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ルカクについて 

ルカクはせっかく獲得したんだから、もうちょい試合で使ってあげるべきだったとは思いますね。特に昨年、エトーを獲得してルカクをレンタルに出した采配はやはり愚策であったと思ってます。モウリーニョ的には復帰した1年目に「計算できるベテラン」のほうがいいという判断だったんでしょうが、別にルカク残留でエトーを獲らなくても成績的にはあまり変わらなかったと思うんです。まぁ、わかりませんけど。で、そうやってエトー獲得して、ルカクをレンタルに出した結果、1年後に両方ともチェルシーからいなくなるというのは、ふつうに考えるとあまり得策ではないのかなと。結果が出ないフォワードは毎年リセットというやり方もあるんでしょうが、継続的な強さを維持するには、やっぱあまり選手をとっかえひっかえしないほうがいいですよね。モウリーニョにも選手の好みというものがあると思うので、今回のルカクの件はしょうがないとは思うんですが、「将来の逸材」をまったく生かせなかったというのはファーガソンと比べると間違いなく劣ることを証明したのではないでしょうか。まぁ、アザールとオスカルで精いっぱいという感じなのかもしれないし、バロテッリ的な悪童をそれなりに鍛えた実績もあるといえばそうなんですがね。


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Posted on 2014/07/31 Thu. 02:14 [edit]

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サッカー日本代表が、海外での強化試合を増やすには 

「国内で何試合やるかといった縛りは契約の中に入っていません。その年によってJFAが決める試合数は変わってきますが、我々としては基本的に支援するスタンスでいます。マーケティングの観点やお客様からの見た目という点でいうと国内でやってもらった方が嬉しいということは確かにあるかもしれませんが、やはり我々としても海外で強豪国と対戦することが強化につながると考えていますので、すべて国内でと申し上げているつもりはありません。

 仮に年間6試合やるのであれば2、3試合は海外でやってもいいんじゃないかと思っています。我々から強化の方針について何かを申し上げることはありませんが、JFAが強化の方針として打ち出したのであれば一緒にやっていきましょうというのが我々のスタンスです」(サッカー批評51 2011年5月発売)
引用元

まぁ、建前に近いコメントである気はしますがね。そもそも「年間6試合やるのであれば2、3試合は海外でやってもいいんじゃないか」って、すでにそれくらい海外でをやってませんでしたっけ? やってないですか。まぁ、過去のことはどうでもいいですね。

 そもそも論として大切なのは、日本より強豪のチームが「日本と戦うメリット」を我々がどう提案できるかってことだと思うんですよね。確か、一時期、アルゼンチン代表とよく対戦できていたのはお金の負担とか絡んでいたからでしょ。そういうギブアンドテイクができれば自ずと海外での試合も増えていく気がしますが、上記の論文はそういう企画を踏まえたうえでの提案なのでしょうか。その昔、トルシエのときにレアルマドリーの2軍とスペインで戦った記憶があるけど、そんな感じで「どんなチームとでもいい。アウェイでさえ戦えば勉強になる」という精神で臨むというのもありだと思うし、その場合は違う企画力が求められる気はします。新監督はメキシコ人の方みたいですし、たとえば「日本代表は基本メキシコで現地のクラブチームと戦うのをメインとする」という強化方針を立てれば、それなりに強くなる気はしますよ。その方法論が、はたしてビジネス面で受け入れられるのかはわかりませんが。

 ただし、ビジネス的にはやっぱ、「レアルマドリーの2軍さまとサンチャゴベルナベウで戦える」とか、「バルセロナの2軍とカンプノウで戦う」いうブランドのほうが、まだましですかね。


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Posted on 2014/07/30 Wed. 02:28 [edit]

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「中田英寿のスタイルはトップ下ではなかった?」を、改めて再考してみるのもいいかもね 

toroneiさんのTwitterからのキュレーションを読んで、今更ながら中田英寿選手の片野さんブログでの分析を引用。

 中田がトップ下ではない?そこのところ、具体的に説明していただけないでしょうか?「中田は、トップ下も十分こなせる高い技術を持っている。しかしフィジカル的な資質はMFにより近い。つまり、非常に高い持久力を持ち、90分間休まず走り続けることができるが、爆発的な瞬発力には欠けている。 トップ下は、試合の中でどんな動きをするだろうか。ずーっと動かずにいて、突然ダッシュをする。またずーっと止まっていて突然スタート。この繰り返しだ。しかし中田は常に走り続け、動き回っている。これはMFのプレースタイルだ。中田は、たくさんのボールに触る中で、質の高いプレーを繰り出す。我々がよく使う表現で言うと“量の中に質を見出す選手”だ。こういうタイプはトップ下にはあまり向かない。相手DFとの距離が近すぎて、動き回るスペースがないからだ。彼が生きるのは、もっと自由に動ける中盤だ」
(中略)

「中田はディフェンスに関して大きな欠点をひとつ持っている。彼は守備に回った時の1対1のフィジカル・コンタクトには決して強くない。しかし問題はそこではない。そもそも、1対1のフィジカル・コンタクトが弱いからといって、守備でチームに貢献できないわけではない。適切なポジションで敵に対峙して危険なパスコースを切り、攻撃を遅らせるだけでも、十分大きな貢献になる。自分の次でボールを奪うと考えればいいのだ。 問題は、中田はそこであえて当たりに行ってボールを奪おうとし、失敗して抜かれてしまうということだ。何故そうするのか。私には、自分がディフェンスでも強いと示したいがためだと見える。あまりにも自尊心が強過ぎるのかもしれない。あるいは責任感のなせる業かもしれない。中田にはフィジカル・コンタクトの強さはないがインテリジェンスはあるのだから、自分の役割はインターセプトだと割り切って、その能力を磨くことに徹すればいい。それができれば、より完成度の高いMFになれるはずだ」
(中略)

「確かに、ペルージャ時代はトップ下でも機能していた。しかしあのペルージャは、前線に1トップがいて、中田はその後ろで自由に動き回りながら攻撃を組み立てる役割を担っていた。動くスペースはずっと大きかったし、チームは常に自陣に引いて守りを固めていたから、前を向いてプレーすることもずっと容易だった。トップ下というよりも、守備の負担を軽減されたMFと言った方が近い。言い忘れたが、カウンターアタックは中田が最も得意とするレパートリーのひとつだ。自分が走り込むことも、パスでチームメイトを走らせることも出来る。強力な武器だ」(ウリヴィエーリ)
引用元

「トップ下とはなんぞや」的な思想談義でもあるんですが、要は監督が考えるシステムや戦術によって、各ポジションに求められる動きやプレイスタイルは異なるということなんでしょう。上記で引用しているイタリアの監督だとトップ下はFWに近いプレイが求められるが、中田英寿はそういうプレイをしてなかったと分析されてます。合わせて「ペルージャとパルマではサッカーの質が違うのだよ。質がな。はははは」と語っているのが面白い。

あと「トップ下は、試合の中でどんな動きをするだろうか。ずーっと動かずにいて、突然ダッシュをする。またずーっと止まっていて突然スタート。この繰り返しだ」と語ってますが、ここで表現されているプレイは、いわゆる「セカンドストライカー」というか「シャドーストライカー」に近いわけで。まぁ確かに中田英寿はそういうプレイはしないし、どちらかというと当時の日本代表での森島選手のプレイがそういう感じだったのかなと。

合わせて「自分がディフェンスでも強いと示したいがためだと見える。あまりにも自尊心が強過ぎるのかもしれない。あるいは責任感のなせる業かもしれない」に関しては先日ガセッタさんが指摘していた「ゾーンディフェンスを知らない」理論が単にあてはまるだけな気がします。で、それは例のジーコ日本代表での「福西&宮本との意見の食い違い」にもつながってくるわけですね。

中田英寿はこのあとパルマのプランデッリ監督の戦術でぶつかるわけですが、当時のヒデメールで「アドリアーノとムトウ
はセルフィッシュ過ぎるのでアホ。俺みたいに動いてパス出さないとな」と自分視点でチームメイトのプレイスタイルを批判していたわけですが、果たしてその分析が監督やその他の選手と同じ方向を向いていたのか微妙だったわけです。

逆に、上記のウリヴィエーリ氏の分析のように「攻撃の“仕上げ”を担当するトップ下に要求されるのは、ボールをつないで
攻撃を組み立てる局面ではなく、その先の最終局面、つまりシュートに直接つながるプレーです。ボールを受けたらすぐに前を向き、ドリブルで突破を図る、FWに意外性のあるラストパスを送る、自ら強引にシュートを打つなど、リスクを冒してでも決定的なチャンスを狙う。MFというよりはFWに近い、いわば、ハイリスク・ハイリターンのプレースタイル」がアドリーノとムトゥに求められていた可能性は高かったわけで、その場合は、むしろ「セルフィッシュであること」のほうが評価されていたのかなと。当時の日本のサッカーファンの多くは「中田が正しい」という思考だったと思うのですが、今あらためて振り返ると、当時とは違う分析をされる人も多いのではないでしょうか。

ちなみに、このイタリアの監督たちの戦術と中田英寿のプレイスタイルの食い違いは、果たして何から生まれたのか? 監督の説明不足だったのか、それとも中田英寿がコミュニケーション能力不足だったのか、それとも例の「ゾーンディフェンスの基本が知らない」的なサッカーのプレイスタイルの基本的な知識や認識が違っていたことによるものなのか。

まぁ単純に、加茂さん・岡田さん・トルシエさんがやろうとしていた日本代表のスタイルが「ペルージャ・スタイル」に近かったということが大きな要因としてあって、ポゼッションサッカーという文字は当時の日本代表サッカーの辞書にはなかったということなのかもしれません。皆さんが嫌いなジーコだって、最終的にはボランチ的に中田英寿を起用するわけですが、その理由は、まぁ、それなりにはあったということなんですかね。

そういえば、このあたりのプレイスタイルの認識の違いに関して、ザッケローニと本田や香川や遠藤の間でもあったのかは気になるところですね。


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Posted on 2014/07/28 Mon. 02:16 [edit]

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後藤健生氏の「分析や検証などはワールドカップ前にさっさと済ませて」について 

■ノルマがないとね

最大の疑問は「ザッケローニ監督を招聘した原博実技術委員長の責任がなぜ議論されなかったのか?」である。原技術委員長はザッケローニ監督を選任し、その後も代表強化の最高責任者としてマッチメークやスケジューリング、あるいは合宿地の選定に当たっていた。当然、ワールドカップ本大会での結果について、ザッケローニ監督と同様の(あるいはそれ以上の)責任があったはずだ。その原技術委員長の責任問題には全く触れられず、その同じ原委員長が次期監督選任に当たった。いや、それどころではない。原博実氏は、技術委員長に加えて専務理事にも選ばれて技術委員長と兼任しているのである。
引用元

この部分に関しては同意見ではありますが、結局のところはノルマ的なものをどう考えるかなんですよね。W杯に出場さえすれば合格点とするなら、別にザッケローニ監督も原氏も責任問題にはならないと思うし、実際のところ今回そんな感じだったと思うんで、最大の問題があるとすればそこでしょう。ノルマを明確にして、それに対して結果で判断するというのが一番わかりやすいです。一方で、W杯グループリーグ突破をノルマとした場合、できないたびに監督と技術なんちゃらを首にしてやり方を代えていたら、長期的な強化が進まないんじゃね?的な意見もあるとは思いますが、まぁ個人的に言わせてもらえれば「4年間もやれば十分でしょ」という感じ。逆に監督と強化なんちゃらが変わったところで、進む方向性が大きく変わるとも思えないわけで、単純にW杯本番での結果で「進退伺い」を判断でOKだと思うんですけどね。まぁ、もちろん、これはあくまで1つの意見でありまして、組織論というのはそれほど単純でないというのも事実なんでしょう。協会の大役が勤まるのが原さんしか適任者がいないとなれば、結果に関係なく原さんがやるしかないんでしょうし、ほかにやる人がいないのに、無理して代えるのは時には愚作にもなるんでしょうから。

2軸評価でなく多様性


ザッケローニ監督が作ったチームのストロング・ポイント(パスを繋いでの攻撃サッカー)もウィーク・ポイント(守備の弱さ、およびバリエーションの少なさ)などは、とっくの昔に分かっていることだった。そのストロング・ポイントが発揮できて、ウィーク・ポイントがカバーできれば、ワールドカップである程度の結果は残せただろうし、それが逆になってしまったことで惨敗という結果になっただけだ。ストロング・ポイントが出せなかった原因が、ザッケローニ監督の采配の硬直化だったとしたら、それも大会前から分かっていたこと。もし、コンディショニングが最大の問題点だったとしたら、これは出発前に興行的なイベント(キプロス戦も含めて)を行ったり、合宿地を選定した日本協会の責任であって、ザッケローニ監督の責任ではない。
引用元

先ほどの意見は同意したけど、こちらの考えはかなり乱暴な意見だと思うなぁ。ここで後藤氏が展開しているのは、簡単に言えば「W杯本戦の結果は評価に値しない」ということでしょ? 『「検証」というのは科学的な作業であって、「結果論」「感情論」ではない』とされてますが、結果から判断しないで検証するのはちょっと違う気がします。この理論だと、今回のオランダ代表はどういう分析と検証になるんでしょう。4年前の岡田日本代表も同様。一番大事なのはW杯本戦をどう戦ったかであり、そこをちゃんと評価しないで検証するのは、片手落ちも甚だしいですよ。

 もちろん、本番前にだって分析はできると思いますが、今の代表チームで一番大切なのは「予選をどう勝ち抜いたか」
でなく、どう考えても「W杯本番でどうだったのか」という分析です。なので、毎回4年ごとにそのW杯本戦の結果部分を考えないで検証したって、あまり意味がないと思うんです。

「ストロング・ポイントが発揮できて、ウィーク・ポイントがカバーできれば、ワールドカップである程度の結果は残せただろうし、それが逆になってしまったことで惨敗という結果になっただけ」と書いているけど、この文章も私から言わせてもらうと、ちゃんちゃらおかしい。

今の日本代表で大切なのは「ストロング・ポイントが出せない状況でも、相手のストロングポイントを押さえて、勝ち点を拾う」的な戦いができるかという面もあると思うので、単純に自分たちの「ストロング・ポイント」と「ウィーク・ポイント」の2軸で語るのは危険だと言いたいのです。

つまり、ここで後藤氏が言っていることは「俺たちのサッカーができたか、できなかったか」という2軸で検証するということだと思うんですが、サッカーってそんなに単純なスポーツではないと思うのです。

前回のエントリーで紹介したように、新監督の選定について原技術委員長は「引き出しの多さ」というキーワードを掲げてくれましたが、後藤氏が言う2軸評価で分析するとこの「引き出しの多さ」という回答は出てこないと思うんですよ。

それなりにサッカーに詳しい方なら当然そういう「引き出しの多さ」という視点でもサッカーを観戦されていると思うんですが、もし、そういう考えが抜け落ちていたとするなら、サッカージャーナリストとして終わっているのではないでしょうか?


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Posted on 2014/07/27 Sun. 01:53 [edit]

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ドログバ復帰はめでたいけど 

 まさか、このタイミングでドログバ選手がチェルシーに戻ってくるとはねぇ。いや、めでたい。いや、うれしい限りです。

 いろいろな条件やタイミングが重なった結果、実現したのでしょうが、ひとつ確かなのは監督が「モウリーニョ」だったからこそ実現したということ。チェルシーというクラブの視点で考えた場合、モウリーニョが監督だからドログバを獲得しようというという考えになったと思うし、逆にドログバ視点で考えた場合も「監督がモウリーニョだから」チェルシーに戻ってきたと思うんですね。これが、もしグラウディオラやファンハール、ベンゲルなどが監督だったとしたら、けっしてけっして実現しなかったはずです。

 ドログバの役割については現状わかりませんが、たぶん主力というよりもサブ的な扱いとなる可能性が高いと思ってます。場合によっては「ベンチ入りから漏れる」可能性だってありえます。フォワードとしてベンチ入りできる人数は多くて2人。1人の可能性だってありますから、なかなか試合に出れない状況も十分に考えらるわけです。ディエゴコスタの状態にもよりますが、彼がスタメンとすると、ベンチにはトーレス、そしてドログバ。そんな布陣が基本でしょうか。もちろん2トップシステムにすれば状況は変わりますが、昨シーズンの戦い方から考えると、ディエゴコスタのワントップというのが現実的です。
 
 そう考えると、気になるのはルカクの存在です。現状から考えると、彼はトーレスやドログバと「ベンチ入りを争う」状況に陥る可能性が高く、しかもベンチ入りから漏れる可能性だってあります。もちろん、コスタに代わってスタメンになる可能性はゼロではありませんが、そのためにはかなりモウリーニョにアピールしないと厳しい状況です。

 というか普通に考えれば、このタイミングでのドログバ獲得は「ルカクを計算してない」ことを明示しているようにも思われます。「若さ」と「経験」のどちらを取るのかというのは難しい問題ですが、今年のチェルシーは後者のほうに重心が傾いている感じなのは気のせいでしょうか。そうです、今季ここまでのモウリーニョ・チェルシーの選手獲得方針をみると「さよならヤングチェルシー宣言」のようにも見えるんですよね。

 前にも書いた通り、今季はタイトル獲得に全力投球ということで補強しているんでしょうが、そんなタイトルと引き換えに「ぺんぺん草状態」になってしまうことは、できれば避けてほしいところです。要はドログバは貴重な戦力ではありますが、未来のチェルシーを担う可能性があるのは間違いなくルカクであるということです。

 同様にゴールキーパーの体制も気になるところ。チェフとクルトワの2人を交互に使うつもりなら、「がんばって」となるんですが、もしそうではなく1人がレギュラーとして君臨し、もう1人が飼い殺しとなるのなら、それは本人にとってもチェルシーにとっても有益であるとは思えません。1月にどちらかを手放すのなら、このタイミングで、それを決断してあげるほうが本人のためだと思うんですけどね。

 選手層が厚くなるのは大切だと思いますが、無用で計画性のない選手のダブつきは百害あって一利もないですから。




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Posted on 2014/07/26 Sat. 14:49 [edit]

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サッカー日本代表 新監督アギーレ氏に期待する 結果至上主義と「2つの仕様」を使いわける引き出し 

■監督決定おめでとう

どうやらサッカー日本代表の監督が決まったようですね。私はあまり詳しくは知らない人なんですが、メキシコ人で堅守速攻がお好きな人のようで。選定の基準はよくわからないですが、これ読むと引き出しがその理由らしいですね。

スペインリーグではオサスナやサラゴサ、エスパニョールでの経験があり、お金のないクラブで結果を残すなど、引き出しの多い監督」と説明。「非常にジェントルマンで気持ちが強く、日本人の良さを引き出してくれる。今の日本に一番ふさわしい。勝負強さを植え付けてほしい」と大いに期待を寄せていた。
引用元

 原氏の上のコメントには、「引き出し」よりも注目したい単語がございます。それは「結果を残す」というキーワード。内容よりも「結果」というところにたどり着いたというか、戻ったという感じなんですかね。それはそれで喜ばしいことですし、「結果」を重視するなら、ぜひ「W杯での目標」も明確にしてほしい。まぁズバリ「グループリーグ突破」であると思うのですが、その前にアジアカップのノルマもちゃんと設定してね。ベスト4くらいが妥当じゃないかしら。

■レバノンでのアジアカップを懐かしがって

 さきほどまで2000年のレバノンでのサッカーアジアカップ日本代表の試合をYoutubeで見ていたんですが、改めて「そういえば、昔は名波ファンだったのかも」と懐かしく眺めておりました。小野選手も見ていて楽しいなぁと。もちろん、モウリーニョ以降はそのスタイル支持に転向してはいるんですが、別にポゼッションが嫌いではないし、テクニックある選手だって嫌いではないないんです。トルシエ日本代表では、先のレバノンのチームが好きですし、最終的に名波や中村がメンバーから漏れてしまったことは、やはり残念であったのは事実です。で、それを糧にして「ジーコ+黄金の中盤」思想に夢見るというのも、わからなくはないんですよね。自意識過剰であるとかロマンチストであるとか言われればそうだと思うんだけど、少なくともアジアレベルにおいては、そういう夢物語をリアルに楽しめるという現実があるわけですから。

■アジア仕様と世界仕様

 そう。何度も言うけど、要はサッカー日本代表は「アジア仕様」と「世界仕様」という2枚看板を持てるかどうかというのがカギだと思うわけですよ。それが、できていたのがトルシエ日本代表であり、南アでの岡田日本代表であったんです。残念ながらオシムは途中で終わってしまったんですが、彼だったら、その2つの仕様を変えずに戦えたのかは気になるところ。ジーコは、アジアのチームはなんとか結果残せたけど、世界仕様のほうはなんの戦略も手札もなく戦い惨敗。まぁ、もともと引き受けたときの動機が「アジア仕様的なチームでもW杯戦えるだろ。というノーテンキな理由」だったわけで、それを覆しちゃうと存在意義がなくなってしまう状況だったのでしょう。なので仕方がないといえばそうなんだけど、南アでの岡田監督みたいに「結果残すためにポリシー変える」くらいの盛大な転向をしてもらえれば「神」として日本代表のファンに永遠に語り継がれた可能性もあったんですが、ジーコ的にはコインブラでいるよりも「ブラジル人の英雄としてのジーコでいること」を選んだということなんでしょう。まぁ、頼む方ももともとそれでオーダーしていたんで、仕方がないと言えばそうなんですけどね。って、そもそも、そんな守備重視で戦うほどの「引き出し」があったかどうかも定かでないんですが。まぁ、そういった意味では、ザッケローニもたぶん、ジーコと似たようなものだったんでしょう。当然ジーコより「引き出し」はあったと思うんですが、その引き出し使うと「なんだよ、結局は岡田と同じじゃん。給料返せ」となってしまう可能性があったので自ら引き出しは封印し、負けるとわかっている戦争に長け槍をもって臨んだのが、ブラジル大会だったのかなと。どうせ、終戦後に戦争裁判的なものもないんだし、お望み通り死なせてあげましょうみたいな感じだったのかなと。そう、引き出しはあったけど、あえて、使わなかった。俺たちのために、あえて。

■結果重視と引き出し

 というわけで、新監督さんですが、まずは協会が「結果」重視で選定という方向性のようであることが確認できたたけでも現時点ではOK。あとは「アジア仕様」を早いところ形作って、そしてどこかのタイミングで、そのたくさんある引き出しの中から「世界仕様」を出してもらえれば、それなりの結末を迎えることができるのかもしれませんですわよ。


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Posted on 2014/07/25 Fri. 02:44 [edit]

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日本のゾーンディフェンスがなんちゃってなのは、本当に選手のせいか 

 ファン・ハール監督は5月7日から国内リーグ組を招集して第1次合宿を敢行し、4−3−3から5−3−2フォーメーションに変える戦術練習を徹底した。GKヤスパー・シレッセン、CBヨエル・フェルトマン、ステファン・デ・フライ、ブルーノ・マルティンス・インディ、右ウイングバックのダリル・ヤンマート、左ウイングバックとMF兼任のダレイ・ブリント、MFクラシーによる守備のベースはこの頃できたのだ。エールディビジ勢に、主将のファン・ペルシーを加えたメンバーは5月17日にエクアドルと親善試合を行い1−1で引き分けている。

 その後のポルトガル合宿から外国でプレーする選手たちもそろい、かなりの好ムードの中、5−3−2フォーメーションが仕上がっていった。壮行試合となったウェールズ戦ではオプションの4−4−2をテストするなど、オランダは事前準備の段階でやれることをやりきっていた。エールディビジ勢がCL、ELに勝てない分、オフが長いのをうまく利用し、まるでクラブのように緻密なチームをファン・ハール監督は作ったのだ。逆にスペインは、国内リーグ勢の成功の代償を代表チームが払う事となった。W杯初戦で生まれた5−1というドラマはこうして生まれた。
引用元

ここに書かれていることがどこまで本当なのかわからないですが、ブラジルワールドカップに関する記事で一番おもしろかったのは、このスポナビの中田さんの記事ですね。これって要はW杯本戦1カ月前に守備戦術を変えてチームを仕上げたってことだと思うんですが、なるほど、やはり、そんなものなんだよなと改めて思った次第です。

もちろん、そもそもの戦術や選手の能力に下地があったからこそ可能だったのかもしれませんが、思い起こせば4年前に岡田日本代表だって似たような「戦術の仕上げ」を本番直前で試みて、ある程度の成功をみせているわけです。それと同じといえば、同じですよね。

つまり極論で言えば、「W杯1カ月前の合宿から戦術を磨くことだって不可能ではない」ということ。

この「1か月前仕上げ説」を実はその昔、前のブログでマリオさんというサッカーブロガーの方と行った記憶があるんですが、あれは確かジーコ日本代表のときだったですかね。で、今回のザッケローニ日本代表に関していえば、要は上記のオランダ代表や4年前の岡田日本代表のような「直前の守備戦術のすり合わせ」を行ってなかったということなのでしょう。たぶん。もちろん、わかりませんよ。実際は守備戦術の徹底を行っていたのかもしれないけど、それが本番の試合で目立った
要素にならなかったというほうが正しいのかもしれません。

さて、それを踏まえて、こちらの文章。

とにかく日本選手のゾーンディフェンスについての理解力の低さは、ユース世代で教えこまれてないからに尽きると思いますね。(省略)

つまり、各自の守備に関する視野や判断が自分の周囲5mぐらいしか無く、自陣で俯瞰したゾーンのビジョンについての共有が成されていないという事に尽きると思います。吉田も内田もクラブではコンビネーションのおかげである程度ゾーンの動きが出来ているのですが、各自の素の力が出てしまう代表、それもW杯というプレッシャーのかかる場面になるとすっかり馬脚を現してしまうという例ですね。

ザックがゾーンディフェンスの練習をやってないはずは無いのに、本番でこれだけ壊滅的な状態になってしまうのですから、いくら代表監督に戦術のスペシャリストを招いても限界はありますよね。トルシエが毎回の合宿の度に強制的にフラット3の動き方を叩き込んだのも今となっては頷ける話ですなあ。
引用元

大先輩のガセッタさんのブログからの引用ですが、個人的にはここでいうような「日本選手個の能力・戦術理解力」に振ってしまうのはちょっと危険である気がしております。「クラブ」でできているのに「代表」でできてないのは「選手の能力が低いから」というのはちょっと乱暴すぎると思うんです。「クラブではコンビネーションのおかげ」って書かれてますが、そもそもゾーンディフェンスなどのチーム守備戦術はコンビネーションが大切なのは当たり前だと思うし、それは別に代表だって変わらないと思うんです。

要は、選手の能力というよりも監督がそこを重視しなかっただけなのではないかということです。

もちろんガセッタさんが上で言おうとしている「サッカーの基本」的な意味合いでの戦術理解度の大切さというのもわかります。確か今回はロシア代表監督であったカペッロ監督が「戦術に4-4-2を採用しているのはみんながその戦術を理解しているからだ」みたいなことを言っていたのを何かの本で読んだことがあります。つまり、それってガセッタさんがいう「おまえら子供のころからゾーンディフェンスの基本教わっただろ。おれのチームの戦術は基本それな」的なやり方なんでしょう。たぶん。

ただ、そんなカペッロ監督の教科書サッカーとザッケローニ監督の俺たちサッカーを比べてみますと、果たしてザッケロー
ニ監督が、そんな「サッカーの教科書」をどれくらい大切にしていたのでしょうか。

私は、それほど大切にしていたようには思えないんです。

その理由はたとえば、こちら。

当たり前のように使われるサイドチェンジだが、日本代表では禁じ手だった。片方のサイドに人数をかけて崩しきる。迫力をもって仕掛ける一方で、逆サイドはカウンターに備えて中に絞ってカバーする。だから長谷部の位置でも「早い段階でボランチからの展開は認められていなかった」。それがザック流だった。
引用元

W杯本番では違ったのかもしれませんが、このサイドチェンジ禁止というのは、教科書とは違うと思うんです。ザック流と書かれてますが、たぶんそうなんでしょう。で「逆サイドはカウンターに備えて中に絞ってカバーする」というのも、果たして「サッカーの教科書」にどれくらい忠実な戦術なんでしょうか。まぁ中に絞ること自体は教科書とある程度同じかもしれませんが、はたして自分のこれまでのゾーンディフェンス感覚で実行できるものなのかは怪しい気がするんですね。あと、途中で導入しようとしていた「3-4-3」についても同様。あの戦術も、要は「サッカーの教科書」を逸脱したことをやろうとしていた証拠であると思うわけで、これらのことを考えると、ザッケローニ監督はそれほど「サッカーの教科書」を重視したなかった気がしてないらないんですよね。

もっとも、上記のような特異性は途中で失われた気もするし、同様に「3-4-3」を諦めたのは、「みんなが知っている4バックのほうが戦術が浸透しているから」という理由だったという分析があるのも確か。

なるほど、それなら「サッカーの教科書を実行できない、日本人選手が悪い」という答えも強ち間違いではないのかもしれません。もし、それが理由なら。

ただ、私はそれを踏まえても、今回のブラジルでの守備戦術がイマイチだったのは「監督の仕事が悪かった」という理由のほうが大きいと思うんですよね。繰り返しになりますが、要はザッケローニ監督がファンハール監督や岡田監督のように守備を重視しなかっただけであり、1か月前に「勝つため」にチームの守備戦術を磨いたり、守備的な戦いにしていたら、
結果は違っていたと思うからです。

全ては結果論という見方もできるが、ザッケローニ監督自身、ワールドカップ本番でのチームの
最終形をしっかりとイメージしきれていなかったのかもしれない。そこが代表監督未経験者の難
しさだったと言ってもいいだろう。ザッケローニ監督が3-4-3を諦めずにやり続けていたら、果
たして選手たちはこの戦術を確実にモノに出来ていたのか…。それも気になる所だ。ザッケローニ
監督が「伝家の宝刀」と言われるシステムを封印する決心をしたのがいつなのか、そのきっかけが
何だったのかを確かめるという宿題が、我々メディアに残されたのは確かだ。
引用元

元川さんの文章を引用したことはあまり記憶にないのですが、もしかして初めてでしょうか? 確かに、この「3-4-3」の導入というのは何だったのかは気になるところですし、何でザッケローニが最終的に「4-2-3-1」という戦術にしたのかは、きちんと分析していただきたいところです。

果たして、それが「サッカーの教科書」へ戦術を頼った故なのか、それとも、俺たちのそれはもっと違う何かだったのかって。


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Posted on 2014/07/24 Thu. 09:00 [edit]

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今季のチェルシーのポイントは、サイドバックの攻撃参加とフォワードの基点作りだ 

 昨年も書いたんですけど、今季チェルシーがタイトルを狙うためにポイントとなるのは、やはりサイドバックとセンターフォワードの出来となるんでしょう。

 センターフォワードに期待したいのは、前線での基点となる動きです。チェルシーには優秀な2列目の選手が多いので、彼らが相手敵陣近くで前を向いてプレイできるようになれば、自ずと得点力もアップすると思えます。残念ながらランパードはいなくなってしまいましたが、昨シーズンから加わった中盤マティッチもシュート力はそれなりにあります。新加入のセスクにも決定力はあると思うので、そんな2列目、3列目の選手がフィニッシュに絡むようなスタイルを構築できれば、自ずと勝ち点3の試合が多くなることでしょう。

 サイドバックはもちろん守備力が大事ですが、攻撃にも積極的に絡んでほしいところです。昨シーズン終盤、アスクリピエタが見事な攻撃参加を見せて得点に絡んでいましたが、そのような働きがコンスタントにできれば、分厚い攻撃を構築できるようになるはずです。昨シーズンのアトレティコマドリーは、そんなサイドバックの攻撃参加のお手本ともいえるプレイをCLチェルシー戦で披露してました。そんなアトレティコからサイドバックを補強したのは、偶然ではないと思われます。ですので、今季のモウリーニョ・チェルシーには、ぜひ昨年のアトレティコマドリーのような、見事なサイドバックの攻撃参加を謙虚に真似ていただきたいと思ってます。

 思い起こせば、ディマッティオ監督時代のCLバルセロナ第2戦。チェルシーは1人退場のあとラミレスがサイドバックのポジションに入り、前半終了間際に見事な攻撃参加からゴールを奪っております。ランパードとラミレスの「縦のポジションチェンジ&ワンツー」という、シンプルながら運動量と積極性が求められるプレイをここ一番の決戦で見事に披露。バルセロナのウイングがラミレスに追尾しなかったことをいいことに、バルセロナの高い最終ラインの裏へ見事に抜け出て、ゴールキーパーとの1対1を見事に制したあの伝説のプレイは、たぶんチェルシーファンの間では一生語り継がれることでしょう。ただし、今改めてあの伝説のプレイを振り返りますと、あのような積極的なサイドバックの攻撃参加という形は「モウリーニョが監督でなかったから」できた可能性も十分にあるわけです。少なくとも、昨シーズンのモウリーニョのチームだったら、あのようなラミレスのミラクルなゴールは生まれなかったと思われます。

 サイドバックには当然守備も求めますが、要所での攻撃参加は、とてもとても大事であると思っております。特にタイトルを狙うのなら、絶対に必要です。はたしてモウリーニョはそのあたり、どう取り入れてくるのでしょうか。今季は特にそのあたりに注目して試合を見ていきたいと思ってます。


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Posted on 2014/07/22 Tue. 02:11 [edit]

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日本代表とJリーグの関係。要は代表チームと自国リーグ問題。ガラパゴス万歳 

もちろん「自国リーグ」と「代表チーム」はつながっているところはあると思うんだけど、どちらが主語なんですかいうのは、別問題であると思っている。


つまり必ずしも「代表チーム強化」のための自国リーグではないということ。


私はプレミアリーグのチェルシーファンですが、ぶっちゃけイングランド代表が弱くったって構わないと思っていますし、プレミアリーグを「W杯のため」の強化素材にするなんて意見はナンセンスであると思うから。


もちろんW杯とプレミアは関連がゼロではないと思うし、イングランド代表が強い方がいい効果を生むのかもしれませんが、チェルシーの試合見るときに「こんな戦い方じゃ、W杯で優勝できないよ」とかいう視点で見ることは絶対ないと言いたい
んですね。

「この選手はリーグ戦でがんばっているから代表に選ばれそうだな」という視点はもちろんありだと思いますよ。ただ、厳密に言えば代表チームは人気投票でもご褒美でもないわけですし、最終的には監督がチョイスするものなんで、「リーグ戦で活躍=代表選手」という方程式だって常にあてはまるわけではないんですけどね。


ほら「ジーコはセレクターだからダメ」という人に限って、「この選手はリーグ戦で活躍しているのに選ばれないのはおかしい」とかいうみたいな。あなたの意見だって「セレクター」じゃん。というか代表って、基本セレクトだよね。

で、同様にたまーに「Jリーグはガラパゴスだ。もっと世界を意識してサッカーをすべき。キリッ」みたいな意見を他人さまのブログとかで見かけるんですが、それも、かなりナンセンスだと思うんですよ。

世界を意識したスタイルにして、Jリーグ勝てなかった本末転倒なんですよ。いいですか。大切なのは、あくまで「Jリーグで勝てること。優勝できること」であり、それが基本だと思うのです。で、そのJで勝つという目的のためのスタイルが世界を意識したスタイルと=ならば「世界を意識したスタイル」でOKだと思うんですけど、Jで勝つより先に世界がきちゃダメでしょっと。つまり「Jリーグで勝つこと」を度返しして「世界を」とか言っちゃダメということ。得てして、そういうチームに限って、降格したりするわけですよね。もちろんACL出るチームはその対策はすべきだと思いますが、それだってあくまで「試合に勝つため」という単純な話です。それ以上でも以下でもない。

だよね。自国リーグはベースになっているけど、レベルアップは海外だよね。って意見のみなさまお待たせしました。

確かに、かつてトルシエ時代に「代表選手の全員が海外リーグに属したら勝てる」と言っていたこともありましたが、今、その理論もどうなんですかね? 個人的には、もはやその理論も怪しくなってきていると感じてます。

もちろん、今回のベルギー代表やコートジボアール代表みたいに、他所のリーグで選手がもまれて個々人のレベルアップ=代表のレベルアップという方程式もあると思いますよ。ただ、よっぽど突出した個の力があればいいけど、そうでないなら、国内リーグのいくつかのクラブを主体にしたほうがいい気はしてます。確か、今回のファンハールのオランダ代表もそうだと思うんだけど。

なんだよ。やっぱ国内リーグかよ。だから、さっきからリーグを世界レベルに強化しないとだめだって言っているだろ。振り出しに戻ったよ。

というわけで、問題は「あくまでガラパゴスは死守しながら、レベルはアップさせて世界に近ずかせる」にはどうすればいいのかということ。

これは難しいですが、答えは簡単。要はオシムみたいな指導者をJリーグに連れてくればいいんですよ。そうだな。名前はメジャーではなくても、ちゃんとしたサッカーを実践できる指導者をつれてくれば、それでガラパゴスを死守しながらレベルアップできるはずです。まぁ別に、外国人の指導者でなくてもいいんですけどね。

もっとも、大切なのはあくまで選手です。サッカーするのは監督ではなく選手であるのは当たり前なんですが、ただ言いたいのは監督や指導者によって「選手が変わる」可能性があるのは確かであるということです。

えっ? 三つ子の魂、百までとか、悲しいこと言わないでください。


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Posted on 2014/07/21 Mon. 03:09 [edit]

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2014-2015のチェルシーはどうなる? タイトル獲得と長期的ビジョン 

5月のチャンピオンズリーグ決勝のレビューでこう書いてました。

「レアルマドリー並みの戦力あるのに、それを追い出して、アトレティコ並みの戦力を集めなおして、そういうスタイルに切り替えるというのは、正しいのか?」


この言葉は、なんとなく自分たちのチームに向けて発した言葉だったんだけど、まさにその通りになりそうな勢いでスペインから選手を漁っているのは、微妙というか、ある意味、納得といいますか。

もちろん、昨年のチェルシーの戦力はレアルマドリー並みではないんだけど、このシーズンオフにアトレティコの戦力集めているのは、まぁそういうスタイルへ切り替えるという意思表明ということなんでしょう。

気になるのは「若返り」というお題目がまだ残っているのかってことです。タイトル狙うには確かに昨年のチームじゃ若すぎるというのはわかるんだけど、ある程度それを承知で割り切って推し進めないと若返りは無理ですよね。

たとえばルカク。まだ、どうなるかわからないですが、今期もレンタル出すようなら、もうチェルシーをの将来を背負うことはないんでしょう。

ピアゾンとヒンケル。彼らはまだレンタルで耐えられるのかもしれないけど、今季もレンタルなら、ルカクと同じ道をたどりそうだよね。

公式ページのメンバー表見たら、カクタとマクイクランとロメウを見つけた。ロメウは契約延長したようで何よりですが、他の2人の居場所はチェルシーにあるのだろうか。

GK見たら、いつも間にかイラーリオが消えていた。ポルトガルに帰ったのか?


まぁアトレティコ化自体はいいんですよ。モウリーニョ的には2年目でタイトル狙うということの意思表明なんでしょうし、それは願ってもないことです。タイトル狙うにはレアルマドリー化するよりもアトレティコ化するほうがチェルシーには間違いなく合ってますし、かなり期待はしております。ケディラ獲得は微妙だけど、あと中盤1枚取れれば、かなり戦力がアップするのは間違いないし、タイトルも狙えることでしょう。ただ気になるのは、FWジエゴ・コスタにMFセスク、CBにフェリペ・ルイス、GKクルツゥワがそのままレギュラークラスとなると、いわゆる「センターライン」を総とっかえ状態になることですね(訂正:フェリペルイスはサイドバックの選手でした。失礼しました。)。彼らの使い方にもよりますが、場合によっては来年の1月くらいまで実力が発揮できない可能性もあるかもしれません。


もちろんアザール、オスカル、マティッチ、ケーヒル、アスクリピエタあたりは昨年同様、チームの軸となって働いてくれると思うので彼らが軸として働くことができれば、序盤からスタートダッシュを掛けれる可能性だってあります。新戦力との兼ね合いで、ウィリアン、シュールレ、ラミレスあたりは、もしかしたらそんなに試合に出れないかもしれませんが、そこはモウリーニョのお手並み拝見というところ。まぁ、2列目はかなり選手はだぶついているんでウィリアン、シュールレあたりは微妙なんですが、さすがにこのタイミングで彼らを放出することはないかな。

それより気になるのはチェフとミケル、そしてトーレスの処遇。トーレスはわからないが、残り2人はチームの状況によっては離れることになっても不思議ではない。

即戦力の獲得は大歓迎なんだけど、長期的なビジョンがちゃんとあるのだろうか?

誰かがモウリーニョの後にはぺんぺん草も生えない的なこと言っていたが、選手の起用法によっては、まさにその通りになる可能性はある。

タイトルを狙いつつ、合わせて思い切った若手抜擢や思い切ったローテーションを駆使して「選手層のボトムアップ」を図ってもらいたいというのが、昨シーズンからの要望なのだが、はたしてモウリーニョはその辺りどう考えているのだろうか。



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Posted on 2014/07/19 Sat. 11:47 [edit]

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ブラジルW杯決勝「ドイツ代表対アルゼンチン代表」感想文 スターシステムに死を 

間違いなくドイツ代表は強かった。彼らは優勝にふさわしいです。でも、でも。

ちゃんと守備すれば、ドイツ代表だってそんなに点取れるものではないんですよね。
それが証明された試合だったともいえるんじゃないでしょうか。
もちろんマスチェラーノを筆頭にアルゼンチンの守備技術が高かったこともあると思うんですが、それよりもメンタルの要素の違いが問題である気はしています。

つまり「相手の長所を消したり、相手に好きなプレイをさせない」という思考でプレイするのか。
それとも「とにかく俺たちのサッカーをすれば問題ない。守備からじゃなくて攻撃で相手を翻弄するのさ」という思考でプレイするのか。

もちろん、あのメッシだって気が向いた時には守備するご時世ですから、攻撃だけ考えている選手なんていませんよ。

ただ、脳内パラメータでみると、「守備と攻撃のバランス」が後者の方に偏っちゃっているチームがあったのね。
それが個人だけでなくチームとしてそうなっちゃっている感じだった象徴が、ブラジル代表。

なので個々の選手は守備が大事だとわかっていても、チームの仕様上の問題でそれができない。強制的に攻撃的にならざるを得ない。まさに、それこそが、今回のネイマール亡き後のブラジル代表だったんじゃないかな。

まぁ、ブラジル代表のことはどうでもいいとして、この試合のアルゼンチン代表ですよ。

残念ながら、アルゼンチン代表にも、そんな「ブラジル魂」を持った選手がいました。そうですよ。それがメッシ。
正確にいうと、その「ブラジル魂」は、メッシ個人の独断と自己中心的なプレイだけのせいで、そうなったわけではないんでしょう。

仕様だったんですよ。アルゼンチン代表の「仕様」としてメッシはそういう存在となり、半分、メッシはその役目を演じることでしか、プレイする選択肢はなかったんでしょう。

もちろん守備よりも攻撃が好きという気質はあるのかもしれないけど、今回の軍隊的なアルゼンチン代表において一人だけ特別扱いが許された特別な存在。それがメッシだったんですよ。

もちろん実力もあるからそうなれたところもあるんでしょう。事実、グループリーグでは、その仕様に答える働きをしました。ですが、決勝トーナメントに入ってからの出来を見る限りは、もはやそれは、ほとんど信仰宗教の世界。要は「お飾り」でいいから「メッシを演じろ」とアルゼンチン代表の鬼軍曹じゃなくて悪代官はメッシを担ぎ上げ、逆にメッシはそれに縛られていたように感じてみてました。

やっぱ、ピッチ上で異彩を放ちすぎですよね。1人だけ、なんか違う特権が与えられているというか、違う存在として活きていたといいますか。もちろん、悪い意味ですよ。いくらキャプテンだからといって、このパフォーマンスならモウリーニョやオシムはヒディンクなら後半ベンチに下げたと思うんですよね。決勝戦の話。優勝するためにという話です。

まぁラベッシが怪我なら仕方がないのかもしれないけど、相手にとって脅威だったのはラベッシであり、正直、メッシはあまり怖くなかったと思うんですよね。もちろん完全にフリーにしたら怖い存在ですし、気を抜くとヤバいですよ。ただラベッシとメッシで比べたら、どう考えてもラベッシのが本当の神であり本物であって、怖かったのは間違いないと思うんです。

もちろん、メッシは得点力はありますよ。現にアルゼンチン代表のチーム内では得点王でしたし、その決定力を買って残しておきたかったということなんでしょう。ただ、守備を免除させてまで頼るほどの力はなかったと思うし、ラベッシと比べてパフォーマンス的によくなかったと言いたいわけですよ。後半ラベッシ残していたら、アルゼンチン勝っていたんじゃないかな。まじで。


じゃ、なんで悪代官はメッシを最後までピッチに残したのか?

「一蓮托生」とか「大黒柱」とか「スキよキャプテン」とか、いろいろ理由はあるんでしょうが、要はメッシに何等かの
夢を託していたんでしょう。夢って、いい言葉ですよね。FIFAも大好きなはずです。そういうの。電通とかも。で、それは現実的ではなかったとしても、けっして捨てられない夢だったんでしょう。

そうです。それは悪代官にとっての、はかなき夢であり。もっといえば、アルゼンチン全国民の夢。しいてはFIFAを中心としたサッカービジネス界の「夢」でもあったのでしょう。

日本で近いとするなら、中田英寿とか本田とかですかね。

ちなみに唐突で恐縮ですが、よく言われる「日本代表好きなファンをJリーグに呼びたい」なら、このような痛みを伴う夢の演出が必要だと思うのですよ。それは1チームだけでなくサッカー界全体で担ぎ上げる壮大な神輿とする努力も必要となります。簡単にいえばスターシステムってやつね。

スターシステムはけっしてデメリットだけではないんです。メリットがあるから使われるんです。この大量消費社会において。

 もちろんサッカーを本当に好きな人は、そんな神輿に興味はない人も多いですよ。反スターシステムという考えの人もある程度はいるんでしょう。ただし、もちろんそんな反スターシステムな人たちだって、スターがそれ相応の実力なり魅力を持っていることだってわかってます。「スターだってコンデョションが悪いときは仕方がない」「常時すごいわけではない」という言い訳だって受け入れる用意がある人は多いと聞きますしね(知ってる? コンデョションという言い訳に対して、寛容な人って意外と多いんですよね)。

話を戻しますと、スターという名の神輿だって、ある時は本当の神なときもあり、完全なフェイクでないのも事実なわけです。さすがに、実力も魅力もないお神輿なんて、誰も興味ないですからね。


ただし、問題は時として「神」となり、時として「お荷物」にもなるというスター選手がそれなりに存在するということ。

で我々、反スターシステム論者は、そのスターに対して「今は神である」のか「お荷物」であるのかを、判断して、
認定して、評価する必要があると主張したいんです。

お荷物を担ぎ上げるなんて、なんて「裸のお様」みたいにクソなんだって。

もちろん、何であれ担げる神輿があるだけマシとも言えるんですが、今回のドイツ代表の優勝はそんなうんこを神輿として担ぐことはつまらないし、止めませんかという強烈なメッセージであっての優勝であったと思っています。

すばらしいね。官僚的ではあるけど。

ただし、FIFAもバカではありません。それに対するFIFAのメッセージは、それでも「メッシは神である」というものでした。

これはこれで、ある意味すばらしい。なめるなよ、スターシステムを。みたいな感じか?

まぁ、ワールドカップというのは、そういうスターシステムを駆使した戦いの場であるのかもしれないし、あながちFIFAの解釈ややり方は間違ってないともいえるんですけどね。

ただし、それを踏まえて、あえてスターシステムに死を! これが、今回の言いたいことです。

というわけで、個人的にはメッシの神輿化以外はかなり楽しめた大会でした。

ありがとう、ぺケルマン、ファン・ファール、そしてマスチェラーノとノイアー。


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Posted on 2014/07/15 Tue. 02:57 [edit]

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ブラジルW杯3決「ブラジル代表対オランダ代表」感想文 まじで、モウリーニョ教に入信するんですか? 

以前、私が提案したとおり、オスカル、ウィリアン、ラミレスというチェルシー3人衆で「2列目」を組んできたブラジル代表でしたが、残念ながら今回も完敗。

■敗因は草食系でなく、あっけない失点

 敗因は、間違いなく開始早々に失点して「リアクションサッカー合戦」に持ち込めなかったところでしょう。チェルシーの2列目はハーフカウンターで威力を発揮できるタイプですので、先制されて相手に5バック的にブロックを形成されてしまうと、機能しないんですよね。チェルシーな彼らは、いわゆる「草食系な2列目」なのです。かわいいでしょ? ウフ。

さて問題の失点シーンですが、こんな感じだったでしょうか。
 ・まず、オランダのゴールキーパーからの「縦ポン」をロッベンがダビド・ルイスを無力化させて競り勝ち、前線のファンペルシへうまくつないで、パス&ゴー。
 ・そのロッベンからのボールをファンペルシがしっかりと受けて基点となり、そこに先ほどのロッベンが「縦のポジションチェンジ」というか、「ワンツー」というか、「2人だけでの突破」とうか、まぁそんな感じで、ブラジルの最後の砦「俺たちのチアゴ・シウバ」も無力化しちゃいます。
 ・「ファンペルシ&ロッベン」対「俺たちのチアゴ・シウバ」という、なんともお気の毒な「2対1」の状況を作られては、さすがの「俺たち~」もロッベンをファウルでストップせざるを得ない状況に。
 ・止む無く「俺たち」は、エリア外で鷲ずかみしてロッベンを止めるも、これがPK判定となって万事休す。

以上です。ちなみに、このPK判定。審判の判定に異議を唱える人もいるかもしれませんが、これもし主審が日本人かホイだったら「俺たち」は退場させられてもおかしくないようなプレイだったともいえるわけで。そこはあまり追及しないほうがよろしいかと思ってます。たぶん、さすがのセルジオ越後だって、そこには触れないはずですから。

■失点の原因は、アルゼンチン代表の守備と比較するとわかりやすい

 というわけで、結論からすると、この開始早々にブラジル自慢の「夢のパリサジェルマンCBコンビ」が、ロッベンとファンペルシの2人に翻弄されてしまったところが「諸悪の根源」だったと指摘しても過言ではないと思っております。

 要は、アルゼンチン代表は「ロッベンとファンペルシ」を止めたけど、ブラジル代表は止められなかったのは、なぜかということです。

 というわけで、ここで本日のスペシャルゲスト。ロッベンを執拗なまでにストーキングして止めた男、アルゼンチン代表のマスチェラーノ選手に登場していただきたいと思います。パチパチパチ。って、来るわけないでしょ。と、虚しく1人突っ込みいれてみたり。

 言いたいことはブラジル代表にも、マスチェラーノみたな中盤のファイターがほしかったということ。もちろん、アルゼンチンがロッベンを止めれたのはマスチェラーノだけのお手柄ではないんだけど、中盤の選手にそういう「ロッベン退治」的なお仕事を割り振ったのは、アルゼンチン代表の鬼軍曹のグッドジョブだったと思うんですよ。

 ネイマールがいなくて「チェルシーの草食系2列目」で戦うなら、アルゼンチンのように守備重視で戦うのが現実的だと思うわけで、守備戦術的に「ボランチ+CB3人」対「ファンペルシとロッベン」という形で対応すべきだったんじゃないのかなと言いたいわけです。まぁ、失点シーンだけ、たまたまそうなってしまったのかもしれないけど、その「たまたま」が致命的となるのがサッカーというスポーツなんですよね。

■ルイスの攻撃の組み立て参加は悪か

 ちなみに失点後、ブラジル代表はダビド・ルイスを基点とした縦ポン仕様になるんですが、個人的にはその形自体
はありだと思って見ていました。もちろん問題はあったと思いますよ。たとえば「ルイスのパスが精度を欠いたこと」や「受け手側がサイドを使って前で基点を作れるような動きができなかったこと」とか。

 そのあたりの「プレイの質」は気になりましたが、ルイスが攻撃に加わること自体はノープロブレム。問題はないと思うんですよ。もちろん、ルイスの上がったスペースのカバーとかどうするという問題はありますが、クライフのトータルフット的な思想があるなしに関わらず、現在サッカーはゴールキーパーやセンターバックを攻撃の組立で使用できるチームは優秀であると思うんです。ドイツ代表のGKノイヤーのリベロとか、その象徴。

 ところがなんと、この日のフジテレビの解説は「ルイスのアホが攻撃に加わり、ボランチが仕事してないのはブラジル
らしくない。ルイスは守備に専念すべき。そういえば、こいつ、クラブチームはどこのボンクラチームだったっけ?」的な発言に終始。まぁ、別にそういう思想だって間違いはないのかもしれませんが、聞く人によっては放送事故的な指摘を繰り返していたといっても過言ではないと思うわけです。

■ルイスは良さは?

 そもそもルイスの良さは「攻撃力があること」と「フリーキッカーとして優れていること」と「髪型が特徴的であること」の3点なわけで、そのあたりを考慮した解説をしてほしかったと思いますね。もちろん、「攻撃に加わるのはいいけど、パスがダメなときの中田英寿みたいだな。はははは。おい、お前もそう思うだろ(笑)」的な毒のある発言をしたところで、それも放送事故になるんですけどね。

 あと細かいところでは、実況の「ろっぺん」発音も気になりました。うるさい人だと「林家ぺーこの”ぺ”じゃななくて、ベッキーの”べ”な」とつっこみが入っていたと思うのですが、みなさんはどう思われましたか?

■まとめ的な

 というわけで、まとめます。
 ・「マスチェラーノ」みたいな「ロッベン殺し」を中盤に入れて、アルゼンチンみたいにゼロゼロエンパテ狙いでよかったんじゃないのかという結果論
 ・オスカルをメッシ―みたいにワントップとかにして「ブラジルらしくない」相手の良さを消す戦いにすべきだったという「偽りのモウリーニョ信者論」←NEW

 オスカルワントップの話なんてしてなかったじゃんとのご指摘、ありがたく頂戴します。文字数の関係で省略させていただきましたが、これは一部報道にある「ブラジルの偉い人がモウリーニョをブラジル代表の監督に」というニュースを受けてのものです。

 モウリーニョを本当に招聘したいなら、それなりの痛みを伴うことを忘れてはならないという警告みたなものでしょうか。


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Posted on 2014/07/13 Sun. 14:19 [edit]

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ブラジルW杯「アルゼンチン代表対オランダ代表」感想文 ハートブレイク・リッジ 

実は今大会のアルゼンチン代表を見るのは、この試合が初めてだったんですが。
なんというか、軍隊的というかロボット的というか。ある意味、官僚主義のドイツ代表よりもストイック過ぎるチームだなぁというのが第一印象。メッシ以外、みんな名前でなくて番号で呼ばれている感じですよね。朝礼とかも番号で呼ばれて「3番、声が小さい。バシッ。わかったか。このブタ野郎」「イエス、サー」みたいな、刑務所ライクな合宿生活を送っているというイメージがビシバシと伝わってきました。

あの白髪の監督も悪代官じゃなくて、鬼軍曹みたいじゃないですか。自分では手は出さないけど、コーチとかにビシバシやらせているなぁ、これは。あのマンチェスターシティでは人間味溢れるプレイを見せてくれていたサバレタ選手とか、まるでロボトミー手術を受けた囚人みたいな動き見せていたしなぁ。南無阿弥陀仏。

よく考えてみると、1990年大会あたりのアルゼンチン代表も似たようなものだったかもしれません。マラドーナとカニーヒア選手以外はロボットでしたよね。

そう考えると、シメオネ選手ってのは貫禄があったし、任侠的だったし、ベッカムの天敵であったわけで、ほんと記憶に残る偉大な選手だったと思いますよ。あとソリンね。あの夢遊病者のようなイカしたプレイは、このチームじゃ絶対に許してもらいえないですよね。すぐさま独房行きで、頭も丸坊主にされます。もちろん、そんな暴力脱獄的なアルゼンチン代表は、けっして嫌いではないですよ。

まぁ見る人によってはチェルシーだって似たようなものなんでしょうし。でーもー、チェルシーさんって、実は違うんですよ。みんな情熱的なんです。テヘ。



オランダ代表ですが、中盤にもう1人ほしかったですよね。ケディラかクロースかシュバインシュタイガーみたいな選手が。デロッシやペロッタでもよかった。となるとトッティもほしいよな。あら、それってゼロトップ?


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Posted on 2014/07/11 Fri. 08:18 [edit]

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ブラジルW杯「ブラジル代表対ドイツ代表」感想文  後半頭にそれをするなら 

まず、ドイツ代表は間違いなく素晴らしいチームです。これは4年前の南アフリカ大会での印象と同様です。
4年前の戦いを知っている人なら、素人であっても今のチームとグラウディオラとかバイエルンとかまったく関係ないと言い切れるはずです。そこは、ぶれはないですよね。ただ、4年前のチームはそれでも優勝できなかったわけで、「弱点」はちゃんとあると思うし、無敵というわけではないと思ってます。この前の試合だって苦戦したわけですしね。

で、そのドイツ代表の弱点をブラジル代表が突けなかったのは、単に選手がいなかっただけだとは思えないんですわ。

もちろん、ネイマール、チアゴ・シウバが不在だったことがブラジル代表を狂わせたのは、紛れもない事実でしょう。
この大敗の原因は基本、そこにあったと言ってもいいのではないか。
ただし、正確に言うと敗因は単に「ネイマールとチアゴ・シウバの不在だけ」にあったとは思ってません。
問題は、その2人がいないのに「あたかも2人がいるように錯覚して戦ってしまった」こと。

つまりはフェリポンの采配ミス。これが、かなり大きかったと思ってます。

まず、その1。
チアゴ・シウバがいないなら、フォアリベロを置いたり3バックにするなどして、守備の人数を多くする布陣にすべきだったのではないかということ。その理由はチアゴ・シウバの個の守備力は人を代えただけでは補えないし、そもそもドイツの流動的な攻撃を防ぐ、守備戦術的な策もアイデアも持ち合わせてないなら人数かけて守るのが得策かなと。

個の力がない。組織もない。なら、せめて人手を増やせば「穴が開く」可能性は少なくなるし、ドイツちゃんが大好きなスペースを消すことだって、できちゃうかもしれないから。

その2。ネイマールの代わりに、ベルナウジとかいう若造をなんで起用したのか意味がわからないし、うちのラミレスやウィリアン、スパーズのパウリ―ニョというプレミア貴族たちをベンチで眠らせていたことが罰当たりであったのではないかということ。 彼ら3人を中盤で起用して「ドイツの中盤を自由にさせない」サッカーに徹するのもありだったのではないかという提案です。なぜならネイマールというエースがいないわけだし、そもそも論としてドイツ代表と比べて中盤の戦いで分が悪いと思うから、そこをケアすべきという戦術。まぁ、うちのオスカルだってモウリーニョが設計する守備戦術なら卒なくこなせるんだけど、フェリポンにその設計図を書く能力がないなら、ともかく「運動量」があって、個の守備能力が高い選手に守備を丸投げするという発想。その采配の方が、まだドイツを封じ込める可能性があったと思うんです。もちろん、すべて丸投げは冗談ですよ。

というわけで、少なくとも、この2つを修正したスタメン布陣=ドイツの中盤封じを行っていれば、もう少しは勝負になったと思うのですが、いかがでしょう。というか、どうしてフェリポンはドイツにリスペクトしなかったのだろうか?

まぁ、もちろんリスペクトし過ぎで、もっと守備一辺倒になっていた可能性もゼロではないですが、ちょっとドイツ代表を舐めていたところがあったのではないか。

仮に2つの修正なしに「自分たちのサッカー」で戦ったとして、2失点したところで、メンバー交代なり、戦術交代なり、
何かしら手つのならまだしも、前半で5失点とか、もうおしまいですよね。

ちなみに後半頭から先ほど触れたラミレスとパウリ―ニョを投入しているわけだけど超遅い対応だし、それができるなら
最初からでしょと突っ込みをいれたくなるわけです。


ブラジルの美学とか黄金の4人伝説とか追っていて、「ごめんブラジルなんで、ドイツごときにアンチフット的な
対応することは許せれないんですわ」とうなら、仕方がないと思うんだけど、これまでのチリ戦やコロンビア戦見る限り
でもそんな美学なんて持ち合わせてなくて「勝てば官軍」なスタイルだったわけで。なんで、この天王山のドイツ戦でその
「勝てば官軍」策で戦わなかったのか不思議でなりません。まぁ攻撃的に戦うことがドイツを封じ込む最善策だと錯覚してしまったということなのかもしれないけど、その考えは甘かったのかなと。


もちろんノイヤーのリベログランデ的なキーパーは素晴らしいし、そこにやられたというのも間違いではないと思いますが、それよりもドイツの中盤封じだよな。まぁ2失点目のマイコンのクソみたいなポジショニング見る限り、もっと気の利いた
フォアリベロを使うべきだったと個人的には思ったんだけどね。

あとフォアリベロとアンカーは違うとか通ぶって主張しているそこの人。そこで力説するほど違いはないから。

フェリポンはチェルシー時代に監督失格の烙印を押してはいたんですが、誇り高きブラジル代表レベルの監督なら能力を
発揮できるのかなと思っていたんですが…。それに何度も言うけどチリ戦やコロンビア戦は悪くはなかったと思うんですよ。


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Posted on 2014/07/10 Thu. 02:52 [edit]

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ブラジルW杯「オランダ代表対コスタリカ代表」感想文 ファン・ペルシをなぜ下げない 

恥ずかしながら半分ぐらい居眠りしながら見ていたんですが、ぶっちゃけオランダ代表が単に悪かっただけにも見えました。

個人的にはファン・ペルシがお荷物だっただけにしか見えず、特に後半の終盤から延長戦に入ってからのパフォーマンスのひどさにはテレビで見てて非常にイライラしましたね。コスタリカの守備が良かったというのもわかるんですが、それを差し引いてもファン・ペルシが何もしていなかった感のほうが強い。

他に代える選手がいなかったので仕方がないのかもしれないですが、まだカイトをFWで起用した方が可能性があったんじゃないかと思えてなりません。ファンペルシさまには、ぜひ、その悪しきパフォーマンスを来季のマンチェスター・ユナイテッドでも引き続き継続していただき、ファンハールの足を引っ張ってほしいところです。


ファンハールと言えば、PK戦前のGK交代は驚きでしたね。クルルはニューカッスルでのパフォーマンスは知っていたのですが、オランダ代表だったとはまったく知らず、しかもPKに強いということも初耳でした。まぁPKに強いというか、単にファーストキーパーがPKが下手だから、それよりはいいかもくらいの采配なんでしょうが、なんとなく「PK専用キーパー起用」みたいな扱いになっているのは違うような。クルルはPK以外も上手いですし、トータルでもいいゴールキーパーですよ。

コスタリカ代表では元フラムのブライアン・ルイスに注目していたのですが、戦術的な問題もあってか、残念ながら得点に絡むプレイはできませんでした。逆に言うと、彼がロッベンとかメッシとかハメス・ロドリゲスみたいな決定力を持ち合わせていれば、コスタリカ代表もまたワンランク上のサッカーを披露できたのかもしれないなぁ、なんて思ったり。


ちなみに関係ないですが、チェザーレさんという方が「チェルシーにはろくな選手がいないな。このクソクラブめ」みたいなことをつぶやかれたそうで。まったくその通りだと思います。このワールドカップで目立った選手といえば、ずばりリバプールのあのお方だったと思うので、そこは反省。なぜうちのトーレスは噛みつかなかったのかについては、いろいろ分析したほうがいいのでしょうか?



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Posted on 2014/07/06 Sun. 15:09 [edit]

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ブラジルW杯「ブラジル代表対コロンビア代表」感想文 肉弾戦と普通のサッカー 

いやー、高いレベルでの肉弾戦ってのもいいですよね。ブラジル代表の体を張った守備は見事でした。

まぁブラジル代表といっても、普段はヨーロッパでプレイしている選手がほとんどなわけです。チェルシー所属のオスカル、ラミレス、ダビド・ルイス(元所属ね)に、フェルナンジーニョはマンシティ所属で、パウリ―ニョはスパーズ所属とプレミアリーグ所属の選手がそれなりにいるわけで、厳しい削り合い合戦だって十分に対応できるんですよね。

コロンビアは、最初の失点がともかく痛かった。まぁ、負けるときは、そんなものなんでしょうが、あの失点ですべてが
後手に回った感じでしょうか。ブラジル代表との経験値の差が出たというか、名前負けしてしまった感じだったのは残念でした。もちろん、よく戦ったとは思うけど。


ちなみに、以下の文章からこの試合を分析すると、どうでしょう。

 プランA=ザッケローニが提唱したハイテンポなパスサッカー
 プランB=押し込まれた時のカウンターサッカー
 プランC=守備固めの選手交代を伴う逃げ切り策

 これらを器用にこなせるのも日本人の良さなのだから、ここまでをパッケージにして「自分たちのサッカー」にしてしまえばいい。現代サッカーにおいてプランAのゴリ押しのみで勝ち抜けるのはバルセロナとスペイン代表くらいで、その彼らですら5年で研究され王座から陥落している。次の4年間はこれまで世界相手に通用したことを見つめ直し、「自分たちのサッカー」の枠を広げるべき時だ。そうすれば自然と日本オリジナルのスタイル、“プランA”も輝くようになるはずだ。

(文/『footballista』編集部 浅野賀一)
引用元

まぁ、わかりやすくるために「プランA」「プランB」「プランC」とかネーミングつけたんでしょうが、それって要は「普通にサッカーすること」と同じことではないのですかね? もちろん「プランB」のみしか持ち合わせてない国やクラブもあるのかもしれませんが、ほとんどの国が状況や相手に合わせて最適のプランを普通に使い分ける「ふつうのサッカー」を実践していると思うのです。もちろんやろうと思っても「できないこと」もあるんでしょうが、普通に「勝つため」のサッカーをするならば、自ずと上記のような戦い方を使い分けることになると思うんです。パワープレイだってその一環でしょう。

そもそも「プランAのゴリ押しのみで勝ち抜けるのはバルセロナとスペイン代表」と書かれているので、それ以外は「普通のサッカー」ってことだと思うんですがねぇ。

プランを3つ用意して云々とか書かれると「特別な感じ」がしてしまうのが残念というか、なんというか。

要は、プランとか訳わからないこと書かないで、普通に勝つためのサッカーをすべきだけで、いいと思うんだけどね。

というわけで、そういう意味では、この試合、両チームとも勝つための戦いをしていたのは間違いないかなということで。


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Posted on 2014/07/05 Sat. 16:53 [edit]

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「未来世紀ブラジル」対「ブラジルW杯日本サッカー代表」 

Wikiによると、テリー・ギリアムの名画「未来世紀ブラジル」は、「ぶざまなほど統制された人間社会の狂気と、手段を選ばずにそこから逃げだしたいという欲求」がテーマと書かれている。

では、我々のサッカー日本代表の「ブラジル大会」での出来事はそれと比べてどうなんだろう?

一見、唐突な質問のように思えるかもしれないですが「ぶざまなほど統制された人間社会の狂気」というテーマで考えてみると、どうでしょう。そう、ここでいう人間社会とは当然、日本サッカー協会だったり、技術委員会だったり、ザッケローニ監督の「自分たちのサッカー」論だったりするわけですが、個人的には最近「自分たちのサッカー論」なるものが、「ぶざまなほど統制された論」に思えてきたということが言いたいわけです。

まぁ、世界各国どこの国の協会やフロントだって同じようなものかもしれないですが、その国のサッカーが「こうあるべきだ」
と限定するのは、おかしいと思うんですよね。

スペインは国を挙げて「バルセロナ化」しようとしているのでしょうか?

イングランドは国を挙げて「反モウリーニョ化」しようとしているのでしょうか? 

ブラジルやオランダは頑なに様式美を守ろうとしているのでしょうか?


誰だったか、ギリシャの汚いアンチサッカーは、この世から無くなればいいと言っていましたが、たぶん彼の理想は世界
十億総バルセロナ化なんでしょう。英語、ラテン語、日本語すべて禁止して、カタルーニャ語を話すべきみたいな。

フットボールチャネルの人が、数年前のCL決勝「チェルシー対バイエルン」を愚の骨頂だと嘆いてました。たぶん、彼の理想も世界十億総バルセロナ化なんでしょう。英語、ラテン語、日本語すべて禁止して、カタルーニャ語を話すべきみたいな。

まぁ個人でそう思う分にはいいと思うんですよ。好き嫌いの話なら。ただ、それを国を代表する組織がぐるになって行って
いるとしたら、ちょっとヤバいと思いませんか? ころころ方針が変わるよりマシだという意見もあるんでしょう。

サッカー協会が進む道は完全なる正義なんで、別に狭くてもいいという意見ありがとうございます。

協会の意見なんて、話半分でいいじゃん。無視したり正反対のサッカーしたっていいんじゃんという、ロック的な意見もごもっともです。ありがとうございます。

ただ、それを承知であえて言うと、この「ブラジル」での日本サッカーは「未来世紀ブラジル」並に狂気だったと思っているんです。

「未来世紀ブラジル」ではテロリスト「タトル」を機械がタイプミスして「バトル」と書いてしまい、その無実の「バトル」さんを無理やり連行していくわけだけど、果たしてブラジルでの日本サッカーも戦術を”タイプミス”していなかったと、言い切れるのだろうか?

というか、そもそも、日本サッカー協会がスタイルまで統制するなんて、ぶざますぎませんか。
ぶざま、不様、ブザマ。

もっとサッカー人口の裾野が広がるような方針を立てるべきだと思うんだけどね。あまり縛らないで、大きくゆったりと。

ところが、この「自分たち云々」というスローガンは、どうも「限定的」過ぎる気がしてならん。

もちろん、一億総中流化社会は大好きだけど。大好きだけどさ。そんなのは幻想であり、金持ちは金持ちらしく、貧乏人は
貧乏人として生きていかないといけないことは、みんな知っているんだよね。それなのに、金持ち目線で「俺たち金持ちが住みやすいように、お前ら貧乏人が我慢しろ」なんて、酷いわ。お前ら貧乏人は税金収めてないから、文句言うなよ。この素人が。サッカー日本代表に選ばれるような偉いお方たちをくさすなんてもってのほかだ。この非国民め。

お前の名前は?

え? 聞えないな。バトルだって?  ひっとらえろ、この貧乏人を!

何だって、サム・アラダイス氏だってサッカー人だ? はいはい、わかりましたよ。

ロビー・サベージ氏は神だって? うーん重症だな。病院行きますか?

スアレスは吸血鬼? ばかやろう、当たり前だ。

いいか、よく聞け

オデム・ウインギーはな、オデムウィンギーだ。



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Posted on 2014/07/04 Fri. 02:50 [edit]

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セスクとコスタについて 

セスクにディエゴ・コスタとスペインからの補強が続きますが、まぁ悪くはないですよね。

モウリーニョはポルトでデコ、インテルではスナイデルを使っていたわけですし、けしてテクニシャン系プレイヤーが嫌いというわけではない。だから当然セスクもうまく起用すると思うんだけど、問題は攻守のバランスをどう取るかだ。

ランパードの代わりにボランチ的にセスクを起用するとなると、いささかチームの守備力が低下するようにも思える。
ボランチにはやはりケディラとか取って、ラミレスやマティッチ、ミケルを使う方がいいのではないか。

となるとセスクの出番は2列目となるわけだが、そのポジションにはすでにアザール、オスカル、ウィリアン、シュールレが存在する。そこにセスクを交えた5人でローテーションするのが美しいんでしょうが、昨年、モウリーニョはそれがうまくできず、マタを干して移籍させてしまった。

今回もそうなったらお笑いなんで、ここはぜひベニテスばりのローテーションをみせてほしい。

ワールドカップでいまいちだったディエゴ・コスタだが、「ターゲットマン専用」として使えば、まったく問題ないだろう。デンババよりは機能すると思うし、歳よりやイケメンよりポストプレイで役立つのは間違いないはずだ。

とりあえず、そんな感じ。


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Posted on 2014/07/02 Wed. 02:59 [edit]

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2014-07