、そこにボールを出すのか――を、考え抜いて行う競技。コロンビアの選手は、それが身にしみているから、じっくり守ったうえでの、ボールをきっちり回しての速攻を次々と決めた」
引用元

まずは、この意見からだけど、単純に日本人とコロンビア人を比較するのは、どうかと思いますよ。もちろん、身体能力の差はあるんだろうけど、上記のようなサッカーの基本については、そんなに差はないと思ってます。普通に考えてもわかると思うけど、そんな基本も知らない選手がミランとかマンチェスターユナイテッドとかインテルとかシャルケに入れるわけがない。

日本人は状況判断ができてないという言論も、嘘ですね。たぶん、正しくは超一流の選手と比べたり、身体能力で勝る選手と比較すると、一瞬遅れたり、リーチ(懐?)で負けたりするということ。わかっているけど、相手に先にやられると何もできなくなることは多分にありますよねサッカーでは。もちろんチーム戦術やチーム組織の問題もあると思いますよ。ただ、それは向うだって同じで、こっちがしっかりと対処できれば、状況判断に狂いが出てくるものです。


つまり、言いたいのは単純に日本人ができないんじゃなく、出来てないとすれば、あくまで相手との力量の差、またはチーム戦術の問題に寄与するところが大きいのではないかということです。その昔オシム御大に「判断(パス?)スピードが遅い」と言われていたんで、そういうスピードが劣るところはあるのかもしれないけど、上でいうほどまったくダメなわけではないはずだ。

仮に無能にしているとしたら、それは戦術が原因の可能性は高い。前にも書いたけど、「ぼくたちのサッカー」がサッカーのセオリーを無視したスタイルである可能性も高いからだ。例のパワープレイに疑問なんてのも、その流れと考えれば納得する。

あと、何度も言うけど、相手の長所を消すことでこちらの短所が消えたり、こちらの長所が出せるようになったりするのもサッカーである。

タラレバ言ってもしかたないが、普通に「相手の長所を消して勝つ戦術」で戦っていたら、初戦のコートジボアール戦は少なくとも引き分けで終えれていた可能性は高かったのではないか。むしろドログバ対策をちゃんとして、それを逆手に取るくらいの采配ができていれば、勝てていた可能性だってある。なぜ、なんの対策もしなかったのか? それがぼくたちのサッカーだから?

で、初戦で勝ち点取れていたら、ギリシャ戦も当然、違う展開になる。まぁ日本的には勝ち点で1でOKというのは変わらないかもしれないけど、ギリシャが果たしてドローでOKというメンタルになれていたのかは疑問だ。

コロンビア戦も当然、違う展開になったはずだ。引き分けでもいいという戦いと、2点差が必要という戦いでは、当然、戦術も変わってくる。もちろん、どんな状況であれカウンターで凹られていた可能性はあるが、もう少し駆け引きができる試合になったのは間違いないはずだ。


ちなみにぺケルマンはアルゼンチン代表監督時代に高地用チームと平地用チームの2チームを組んで、ワールドカップ予選を戦った経験がある。それを考えれば、この試合の8人変更だって、まったく考えられない采配ではなかったわけだ。後半2枚変えてきたが、そこでちゃんと対策を立てていれば、それなりの試合になっていた可能性も高かったんだが、ザッケローニ監督はなぜ何の対策もしなかっかのか? それが僕らのサッカーだから?

もっといえばコンフェデの敗因をコンデョションの問題で終わらせてしまったことが、ザッケローニの一番の不可解なところ。コンデョション100%なら強いのはどこもそうで、そうではなく60%くらいでも勝負になるくらいの戦術をするのがセオリーだと思うのだが、「現実よりも夢」路線は途中で変更不可能なくらい絶対的なものだったということだったんですか? 原さん教えてください。


4年前にも書いたけど、アジア仕様とW杯仕様でチームをチェンジするのは、やはり現実的であるというのは証明されたと思う。アジアはバスを置かれれる戦いが多いので「ぼくたちの系戦術」のが合うが、W杯はこちらがバスを置くくらいでいいからだ。アトさんが書いていたが。確かに4年は長いのかもしれない。2年ごとにチームを少しずつ変形させていくというくらいが丁度いいのでしょう。監督までそうするのかは、意見が分かれるところですが。

あと、トルシエがその昔言っていた「日本代表=海外組」という思想は難しいかもしれないですね。それよりもオシム的に、どこかの国内のクラブをベースとして、そこに助っ人的に海外勢を入れるほうが、今はチーム的に強くなる気がしています。もちろん、監督次第なんでしょうけど。




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Posted on 2014/06/26 Thu. 00:56 [edit]

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ブラジルW杯「日本代表対コロンビア代表」感想文  未来もいいけど、過去を大事に 

ジーコの時とは違うと主張する人がいるみたいだけど、結果的には似たようなものになったのは確かですよ。
そして、私はそれは偶然ではない気はしてます。

何度も言うけど、サッカーというのは相手がいるスポーツなわけで、「自分たちの都合」で考えるスタイルというのは、なかなか難しいということだけだと思うんですよね。

もちろん、ザッケローニ監督は相手の対策や守備戦術も行ったんでしょうが、残念ながら、その攻守のバランスが、ちょい「自分たちの都合」を優先し過ぎてた結果、残念ながらこのように結果となってしまったんでしょう。

短期決戦なので、初戦で勝てていたら、また違った結果となっていたのかもしれないけど、「自分たちの(都合)サッカー」を全面にフィーチャーした場合、こうなることは予想できないことではなかったと思うんですよ。

「夢を追う大会」という位置づけだったんでしょうし、それをまっとうできたということで意義があったとする考えもあるんでしょうが、個人的には、それってつまり「ジーコ日本代表ですでにわかっていたことだよね」って主張したい。

何度も何度も「自分たちの都合」が通じるか実験したっていいじゃんという考えもあるのかもしれないけど、私は、それは無駄な気がしたし、貴重な4年に一度の大会なんで、もっと「勝つため」に有意義に戦うべきだったんじゃないかという考えはあります。

まぁ、そんなにコアな日本代表のファンでもないので、別にこれはこれでありだという気もするんだけど、本当に勝ちたいのなら、もっと現実的な戦いをすべきだった程度のまとめは誰だってできますよね。


ちなみに、この試合、縦に早い攻撃とサイドでボールを保持しての仕掛け自体は出来ていたと思うんだけど、それが
「自分たちのサッカー」だったということでOKなんでしょうか。それはそれでいいと思うんだけど、もし「勝利」にこだわるなら、、やっぱ、その戦術にプラスして、もう少し「守備の保険」をかけるようなスタイルがよかったように、見ていて感じました。

賛同する人は少ないかもしれないけど、たとえばモウリーニョ風味にするなら、どちらかのサイドバックを守備重視にして、どちらかのサイドハーフも守備重視にするみたいな感じ。まぁ奇策になるでしょうけど、たとえば、ボランチの誰かをサイドハーフで使うとか。あ、これモウリーニョというより、ヒディンクかな。または、中盤を3枚にしてアンカーを置く「4-1-4-1」的なスタイルというのもありだったのではないでしょうか。

何にせよ当然、そういう布陣にすると香川、本田、長友、内田という4スターのうち2人がピッチ上から去り、半分になってしまうという悲劇を招くのですけどね。

コンフェデであれだった時点で、そういうアジア仕様からW杯仕様に変えるのは、やっぱ必要だった気はします。「自分たちの都合サッカー」を多少犠牲にしても。

ただ、前にも書いたけど、そういうスタイルが我々、日本国民の総意かと言われるとけしてそうではないと思っている。

確か4年前にも「アジア仕様」と「W杯仕様」について書いた記憶があり、さらに「中村俊輔とは何だったのか」的なポエムを書いて上記とは逆の理論で何か書いた気もするけど(同じだったかな?)、今回はこんな感じです。

最後にぺケルマンの采配について。さすがでしたね。スタメン8人替えで控え選手をうまく使って、後半2人勝つための交代策を施し、最後にベテランに花を添えるとは、すばらしい采配ではないですか。

これ見て再度思ったのは、ジーコがかつて日本代表でやろうとした「功労者をたたえる会」というのは、やっぱ必要だったのではないかということ。

若さを抜擢するのももちろん大切だけど、功労者を大事にするという風土が「強さ」につながるということも多分にあるんだと思うんです。で、これから強くなるためには、きっと、そういう精神が必要になる気がするんです。でないと過去から勉強できないんだよね。きっと。

これまでの日本代表はある意味、中田英寿の登場あたりから「前へ」「新世代」がキーワードになって、今回も長谷部が
「10年後、20年後へ」みたいな未来志向のコメント発していたじゃないですか。もちろん、それも大事だけど、それと同時にやっぱ過去をちゃんと振り返る必要もあると思うんです。

同じ過ちを何度も繰り返さないためにもね。


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Posted on 2014/06/25 Wed. 09:07 [edit]

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ギリシャはアンチプレイ? 

ピッチに寝転がって時間をつぶしたり、明らかな判定にしつこく抗議したり、大騒ぎしてファウルをアピールしたり……。ギリシャの“アンチプレー”、いや、プレーと呼べない行為がとにかく見苦しい。真面目に見れば気分が悪くなり、なんとなく見れば眠くなる。残念ながら、そんな試合になってしまった。(中略)改めて言うが、僕はギリシャのアンチプレーが嫌いだ。こんなことは減ってほしい。自分の好きなサッカーは、社会の悪を映し出すだけでなく、社会を善に導く存在であってほしい。それは僕のサッカー観でもある。
引用元


チェルシーファン的には「アンチプレー」って言葉に過剰に反応してしまうんですが(笑)、上記のギリシャのプレイをアンチプレイ―と表現するは適当でない気がするな。確かによくないのかもしれないけど、別にアンチではないと思うし、「社会の悪を映し出す」的な表現で印象付けるのは、言い過ぎな気がする。人殺したり、審判買収したりするのは「悪」と言えると思うけど、ギリシャのプレイは別に悪ではないでしょう。
 
 ちなみに、日本は金の力で試合時間を変えたりしているわけで、ギリシャのプレイよりも、それのほうが「悪」な気もするけどね。それだって、別にどこかに訴えられているわけでもないから、OKなんでしょうが、ある意味、「社会の悪を映し出している」気もするな。もちろん、サッカーだってビジネスだから、それくらい全然ありなんだろうけど。

ブラジルでのキャンプ地がキリンとの関係から選ばれた感じがするのも「社会の悪」な気もするけど、まぁ、いろいろなビジネスがあるわけですから、そこはうまくやってくださいでOKといえば、そうなんですけけどね。

もちろん、サッカー観は大切ですし、そこは否定しませんよ。私も、それでイタリアサッカー見なくなったわけだし。

ちなみに、前のエントリーですが、会見よく読んだら原さんが「グループリーグ突破することに向かっていきたい」と言ってましたね。なので、そこがノルマなんでしょう。大変失礼しました。


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Posted on 2014/06/24 Tue. 02:23 [edit]

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「自分たちのサッカー」とは、必ずしも「日本代表の理想のサッカー」ではない 

ザッケローニ日本代表の「自分たちのサッカー」を「日本代表の理想のサッカー」として語ろうとしている人がいるみたいですが、残念ながら、それはあまり意味がないです。

なぜなら、それはまったく別物であるから。

たとえば、ブラジルでのコートジボアール戦、ギリシャ戦を見て「敗因を分析」することは可能でしょう。ただ、それを指摘したところで「自分たちのサッカー」を採点することにはないらないし、そもそも、どう点数をつけていいのかさえ定かでないからです。

なんてったって、自分たちのサッカーが何なのか、ちゃんと説明されてないわけですし、しかも、やっかいなことに「勝敗を度返ししたところ」に、そのスタイルが存在するみたいだからです。なので、勝敗から語ったって意味ないんですよ。わかりますよね。

たとえば、3連敗したとしても、彼らはこういうかもしれません。

「試合には負けたけど、自分たちのサッカーはできました。だから、今回のワールドカップは前回の南アフリカよりも成功です。おもえら、自分たちのサッカーが見えれて幸せだっただろ? 感謝しなさい」って。

そう言われたら、正直、そうですかとしか答えられない。だって、そうやら彼らのノルマはワールドカップに出場することのようですし、それはすでに達成しているわけです。あとは「自分たちのサッカー」とやらができるかどうかが焦点であるんだけど、それが何なのかはこちらには判断はつかない。本戦での勝ち負けは関係ないというコミットメントが取れているとするなら、そういう状況です。

もちろん、日本国民の全員がそれをコミットしているわけではないんでしょうし、ふつうは試合に負ければがっかりするし、敗因を分析したり、責任問題に発展したりもするんでしょう。もちろん、その逆だってあるんですが。

どちらにせよ、少なくとも今回のワールドカップでは、日本サッカー協会や技術なんちゃら役員の偉い人たちと日本代表の監督や選手の間では上記のような話がついていると感じてます。少なくとも、何度も引用している、メンバー発表時の会見から考えると、そうだと思うんです。マスコミの方々も、黙認していた感じですしね。


というわけで、もし負けたことに対して文句があるとすれば、どこにその責任を問えばいいのかわかりますよね。まぁ勝てば官軍といいますし、次のコロンビア戦に勝てば怒る人なんていないのかもしれないですが。


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Posted on 2014/06/24 Tue. 01:17 [edit]

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パワープレイをバカにするな! サッカー日本代表の歴史を振り返れば、バカにできないはずだ 

 「(吉田)麻也を上げるんであれば、そのための練習もしなくちゃいけない。でも、それは、このチームには合ってない。そういうので勝てるメンバーではないですから。そうやって選んできているので。違う方策を徹底してやるべきじゃないか」
引用元

この話どこまで真実かわかりませんが、それなりにサッカーを経験していてなおかつそれなりの地位にいる人物が「パワープレイが合ってない」とか適当なことを言うのは、間違っていると思いますね。パワープレイというのは、要は最後の賭けに近い博打なわけで、練習できればそれに越したことはないけど、たとえ練習できてなくても、やるべきだと思うんですよ。勝利を目指すなら。ゴール前にボールを運べば、何かが起こるかもしれない程度の賭けだとしても、その戦術を選択するのはまったく間違いではない。

■フランスワールドカップ予選 タケシント ウズベキ戦

 みなさんご存知のように、その昔、日本代表はパワープレイを行い、それでゴールして、ワールドカップ予選敗退の絶体絶命のピンチから踏みとどまった、過去があります。

フランスワールドカップ予選。タケシントでのウズベキスタン戦がそれです。

その前の試合で加茂監督が更迭され、ヘッドコーチの岡田監督が急きょ監督に就任した初戦。

前半30分にウズベキスタンに先制され、そのまま後半。敗戦直前まで追い詰められた後半44分。当時の岡田監督がパワープレイを慣行。

ロペス・ワーグナーが頭で決めて同点。そのまま、引き分けて「首の皮一枚」つないだんですね。

その当時、岡田監督がパワープレイの練習をしていたか知りませんよ。それが自分たちのサッカーなのかも、わかりません。わかっていたのは、その試合が絶対に負けられない試合だったということ。

2002年は自国開催が決まっていたし、その前のフランスワールドカップは絶対に出場しなければならなかった。何が何でも出場しなければ、ならなかった。だから、監督を代えたし、パワープレイだってしたんです。

実力的には今の日本代表が数倍上なのかもしれないけど、気持ちは絶対、上記タケシントのウズベキスタン戦を死にもの狂いで戦っていた岡田日本代表のほうが上だったと思う。それは間違いない。

誰かが言っていたけど、今の日本代表は気持ちがダメだと思うんですよ。古臭い考えかもしれないけど、サッカーってそういう要素も大事であると思っている。日韓ワールドカップ本戦ベルギー戦の鈴木のゴールだって、そう。あれだってパワープレイみたいなものです。

というわけで、言いたいのは原は余計なことを口出しすべきでないと思うということ。あなたが連れてきた指揮官でしょ。
信じなさいよ。

今の日本代表、ダメなのはザッケローニでも選手でもない。一番の元凶はあなたですよ。


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Posted on 2014/06/23 Mon. 07:40 [edit]

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監督の指示と、造反と、自主性 

ではなぜ無茶苦茶駄目駄目に見える(なる)かというと、それは正にその、「今までになく」という部分。
・大会前、少なくともメンバー選考までは、朦朧とした脳みそで妥協に妥協を重ねてだらだら"監督"していたのに。
・ここへ来て急に目覚めて、本来の自分を取り戻した、世間並みの仕事をし始めた。
・そのギャップに、チームが耐えられなかった応えられなかった、編成したメンバーが適合しなかった。
・香川に難しいタスクを課すしかなかった吉田を上げるしかなかった。(その他もろもろ)
・要はそういうことではないかと。
引用元

「みどりのろうごく」のアトさんらしい分析ですね。個人的にはこういう監督のお仕事からサッカーを考えるのは好きですし、アトさんの分析も「なるほど」と思えるところが多いので引用してみました。まぁ、個人的にはザッケローニの仕事は、W杯でもそれほどは「変わってない」のかなと思ってますし、ザッケローニの「本来の自分」というのも正直、わからないんですけど、それでも上記の意見はかなり参考になりました。

■監督の仕事の一つ

さて、監督の仕事と言いますと、たとえば試合中に選手に出す指示もその一つなんでしょうか。で、気になるのは、その監督の指示がどれくらいの範囲に及ぶのかってことだと思うんです。要はサッカーにおける「監督の指示」と「造反」と「自主性」の違いというか区別というか。

これは、お茶の間で楽しむサッカーファン的に見ててわかりにくいところはあると思うんですよ。たとえば試合中に監督が「ヒデ、ポジションはサイドに張れ。中にくるな」とか「吉田、FWの位置へ行け。パワープレイだ」とかは指示したとして、それはどれくらいの効力があるのか。まぁ、そんなの監督によって、まちまちなんでしょうけどね。指示したのに守らないやつは即交代という監督もいれば、状況によってはOKとする監督もいるんでしょうし、そもそも指示に従わないやつは選ばないし使わないという監督もいるんでしょう。

ただ、プレイするのはあくまで選手なわけで、最終的には自ら考えてプレイする必要はあると思うんです。

当たり前ですが、パワープレイしようとしたところ相手に読まれてインターセプトとかされたら愚の骨頂なわけで。ボールを取られそうなら、いったんバックパスするなんてのは、別に造反ではないですよね。つまり「監督の戦術」と、それを実行する際の「現場の判断」というのは、ある意味、違う種類の判断になるわけです。

要は「個のプレイ」における判断と、「チームプレイ」における判断とでもいいますか。

たとえば、パワープレイでセンターバックをFWの位置まで上げたとすると、必然的にチームとしては「センターバック不在」の状況でのプレイとなります。で、その状況で裏をかいてパワープレイをしないという判断もありますが、もしその裏をかくプレイを下手に失敗すると、かなりピンチとなる可能性があると思うんです。だって、チーム全体が「パワープレイ用の布陣」になっているわけですから、その布陣を使わないとその布陣が死に体となる可能性が出てくるからです。
もちろん、裏をかいてゴールできれば、それはOKとなるケースは多いと思いますが、裏ばかりかいて監督の指示を無視してプレイばかりしていたら。それはチームとして機能していないってことに、つながるわけです。

サッカーはもちろんチームプレイでなく個のプレイによって勝つこともありますよ。

ただ、普通に考えれば、チーム11人がバラバラに好き勝手にプレイしていたら、そりゃ弱いと思うんですよ。先のパワープレイだって、たとえばトゥーリオが勝手にFWの位置に上がったり、中田英や香川が勝手にサイドからトップ下にポジション代えてプレイしたら、ピッチ上はめちゃめちゃです。もちろん、気の利いた選手がバランスをとってトゥーリオや中田、香川のポジションをカバーしたりすれば別ですよ。

そういう決まり事やバランスを取れる選手の存在というのも、サッカーでは重要でございまして。オシムがいう「水を運ぶ人」じゃないけど、セオリーとか、基本的な動きとか、約束事みたいなものがピッチの選手たちの間に共通にないと、小学生のサッカーみたいになっちゃうわけですね。

■基本はあるけど、スペシャリストなところもある

まぁ、基本的な動きなんて、誰が監督でも変わらないところも多いわけで。そういう「サッカーやるなら、当たり前」のポジショニングとか動きがわかっていれば、別に監督がいないくても問題ないんですけどね。

ただ、よく言う「スペシャリスト」と「トータルフット的オールラウンダ―」では、意見がわかれるところはあると思うんですけど。私は前者派で、やっぱFWとDFではポジショニングや動きで違いはあると思うし、サイドのプレイヤーとセンターのプレイヤーも同様。もちろんイバノビッチみたいにサイドバックとセンターバックをこなせる選手もいますが、じゃあ2列目やFWができるかといえば、それは難しいわけで。

ちなみに、監督の指示を無視する「造反」というプレイもあると思います。が、一方で、ピッチではプレイの「自主性」だって求められます。

たとえばイベントの案内係を例にすると、現場監督に内緒で勝手に自分が好きな場所や時間を代えて、しかも自分の判断だけで案内するのが「造反」? 与えられた持ち場で、マニュアルをベースに臨機応変に対応して、自ら仕事を探して職務をこなすことを「自主性」とする。みたいな。

とりあえず、今日はそんな感じです。


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Posted on 2014/06/22 Sun. 02:55 [edit]

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コロンビア代表の二軍が弱いとは思えない 

なんか、グループリーグの勝ち抜けが決まっているコロンビア代表が、日本代表との第3戦に二軍出す可能性あるから日本代表が有利って意見があるみたいですが、二軍が弱いとは限らないですよね。

むしろ二軍のほうがいいプレイする可能性が高いし、コンディションなど考えると二軍のほうが強い可能性だってあると思っています。

監督はあのペケルマンですし、日本代表のスタイルだと、むしろ二軍のほうが戦いにくい可能性だってあるのではないか?

まぁ、コロンビア代表の二軍の試合を見たことないので、わかりませんが、弱いと決めつけるのは違う気がする。

我ら、日本代表だってそうでしょ? 勝ち抜けが決まっていてプレッシャーがないといえ、ワールドカップで二軍出して手を抜くとかしますか?

ちなみに、ドイツワールドカップ第3戦で大敗したブラジル代表も二軍みたいでしたが、サッカーのレベルは最強に近かったと記憶してます。

Posted on 2014/06/20 Fri. 12:43 [edit]

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ブラジルW杯「日本代表対ギリシャ代表」感想文 ノルマと内容 

ザッケローニ監督 まず私に課せられたノルマは、W杯に行くことと、日本のサッカー界を成長させること。夢に関しては、選手には具体的な目標を掲げたり、宣言するつもりはない。私が伝えたいのは、W杯の舞台に立って、自分たちのやりたいサッカー、自分たちのことを気にして、最善のことをして、相手のことを考え過ぎずに自分たちのサッカーに集中して勝利を目指そうと伝えたい。当然対戦相手をリスペクトしないといけないが、おびえる必要はない。チーム全員が臆することなく、思いきりW杯で戦うことが大切だと思っている。基本コンセプトや戦術は選手に浸透している。細心の注意を払いたいのは最高のフィジカルコンディションでブラジルに入るということ。うちの調子が良くなかった時は、必ずコンディションにいくつかの問題を抱えていた。心配なのはコンディションのところだけで、選手たちのポテンシャルなどには最大の信頼を持っている。チームが私の求めるサッカーを達成するためには、フィジカルコンディションの状態によって左右されるので、そこをしっかりと整えていきたい。
引用元

 以前にも引用した、ザッケローニ監督の「W杯ブラジル大会メンバー発表会見」からの引用です。よく読むと「勝利を目指そう」と言っていたんですね。まぁ、そこは当たり前ですか(笑)。ただ、再度読んでもノルマは「W杯に行くこと」であり、「具体的な目標を掲げる&宣言はない」とはっきりと言っています。また「自分たちのやりたいサッカー」と合わせて「私の求めるサッカー」という単語を発していることも、改めて発見しました。ふつうに考えれば「自分たちのやりたいサッカー=私の求めるサッカー」ということなんでしょうか。

どうして、改めてこの会見のコメントを、ここで引用したかというと、やっぱ今回のW杯の原点はここに集約されていると思っているからです。

特にノルマの部分。「日本のサッカー界を成長」「選手には具体的な目標を掲げたり、宣言するつもりはない」と訳されているので、真意はわかりませんが、この会見のコメント読む限りでは具体的な目標は言明してないんですよね。たとえばグループリーグ突破とか、ベストとか、優勝とか。

思い起こせば、初めてW杯に出場した時の目標は、確か「1勝1敗1分」でしたっけ? トルシエの時は「開催国なんでグループリーグ突破」というのは共通認識としてありました。ジーコの時は…。ない? 第二次岡田の時もない? まぁ、なんとなく目標はグループリーグ突破という空気だった気もしているんですが、これまでもずっと「明確な目標はなし」だったでしたっけ。

まぁ、あまり目標を明確にしちゃうと、責任取らないといけない人がたくさん出てきてしまうので、嫌なのかもしれないけど、
個人的には、せめて「グループリーグ突破」くらいの目標は持ってもらいたいんですけどね。

特に、今回のW杯は、目標があいまいすぎると、このころから(もっと前から)ずーっと思っておりまして、それが一番の問題であると思っているからです。

目標が明確にあれば、それをもっていろいろ評価できるんですが、明確な目標がないと、逆に評価や判断は難しいと思うんです。

なぜなら、もし今回の目標が「W杯に行くことと、日本のサッカー界を成長させること」であり、「W杯の舞台に立って、
自分たちのやりたいサッカー、自分たちのことを気にして、最善のことをして、相手のことを考え過ぎずに自分たちの
サッカーに集中して勝利を目指そう」がコンセプトだとするなら、この試合は合格点をあげられると思うし、前のコートジボアール戦だって同様だと思うからです。前にも書いた通り「自分たちのやりたいサッカー」はよくわからないですが、「自分たちのことを気にして、最善のことをして、相手のことを考え過ぎずに自分たちのサッカーに集中して勝利を目指す」ことはしていたと思うからです。

勝てなかったけど、今日のサッカーは、けして悪い出来だと思いませんでしたよ。内容自体は。あくまで個人的な意見ですが。

以上。


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Posted on 2014/06/20 Fri. 10:42 [edit]

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サッカーの基本的な原則とは? 

サッカーの基本的原則として、ピッチを敵陣のほうから前・中・後を3分割して、「後」では無理せずにボールを奪われ
ないようにするというのがあります。

当たり前ですよね。チェルシー戦のジェラードみたいに、そこでミスしてボールを奪われたらゴールに直結する可能性が高いからです。逆に言うと、攻撃する側からすればそこで奪えたらゴールになる可能性が高いわけで。あわよくばと常に狙うのが、一流のFWというものです。

ただし、そうは問屋はおろさない。

頭のいいチームならどこでも、最終ラインでのインターセプトは避けてプレイするのが常識というもの。

インターセプトされる前に、縦にポンと蹴るんです。運が良ければ、逆に相手がミスして、ラッキーゴールが生まれる可能性だってあるんですから。ボールを取られて失点するくらいなら、縦にポンと蹴っときましょう。安全第一です。


「バカ野郎!」。 グワシィ!!!!!!

「痛い! 急に殴るなんて卑怯だぞ。シャビ」

「だまらっしゃい。中盤でボールをつながないなんて、なんて卑しい子供でしょ。母さん、お前をそんなふうに育てたつもりはないよ」

「そんな…、母ちゃん、それは誤解だよ」

「いいからお聞き。クライフ先生はね、みんなのことを思って、守備のことは考えるなと言っているんだよ。お前、そんなに守備が好きか?」

「違うよ。本当は嫌いだよ。ぼくは、本当はゴールを挙げたいんだ。守備なんてきらいさ」

「なら、なんでそんな守備のことばかり考えている。男ならゴールすることを考えなさい。ソンさんもおっしゃっているだろ、夢はでかく。そして実現に向けて、ちゃんと計画しないと」

「でも、僕がゴールのことばかり考えていたら、みんなに迷惑かけちゃうよ。みんなで約束したんだ、連動してプレスしようって」

「ったく、アホだね~。で、そのプレスだかをみんなでして、誰得なの? どうせ、本田のところのぼっちゃんがごっちゃんゴール決めて、イタリアで豪遊するわけでしょ。あんたは、その引き立て役に過ぎないの。いいかい。世の中目立ったものが勝ちなの。ロベルトカルロスとベルゴミはどっちが有名だ? どっちが金持ちだ?」

「それはベルゴミでしょ。というか、ぼくはベルゴミが好きだな。」

「違う違う! お前は甘い! まったく、あんたはサッカーというものをわかってないアホンダラだよ。とにかく、みんなに明日言うんだよ。相手のリスペクトなんてくそくらえって。ゾーンディフェンスなんて、そんなもの捨ててしまいなさい。ずっとボールを持って攻撃していれば守備なんていらないのよ。奪われたら、すぐ奪い返す。そして攻撃。そうすれば、守備しなくて済むし、あんただってゴールできるの。それが、あんたたちのサッカーじゃなかったのかい? わかった?」

「ありがとうシャビ。僕はもう少しでダメになるところだったよ。あまりのショックに、自分たちのサッカーを忘れそうになっていた。そうだよね。自分たちを信じて、攻撃的にいかないとね。みんな、それを望んでいるんだし、ぼくたちもそれを見せるために、はるばる、この国までやってきたんだ」

「やっと、わかってくれたみたいだな。いいかい、今日から汚らしいオランダやドイツのやつとは口きいちゃだめだぞ。これから、ポルトガルのロナウド君を励ましに行くんだけど。お前も行くか?」

「うん」


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Posted on 2014/06/18 Wed. 02:17 [edit]

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ザッケローニ日本代表の「自分たちのやりたサッカー」を解剖してみた 

■パワープレイは「自分たちのサッカー」に相反するのか?

 コートジボアール戦終盤での日本代表のパワープレイについて、良し悪しの議論があるようですので、それをフックにザック日本代表の「自分たちのサッカー」について考えてみたい。

 負けている状態で最後にパワープレイをするのは、ある意味、サッカーのセオリーだと思ってます。で、問題はザック日本代表の「自分たちのサッカー」なるものが、そのサッカーのセオリーをベースにしているのかってことなんです。

もちろん、同じサッカーというスポーツなんですから、セオリーからそんなに外れたものではないんでしょうが、ただ「つなぐ」のか「キック&ラッシュ」なのかと考えると、実はそこには明確な違いがあるんですね。

■どこまで「縛り」があるのか

 たとえば、「自分たちのサッカー」はどんな状況でもパスをつなぐスタイルという命題があるとするなら、それは、たとえラスト数分のパワープレイであっても「自分たちのサッカー」と相反するものとする思考だって成り立つわけです。

 同様に、相手中盤のプレス守備が非常に厳しくても、「自分たちのサッカー」がそんな中盤を省略して「縦ポン」するのもご法度とする思考だって成り立ちます。

つまり、相手がどんなサッカーしようと、時間や状況がどんなであろうと、「つなぐこと」が最優先されるサッカーだって、やろうと思えばできるわけです。

 それを踏まえて、ザッケローニ日本代表が言うところの「自分たちのサッカー」は、どこまで、そういう縛りがあったのでしょうか。あえて「縛り」と言ってますが、要は、そういうサッカー観の共有が監督と選手でできていたのかということを問い正したいわけです。

■ジーコ日本代表には、一応セオリーが土台としてあった?

 よくジーコ日本代表とザック日本代表が比較されますが、私はジーコ日本代表は、あくまでサッカーのセオリーというものは土台にあったと理解しています。サッカーの土台というか、「ブラジルの王道サッカーという土台」というほうが正しいのかもしれません。昔よく引用してたけど、ジーコ氏と岡田氏の対談で、ジーコ氏はこういう感じのことを言っていたんですね。

「サッカーというのは1点取ったら、少しペース押さえて相手にボールを持たせる。で、相手が出てくるところをカウンターで狙う。相手のエースにはマンマークつけるのはセオリーだよね(僕もよくミニラにやられたし。テヘ)」。

 かなり意訳してますが、要は状況によって戦い方を変えるのがサッカーでしょと。相手のエースには仕事させないようにすべきだし、パワープレイだってありです。ただ、僕は美しいサッカーが好き。長靴の国がアルゼンチンの天才を抑えるために生み出した、しみったれた守備ありきの戦術なんて大嫌いなんだよね。基本的には。まぁ、現代サッカーでは、それを取り入れないと話にならないから、やるけど。おれは古き良きブラジル人だ。というか、戸田みたいなボール狩り専用マシンをピッチに入れるなら、ファンタジスタ中村を使う方がウイイレ世代にはおもしろいと思ってもらるはず。みたいな。

■ザッケローニ日本代表に、セオリーはあるのか?

 というわけで、言いたいことはザック日本代表はどこまで「普通のサッカーの体」を成していたのかってことです。相手の出方によっては、パワープレイもやるし、前からプレスすることもあれば、時間と相手のスタイルによってはリトリートもする。何のために? そりゃ、当然、試合に勝つためにさ。みたいな考えがあったのか。

 前にも指摘したけど、記者会見で「勝つことよりも、自分たちのサッカーをみせることが命題」的な発言をしちゃっているんですよね。まぁ大げさに話したんでしょうけど、それってやっぱ、いろいろと誤解や混乱を招くわけですよ。特に窮地に陥ったときに、「勝つ」のか「負けても美学」なのかは、選手にとっては非常に迷うポイントなわけです。

 もっと言うと、それってメンバー選定にも大きな影響を与えているのは確かなんです。さっきも書いたけど、ジーコはプレスよりもポゼス視点でメンバーを選ぶわけだし、それって突き詰めると、守備戦術や最終ラインの高さにまで影響するわけですからね。

■オシムは「走る」がべースだから、そういう面子を選んだ?

 たとえばオシム氏が監督のときは、羽生とかも使ったわけだけど、どうして? 「運動量」をベースにしたサッカーをやるためでしょ。でも、運動量だけじゃ、勝てないみたい。どうする? 技術があるやつにも、考えて走ってもらいますかという、雰囲気にする。きついかもしれないけど、みんな従う。だって、それがオシム氏のサッカーだから。

■選手任せだっていいんだよ

 ちなみに、元フランス代表の名将ドメネクは、どうだったか。彼はジダンがやりやすいサッカー環境を構築することに、力を注いでいたみたいなんですよね。メンバー選ぶときにもジダンに電話して「今最終メンバー選んでいるんだけどさ。あなたって、誰とやりやすいの?」って聞いたとか。それはそれで、1つの方法論ではありますよね。それじゃジダン=監督じゃんと思う人もいるかもしれないけど、監督の仕事はピッチのことだけじゃないし、最終的に責任を取れるならそれでいいんですよ。責任取るなら。それに選手にタスクばかりを課すんじゃなく、逆にパフォーマンスを最大限出すようにすることだって、大切なことだと思いますし。


というわけで、最後に。ザック日本代表の「自分たちのサッカー」なるものの責任者は誰だ? ザッケローニですか? ピッチの11人の選手ですか? 本田ですか? 香川ですか? 遠藤ですか? 原さんですか? 日本サッカー協会の方々ですか? 日本国民ですか? それともモイーズですか?



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Posted on 2014/06/17 Tue. 03:15 [edit]

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ブラジルW杯「日本代表対コートジボアール代表」感想文 経験と空気 

■ラムシ監督、やるな!

コンディションの問題なのか、それとも戦術なのか? 

いや、ドログバのベンチスタート&後半投入についてです。両方なのかもしれないけど、「守備の文化がない攻撃的なチームであること」、「ブラジルは熱いよね」という気候の問題などを考慮して「後半勝負」という戦略にしたのかな。

事前の予想では、後半コートジボアールがバテたところを日本代表が持久力勝負に持ち込んで勝負的な意見もあった
みたいだけど、その辺りも対策を考えていたということか。やるなラムシ監督。

中田英寿よ、この元同僚ラムシの勇士を見て、どう思う? ”融資”したいと思うだって? なるほど、やりますなビジネスマン。

■今のドログバのストロングポイントは経験値

というわけで冗談はさておき、まずはハンドルネームで使用するほどのファンでもあるドログバ選手について。

ぶっちゃけ、全盛期と比べるとパフォーマンス的には衰えているんだろうなとは感じてます。チェルシー退団後、ほとんどプレイを見てないので適当に言っているところもありますが、アフリカン的な超人プレイができているかというと、そんな派手なパフォーマンスは見せてないんですよね。この試合もしかりです。

ただ、彼にはチェルシーなどで培った経験がありますし、それはプレイの随所に「すごさ」となって出ているように感じてます。で、その「経験」は、アフリカではなくヨーロッパ産のものなんであり、そこが肝なんですよね。

■アフリカではなくヨーロッパ

みなさんご存知のように、ドログバは選手キャリアの大部分をイングランドプレミアリーグのチェルシーで過ごし、その前はフランスリーグアンで過ごしています。もちろん、代表チームはアフリカですが、学んだサッカー自体は「ヨーロッパの最前線」なんですよ。モウリーニョを筆頭に、ヒディンク、アンチェロッティ、テンカーテの元でプレイしているわけで、そこで培った経験というのは、歳食ってパファーマンスが落ちたとしても、財産となって残っているわけです。時間稼ぎなんて当たり前だし、試合の勝負所のポイントや相手の嫌がるプレイなんてのも、自然とできるんですね。たぶん。点差や残り時間など状況に応じたプレイもしかりです。

■98年フランス代表に近い?

というか、ドログバだけでなく、コートジボアールの選手のほとんどが、同様にヨーロッパでの経験という財産はあるんでしょう。そういう意味では、98年W杯で移民選手が多かったフランス代表に感覚的には近いかもしれません。もちろん、選手個々の能力だけでサッカーは決まるわけでなく、チーム力や代表チームとなると「国の支援」的なものも影響すると思うんで、あくまで「選手の経験」はその一部であるとは思うんですが、ここで言いたいのはドログバには「ヨーロッパのビッグクラブでの経験」があるということ。

フランス代表とコートジボアール代表はもちろん違んですが、個々の選手にクローズアップすると、クラブチームでの経験という意味では同等の選手もいるということです。

逆に言うと、今のコートジボアール代表はそんな「ヨーロッパでの個々の選手の経験」を代表チームにどのように昇華するかというのが、ポイントになっている気がしてます。ポゼッションとかカウンターとか、「自分たちのやりたいサッカー」とか別になくて、単に「欧州の選手の寄せ集め」チームにしないというのが最重要課題。まぁ、代表チームなんて、どこも似たようなものかもしれませんが「チームとしてまとめること」や「個々の選手のクオリティを生かすこと」が命題だと思うんです。

■ラムシってフランス人だっけ? 

それを踏まえて、今回のラムシ監督の「ドログバ途中投入」を考えると、どうでしょう。個人的には、単なる「寄せ集め」でなく「チーム総合力」で戦っている感がしたんですが、それって考えすぎでしょうか。

まぁ、もちろん、あくまで結果論ではあるんですけどね。ドログバ温存で負ければ、「前半から使わないのはアホ」となるんでしょうし。

■日本代表について

続いて、本題の日本代表についてですが、先制ゴールが取れて前半1-0で終えたところまでは間違いなくよかったですよね。ただ、ゲームプラン的に「3点取られたら4点取る」というクライフ・シャビ思想しか持ち合わせてなく、それが機能しなかったところが今回の敗戦につながってしまったのかなと感じてます。コートジボアール同様に守備の文化はなかったのかもしれないけど、実は4年前には付け焼刃ながら「守備の文化」を導入して勝ち点3をゲットしたわけで。個人的には、後半そういう戦い方を用いるという選択肢も残しておいてよかった気もするんですけどね。

ちなみに、ザッケローニ的には「ドログバが後半投入される」という考えは、まったくなかったんでしょうか?

もし、少しでもその考えがあったのなら、「ドログバが投入された後の守備修正」というリアクション的な采配を取ってもよかった気はします。まぁ先手必勝で2点目を取って試合を終わらせたいという考えだったんでしょうが、もう少し「保険」をかけておいてもよかったと思うんです。

特に悔やまれるのが、同点に追いつかれた後になんの修正もできずに、同じような形から失点してしまったことですかね。

■香川と長友ラインは日本国民の総意だ

まぁ、世界的なスター選手である香川と長友ラインを守備的な思想から壊すなんて発想は、すべての日本国民の総意的にも、ご法度だったと思われます。空気的に。

なので、そこを突かれて負けるのであれば、それは、ある意味、本望だったということなのかもしれません。

そう考えると、「自分たちのやりたいサッカー」というのは、非常に日本の風土に合った日本的なスタイルとも言えるのかもしれないと、改めて思ってみたり。

そうです。きっと、これから吹きますよ、神風が。で、今回は謝るようなことになりませんでしたが、次はきっと大謝罪大会となることでしょう。



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Posted on 2014/06/15 Sun. 14:13 [edit]

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ブラジルW杯「スペイン代表対オランダ代表」感想文  選手あっての戦術だけど 

■コンディションの問題といえば、そうかもしれないけど

コンディションの問題といえばそうかもしれない。
けど、やっぱコンディションが悪いなら悪いなりにそれを考慮したサッカーをすべきだったのではないかな、スペイン代表は。戦術的にね。

「本番でコンデョション崩して失敗しました。テヘ」なんて、どこの世界でも通用しない言い訳なわけで、信者と身内以外は、あまりそこにフォーカスすべきではないかなと。

まぁ、たかがグループリーグの初戦という考えもあると思うし、これから立て直しだって十分可能だとは思います。ただ、不安要素を露呈してしまったのは間違いないでしょう。まぁオランダ代表という強敵だった故の敗戦といえば、その通りだとは思いますし、守備の修正ができれば、まだまだ優勝の可能性だって十分にあるとは思います。

なんてってたって、タレントはいるんですから。

■ファンハールは名将である

 一方、3-4-3という名の5バックで戦ったオランダ代表ですが、ファンハールの狙いが見事に当たったという感じでしょうか。
前半のファンペルシの同点ゴールが非常に大きかったと思うんですが、スペイン代表の最終ラインとGKの間の「デッドスポット」をうまく突けたところはさすがでした。

ポジショニングと動き出し、オフザボールのコース取り、ボール扱い技術、シュート力、落ち着き。
W杯という大舞台で、これらすべてがパーフェクトにできたファンペルシに拍手を贈りたいです。

もっともその裏には、そういうプレイをさせてしまったスペイン代表の失態があるわけですがね。

ロッベンも同様。ゴール前の落ち着きは、さすがでした。チェルシー時代に「片玉」失って、禿もひどくなり、好きな歌が「ファイナルカウントダウン」と暴露された時は、もう、やばいかも思っていたのですが、レアルマドリーで洗礼を受け、バイエルンで「古き良きサッカーの帝王学」を学び、よいサッカー選手を持続できているのは何よりです。ぜひ、今大会のMVPを目指してもらいたいですね。怪我に気を付けてね。

というか、すごいのはやっぱ名将ファンハールでしょう。

ファンペルシとロッベンという一流タレントの攻撃力を生かしつつ、相手チームの戦術と弱点を分析してチーム戦術を取り入れる。「規律にうるさい、戦術エミュレータ」という感じの時期もありましたが、そんことなく本物であることを改めて証明していただきました。

「自分の持ち駒の良さを最大限に駆使して、相手を分析して戦術を組む」というのが、サッカーというスポーツの本質だと思うんですが、この試合のオランダ代表はそれを見せてくれた感じ。

■面白い、凡戦?

攻撃的とか守備的とか、ポゼッションとかカウンターとか、そういう単純な表現になりがちだけど、本来サッカーというのはそういうスポーツだよねと改めて提示してくれたんじゃないかな。

間違っていけないのは、今日のオランダの戦い方をすれば、どのチームでもスペイン代表に勝てるというものではないということ。もちろん、他のチームが真似して勝てる可能性はあるし、引き分けに持っていける可能性だってあるけど、オランダ代表の個々の選手のクオリティを無視することはできません。

最後に。もし、この試合はおもしろい好試合だけど、数年前のチャンピオンズリーグ決勝「チェルシー対バイエルン」はつまらない凡試合だったという人がいるなら、ちょっと考えてもらいたい。サッカーの醍醐味は確かにゴールだし、そのゴールシーンの多さは重要かもしれないけれど、それだけで「おもしろい、つまれない」のレッテルを貼るのは、違うのではないだろうか。スペイン代表はおもしろくするために、守備を捨てて戦ってくれたのかもしれないけど、試合の見方によっては単に守備がボロボロでミスも多かったとも言えるわけです。

同じ守備でもチェルシーと今日のオランダは違うという人もいるかもしれないけど、「自分の持ち駒の良さを最大限に駆使して、相手を分析して戦術を組む」という点では、基本は同じなのではないでしょうか。

もっとも、「ゴールのないサッカーは、やっぱ魅力ない」という意見だって間違いではないと思うし、その通りなんでしょうが。


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Posted on 2014/06/14 Sat. 15:47 [edit]

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サッカーにおいて、根拠のある評価って、なんだろう? 

「フットボールチャンネル」ねぇ。まぁおもしろい記事もあると思うけど、正直、つまらない記事だって多い。例の下の記事だって、その一つだろう。

 別に本田を責めているのではない。批判の種は南アW杯でイチかバチかの起用が当たった岡田監督であり、それを安易に継承してしまったザッケローニであり、FC本田へ変貌する代表に警鐘を鳴らさなかった我々マスコミやファン、協会である。ある意味では本人は被害者だ。いたずらに能力が高いから多くを期待され、替えのきかない選手になってしまったのだ。
引用元



 別に、これだって、書くのは自由だと思うが「替えのきかない選手になってしまったのだ」って、別に悪いことだとは思わないんだけどね。世の中にはたくさん、たんさん替えのきかない選手はいますよ。というか、そもそも日本代表に選ばれるような選手は誰でも替えはきかないと思う。たとえ、試合にあまり出ることができない選手だって存在価値はあると思うし替えはきかないんです。

 あと「イチかバチかの起用が当たった岡田監督」って書いてあるけど、これもすごい意見だなぁ。守備的戦術が「賭け」でなく本田を起用したことを「賭け」だったと思っている人がいたとは…。というか、本田はむしろ計算できる起用法だったと思うし、個人的にはそこにまったく「イチかバチか」の要素はないと感じていたんだけどね。


 実名匿名に関しては、別にハンドルネームがきちんとあるなら匿名だっていいんじゃない派。ビジネス的に実名を売ってなんぼという人と、匿名でたのしんでいる人には温度差はあるのかもしれないけど、普通に考えれば間口は広い方がいいと思っている。

やっぱ、hikakinさんはすごいと思うしね。


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Posted on 2014/06/12 Thu. 02:40 [edit]

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86年W杯メキシコ大会のビッグデータを分析してみた人は? 

南米でのワールドカップと考えると、今回の前に開催されたのはメキシコ大会まで遡ることになるんですかね。調べてみたら、本当はコロンビアでの開催予定がダメになってメキシコになったという大会のようです。

で、改めて当時の大会の出場チームの結果を見ると、思った以上に南米のチームが強くないというか、結果が出せてないのが印象的ですね。優勝したアルゼンチンは特別として、ブラジルはベスト8でフランスに負けているんですよね。ウルグアイとパラグアイは決勝トーナメント1回戦で敗退しているし。ベルギーが4位だったなんて信じられん。まぁ、天才シーフォがいたから、不思議でないといえばそうかもしれないが、もっと南米勢が強かった印象があったので、意外でした。

これは、もしや今回のブラジルW杯も、南米勢は盤石ではないのかしら?

 今回、南米からはブラジル、アルゼンチン、コロンビア、チリ、エクアドル、ウルグアイの6チームですが、果たして彼らがどういう結果を残すのかも1つのポイントになりそうですね。


ちなみに86年のメキシコ大会と言えば、マラドーナの神の手と5人抜きが伝説となっていますが、正直、当時ちゃんとサッカーを見てなかった。なのでイングランド代表に誰がいたとかまったく覚えてない。

リネカーは常識として、その他にはGKシルトン、DFブッチャーくらいしか記憶がない。グレン・ホドルとかまったく記憶にないんだよね。恥ずかしながら。まだ、ワドルのほうが印象に残っているような。

アルゼンチン代表に関しても似たようなもの。世界のブルチャガはわかるとして、ルジェリ、バルダーノをなんとなく覚えているくらい。監督のビラルドは覚えているけど、あとは顔さえ思い出せん。

ちなみに当時、嫌いだったのがメキシコ代表のブランコ選手。「カニばさみ」とかいう漫画みたなプレイを見せられるのが苦痛だった記憶がある。

応援していたのはドイツ代表だったんだけど、マテウス、ブレーメ、リトバルスキー、アウゲンターラー、ルンメニゲ、フェラー、そしてマガト…。そうか、マガトは82年からいたのか。

話は変わるけど、スカパー適当にいじっていたら、映画「ウィル」とかいうのが、ただで鑑賞できたので途中からみた。リバプールがミランに勝ったチャンピオンズリーグが舞台となっている映画で、簡単に言えば孤児院の少年がヒッチハイク的に試合を見に行く的なお話。リバプールファン必見という感じの映画ですが、ジェラードとケニーダルグリッシュの大根演技はある意味すごかった。

主人公の少年がキャラガーのファンという設定もすごいが。ちなみに、当時のチェルシーはこのリバプールに準決で負けているわけですが、ルイスガルシアにやられたその試合の記憶はなんとなくだけど悲しい記憶としてまだ覚えている。


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Posted on 2014/06/11 Wed. 02:53 [edit]

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最終予行演習「日本代表対ザンビア戦」を終えて バロウズ対クライフ 

相手がどこであれ、4得点もできたことは賞賛すべきなんでしょうし、勝利したこともしかり、よかったと思います。
数年前のトルシエ日本代表のころと違って「引いた相手」を崩す術もあるし、ジーコ日本代表のころと違って、守備の基本的な戦術も備えている点は、改めて評価してもいいのかもしれません。

特にペナルティエリア付近で個の力で勝負できるようになったことは、評価したいですね。

ただ、やはり気になるのは「自分たちのサッカー」なるものが、どのレベルの国なら通用するのか、または、どんな戦術に対して「自分たちのやりたいサッカー」が相性がいいのかといった「相対的な分析」ができているのかというところだ。

W杯というのは、当然ながらすべてこちらの都合だけで事が進むものではない。
相手チームが存在するわけだし、彼らは日本の都合なんてどうでもいいと思っているのは間違いないのだ。
ソフトバンクのロボットのように、愛を持ってアプリで動くわけではないんだからね。

もちろん、日本が実力的に勝れば「日本の都合」で事が進み、日本代表のお披露目ショウにもなるのでしょう。
ですが、何度も言うけど、私はすべての相手に対してそうできるとは思ってません。
相手によっては、こちらの都合は置いておいて、相手の都合に合わせないといけない場合だってあると思うのです。

勝とうが負けようが、お構いなしに「自分を貫く」のも一つのやり方なのかもしれないけど、勝負事はもっと勝ち負けに
こだわるべき。

もっとも、相手チームだって同様に「ご都合主義」なところはあるんでしょうけど。え、むしろ、そういうチームの方が多いのかもしれない? オウ・マイゴット。 なんてこったい!

そうか、はやり奴らの仕事のせいか。

「相手の長所を消すサッカーは、この世の中から抹殺すべきだ」という、クライフやシャビの思想のせいか。

バロウズ的なクズの思想よりも、彼らの「退屈をぶっつぶせ」レッツスペンドナイトツギャザー的な考えのほうが、そりゃ支持を得ているのかもしれない。だが、現時点ではそういう屈折したゴキブリが話しかけてくるようなサッカースタイルが禁止となるルールはサッカーにないし、それをやったところで鞭打ち100回の刑などの厳罰が課されるわけでもない。

だって、そもそも、サッカーとはそういうスポーツなんだもん。


痛みを伴う“突貫工事”で本大会に臨む岡田の手法に、批判の声は当然ある。もちろん岡田の決断によって試合から外れた選手たちの「フォア・ザ・チームの精神」や、戦術の急な変更にも適応できた個々の選手の力がなければ、快進撃などあり得なかった。

 ただ、本大会を見据えて逆算しながらチームづくりを進めていった岡田のマネジメントを改めて俯瞰してみると、岡田がピッチの内外を問わず、あらゆる角度からチームを眺めていたことがよく分かる。大胆な決断を下せたのも、過去、自らが率いてきたチームを変えるときにどうすれば効果的だったのかという経験則があったからなのである。
引用元



さて、前監督の岡田日本代表ら、早4年。

今回の代表のスタイルは、その4年前のアンチテーゼだという話も聞くが、何度も言うが果たして、守備的戦術が本当に悪いことなのだろうか。悪いのはあくまで「試合に負けること」であって、戦術やスタイルはそのあとにくるものではないのだろうか。

もちろん、攻撃的サッカーは素晴らしい。クライフは天才だ。うちの近所のガキがシャビのシャツ来ていたし、彼も優れたイノベータ―であるのは間違いないだろう。

ただ、「攻撃サッカーがすばらしい」となるのは、あくまで、それで試合に勝てればという話のはずだ。

というわけで、お約束的に反体制的な内容の記事を書かせていただきました。


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Posted on 2014/06/07 Sat. 21:53 [edit]

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ぼくとランパード 

チェルシー公式ページ見てたら、誰かが引退するみたいなこと書いていたけど、引退ではないんじゃないかな? 
移籍でしょ?

そう。ランパードは、まだサッカーをプレイすることを選んだのですよ。
たぶん、現役でいることにこだわったんです。自分探しの旅に出るわけではなく、サッカーを選んだってこと。
だから、このタイミングでの話なわけだし、そこにテレビ局や広告代理店が考えるような筋書はないということなんです。
サッカー選手を続けるという選択は、ある意味うれしい選択ではないですか。
(お金だって稼がないと厳しいんですよ。プレイベートの生活を守るためにも)。

もちろんチェルシーに残っても、それなりの試合は出場することになるんでしょうが、今季のモウリーニョの使い方見てお分かりのとおり、残念ながらランパードはモウリーニョにとって絶対必要な選手ではなくなってました。

たぶん運動量とフィジカル重視の戦術を行うには、もの足りないってことなのかな。
ジェラードはピッチで泣いたけど、ランパードは泣く環境すらなかった(笑)。
まぁ、モウリーニョはそういうチーム作りはしないからね。

ランパードの思い出? やはり、ダイナミックなプレイを得意とするイングランド的スタイルを持った中盤の選手であるということでしょう。セリエAやスペインにはあまりいないタイプだと思うし、守備はもちろんゴールのセンスを持っているところが好きですね。シュートがうまいんじゃなく、ゴール前でのセンスがあるという表現のが正しいと思ってます。で、そういうプレイを常にお茶の間で観戦できたことは、私のサッカー観戦歴の中でも貴重なものでした。

個人的にはチビでちょこちょこプレイする中盤の選手はあまり好きでないこともあり、フィジカルに恵まれたランパードの豪快なプレイというのは、趣味に合っていたのかなと。というか、単にプレミアリーグがそういうサッカーということもあるんですけど。

あと、ランパードと言えば親子鷹なわけですが、お父さんもアメリカ行くのかな?

というわけで。

お別れは辛いけど、生き物は前に進むしかないんですよね。前に進めることを感謝して、それを楽しむべきなんでしょう。

近い将来、指導者としてスタンフォードブリッジに帰って来る日を待ってますね。

今までありがとう。



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Posted on 2014/06/04 Wed. 01:17 [edit]

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「六月の勝利の歌を忘れない」を、何度目かの鑑賞して 

2002年の日本代表のW杯のドキュメンタリー「六月の勝利の歌を忘れない」を、何度目かの鑑賞。

 改めて見て印象深かったのは、当時のトルシエ監督が初戦のベルギー戦を前に中田、小野、市川らにホワイトボードを
使って戦術の確認をしているシーン。ポーランド戦のゴールシーンを再びじゃないけど、右ウイングバックの市川をいかに
攻撃で使うかというところに、すごく力を注いでいるんですよね。逆サイドのウイングバックは小野で、そこはバランサー
的な目論見だったんでしょうし、要は最終的なトルシエ日本代表は、攻守のバランスを考慮しつつ「攻撃は市川」という布陣だったんだよなと改めて考えてみたり。

 まぁ、逆に言えば相手にとってはわかりやすい戦術だったと、今振り返れば思います。

 3バックで前からプレスというのが基本だったんでしょうが、遅攻では「中田英の縦のポジションチェンジから市川の裏への飛び出し」が武器であったというか、それしか「形」的にはなかったとも言えるわけです。

 もっとも、ベルギー戦では逆サイドの小野の縦ポンからゴールが決まったり、稲本のインターセプトが武器になっていたわけで。結果からすると「市川のウイングバックはフェイクとして機能した」とも言えるのかもしれないけど(笑)。

 ただ、当時の映像を見るとトルシエ自身が「3バックの裏を狙われる」ことは想定していたのはわかるんだけど、トルコにやられたように「相手にドン引きされたときにどう攻める」という観点は、まったく持ち合わせていなかった感じなのは、編集カットの都合によるものなのか? 

 セットプレイからの攻撃というのが、その回答だったのかもしれないけど、やっぱ4バックとかの練習を取り入れてほしかったなぁと、改めて思ったりしました。

 もちろん、4バックにして普通のゾーンプレスで戦ったいたからといって、もっといい結果となったとは限りませんけどね。


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Posted on 2014/06/02 Mon. 03:53 [edit]

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2014-06