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チェルシー×横浜ゴム 

ついに決まったようですね。


横浜ゴムの南雲忠信会長兼最高経営責任者(CEO)はクラブ公式サイトで「われわれにとって史上最大のスポンサー契約。世界中の人々に名前を知ってもらいたい」と述べた。同社は世界屈指の強豪を通じて認知度を上げ、欧州などをターゲットにグローバル展開を拡大させる狙いだ。チェルシーは現在、韓国のサムスン電子の名前を胸につけている。
引用元

キーワードは「グローバル展開」ということなんでしょうが、はたしてゴムというか「タイヤ」のブランドにチェルシーという冠がどれくらい役に立つのでしょうか。個人的にはよくわからないんですが、まぁ、日本人としてはうれしい限りですね。

もちろんスタジアム周辺や、ウェブサイトやソーシャルメディアといったデジタル媒体も同様。
選手や監督にもプロモーションに協力してもらい、横浜ゴム株式会社の世界進出を手助けしていくつもりだ。
引用元

プロモーションに協力ということはCMなどにチェルシーの選手が出るということですかね。選手のネーミングを用いたタイヤとか出たらおもしろんだけどな。「モウリーニョ・モデル」とか「アザール・タイヤ」とか(なんじゃそりゃ?) なんにせよ、個人的には「金は出すけど口は出さない」というスポンサーが一番大歓迎だと思っていて、これまでもサムスン電子もあまり露骨に「スポンサー様」であることをアピールしなかったことが好感を持ててはいたのですが、横浜ゴム様にも、そのあたりの良識あるご支援をお願いしたいところです。つまり毎年、オフシーズンに日本に呼ぶとかしないで、これまで同様アメリカでやらせてあげてください。今回の契約もチェルシー的には「対アメリカ対策」も兼ねているようですし、間違っても「日本⇒アメリカ横断オフシーズンツアー」なんてやらせないように。

 にしてもなぁ。ついこの前まで「J外資解禁。Jリーグにチェルシーみたいなクラブが登場?」的な意見が多かったわけですが、まさか逆に、日本の企業がこんな大金でJリーグ以外のクラブとスポンサー契約するとは、なんとも皮肉だなぁとでもいいますか。まぁ、今回の横浜ゴムの狙いと、J外資監禁は、関係ないんですけどね。


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Posted on 2015/02/28 Sat. 02:35 [edit]

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ジーコとトルシエ。またはアリーゴサッキ信者は、なぜトルシエに好意的か 

 確かに、日本代表でのジーコは監督の手法としては素人的だったんでしょう。特に守備戦術に関してはね。ただ、我々が基準として考えている戦術が、はたして本当に「基準」であるのかという点については、私は明確にそうであると答えることができないでいる。

 すなわち、テレ・サンターナのサッカーよりも、アリーゴサッキのサッカーのほうが正しいとする基準値は、本当に正しいのかという問いに対する答えだ。

 確かに時代によって戦術は変化し進化してきたわけだし、アリーゴサッキの戦術は、今や世界のサッカー界における大宝律令なのかもしれないんだけど、そこにはある種の欧州至上主義という差別的な価値観が加わっている可能性はあるわけで。「欧州」対「南米」というサッカー勢力図が存在すると考えるなら、そこには必ずしもアリーゴサッキという元靴屋のサッカー理論を拒否する勢力があったっておかしくないわけだ。

 ジーコがその反アリゴサッキだとは言わない。だが、ジーコが師と仰いでいたのは間違いなくテレ・サンターナのほうであり、だからこジーコ日本代表の初期には「黄金の中盤」という、ちょっぴりいかれたキャッチコピーが蔓延したわけであり、それに対して「アリーゴサッキに対して冒涜だ」としかりつけたところで何の意味も持たないと言えると思うのだ。

 もちろん、すべては結果である。ジーコ日本代表のW杯での成績は褒められたものではないし、テレ・サンターナの戦術を日本代表に押し付けたこと自体が罪であったという考えも間違いではないんだろう。ただし、ジーコは「反トルシエ」的な主張から、日本代表監督の座を射止めたわけであり、そこには「アリーゴサッキ信者であることの誓い」など全く存在してなかったし、むしろサッキのスタイルとは敵対関係であったということは認識しておくべきことなのではないか。

 それよりも気になるのは、昨今の「アリーゴサッキ信者」たちが日本サッカーにサッキイズムが足りないと嘆くわりには、その間違ったサッキサッカー論を日本で展開した主犯的存在であるトルシエに対して盲目的に好意的であるということである。確かにトルシエの戦術はプレッシングがベースとなっていたが、ゾーンに対する考え方や、ゾーンを壊されたあとの守り方(特に最終ラインの裏のスペースに対する考え方)は、彼独自の破綻した論理があり、それは、アリーゴサッキの考えをある意味歪曲して解釈していたと思われる節があるのは明白。アリーゴサッキ信者にとって、そのトルシエの独自性は誤差の範囲なのかもしれないが、普通に考えれば、その誤差こそが彼らがいうところの「日本サッカーにサッキイズムが足りないと嘆く」部分であり、個人的には、それこそが大きな矛盾であると思えるのだ。

 つうわけで、まとめると、これまでのサッカー日本代表の歴史はそんなアリーゴサッキの外側を取り巻く、いわばガラパゴス的な独自の進化と後退を繰り返してきたわけです。オシムとかザックとかもその延長線と考えられるし、もちろんFIFAがビジネスの場としてアジアマーケットを狙ってくれた恩恵もあり、爆発的なサッカーの進化を実現できたわけですが、一方で、それに対して「そんな異国のサッカー理論をベースにしているから、サッカー大国になれないんだよ」的な小保方さんもおもわず笑ってしまうような理論があるみたいで。まぁ、そういう戦争を知らない世代が台頭してきたのも、ある意味、急速に進化したことに対する弊害なのかなと。

日本のサッカー報道で盛んに使われる「世界」、それをW杯優勝経験国に限り、彼らの例に学ぶとすれば、最も重視すべきは、(もちろん一部には例外もあるとはいえ)ほぼ総じて彼らの国々が「自国民監督」で独自の歴史を重ねてきたという事実である。もちろん、勝ったり負けたりを繰り返しながら。
引用元

というかアクセス稼ぎをするには、もってこいのタイトル&内容なんでしょうが、ぶっちゃけなんともレベルの低い内容なんだよね。別に日本人を監督に押すのはいいんだけど、その理由があまりに稚拙というか考えてないというか。普通に考えれば「W杯優勝経験国」と「その他の国」を、同じ土俵で比較するのは無理があるし、オフト以前の日本代表の暗黒時代を少しでも知っていれば、”「自国民監督」で独自の歴史万歳”という理論に無理があることに気が付くと思うのだが…。


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Posted on 2015/02/26 Thu. 02:50 [edit]

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バーンリーを否定することは、チェルシーを否定することでもある 

 バーンリーやバーンズ選手のことを必要以上に非難しているチェルシーファンがいるようですが、みっともないから、もうつべこべ言うのはやめましょう。

 バーンズ選手のタックルは確かに危険だったと思うけど、私にはそれは別に悪意があったようには見えなかったし、プレミアリーグではよくあることではないですか。

 ぶっちゃけ明日は我が身じゃないけど、チェルシーの選手が同様のプレイして加害者になる可能性だってあるわけで、あたかも「バーンリーだけが悪者」「チェルシーは被害者」という反原発運動みたいな思想ではしゃがれると、同じチェルシーファンとして迷惑なんです。ある意味、やっていることは「チェルシーファン以外はあっちいけ」とはしゃいでいた、パリでの人種差別者の行為とあまり変わりないと思いますよ。

 もちろん危険なプレイに対して「No」と言うのは間違ってないんだけど、極論で言えば、そもそもサッカーというのはフィジカルコンタクトを伴う危険なスポーツであり、危険なプレイをすべて排除することは難しいと思うんですよ。

 サッカーはサロンフットボールじゃないし、そこがおもしろいところでもあるわけです。

 クライフやバルセロナの思想に従ってサッカーをフットサル化するという方法もあるんだろうけど、チェルシーが実践してきたフットボールはそれとは逆の「ザ・フットボール」なわけで。どちらかというと今回のバーンリーのスタイルに近いのがチェルシーのサッカーなんだよね。

 つまり、バーンリーを否定することはチェルシーを否定することでもあると言いたいわけです。


 ちなみに、その昔、チェルシーに陀魅暗ダフという選手がいたんだけど、ある雪の日のFA杯ニューカッスル戦でスランディングされて大けがしたことがあったの覚えてますか。そのスランディングした主は、アラン・シアラー。確かに当時はむかついたよ。怒ったよ。でも、私はそのシアラーのプレイと比較すれば、今回のバーンズのプレイはそれほど憤慨して
ない。もちろん、マティッチが大怪我させられていたら、心境は違っていたかもしれないけど。

関連して、こちらの文章について。

この時(1997年秋)には気づいていたと思います。サッカーファンが日本代表を応援する掲示板があって、それを読んだ時に、情報の流れが決定的に変わったと思いましたね。そこをのぞくと、現地にいる商社マンが対戦相手の練習を見にいって、さらっと重要な情報を書いている。僕はびっくりしたんです。新聞に載っていない情報が掲示板には書いてある、と。サッカーが好きな人が発信した内容がプロを上回っていたんですね。でも、これは「その時」の話です。

 その限界も分かったのが今ですよね。当時はスポーツ紙の記者もその頃は野球を担当していた人がサッカーにいきなり変わったりする時代だった。サッカー経験者のサポーターが解説する方が、野球をメインに取材してきた記者が知ったように語ることより、その時では上だったんですよ。でも、その水準はすぐに一般化しました。

 今はサッカーをやってきたサッカー記者がいて、取材して記事を書いています。専門性の高い記事も増えました。ここに上下はありません。サポーターと記者がお互いの領域を認め合うことが必要になりますよね。素人の領域、プロの領域、どちらも必要です。どちらが上かとか、「俺の方がすごい」になっていてはダメだと思うのです。
引用元

糸井重里さんの、この毎日新聞のインタビューは共感するところが多いのですが、特に上で引用したサッカーに関わるところはおもしろい。このブログを書いている私なんかは、ずばり「素人の領域」の端くれだと思うのですが、Twitterで発言している人も同様に「俺の方がすごい」になっていてはダメだということを改めて自覚したいですよね。


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Posted on 2015/02/24 Tue. 00:51 [edit]

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プレミアリーグ「チェルシー対バーンリー」感想文 いい加減、判定批判はやめとけ 

チェルシー公式HPに以下のような記事がUPされていたけど、まじで恥ずかしいので即刻この記事は削除すべきだね。

バーンレイ戦は1-1に終わったが、ジョゼ・モウリーニョはこの結果について、主審の判定がチェルシーに不利に働いたと述べている。
その詳細はこちら

30分
バーンズ(上写真)のファウルによりイヴァノヴィッチが倒れるも、ファウルの判定は無し

33分
イヴァノヴィッチのシュートがナイトリーの腕に当たるもPKの判定は無し

43分
ディエゴ・コスタがエリア内でシャッケルに倒されるもPKの判定は無し

69分
バーンズが危険なタックルをマティッチに仕掛けるも、判定はマティッチへの一発レッド
引用元

モウリーニョがあえて「まわりくどい表現」をしているのに、そのまわりくどさを取り除いて伝えるというのは、モウリーニョの意図を理解していないということなんでしょうが、公式HP自らそれをやる愚行はアホのひとこと。もう一度言うが、即刻、この記事は削除すべきだ。

 そもそも論として、今回のモウリーニョのいつもながらの相手をディスる敗戦の弁も、今回に関しては特に残念であるとしか言いようがない。

 相手チームのラフプレイ的な行為や審判のジャッジも確かに問題なのかもしれないが、そんなのはプレミアリーグでは日常茶飯事なわけで、ある意味、それは想定の範囲内なこと。この試合でスカパー解説の方がクアドラードが反則されたプレイを評して「プレミアリーグへようこそ」と発言していたが、要はそういうことなのだ。

 なのでこの試合でそれよりも問題なのは、マティッチが報復行為で退場となったことであり、その後の戦い方をミスしてドローに持ち込まれたことである。つまり非難すべきは、あくまで「試合に負けたチーム自身」であり、相手や審判にそれをなすりつけるのはちょっと違うのかなというのが、個人的な見解だ。

 マティッチの気持ちもわかるが、反則プレイに対して暴力で訴えるのはサッカー選手としてはやっていけないことである。少なくも手や足は出してはいけないし、それをもって退場させられて、チームが勝ち点を落とすなんて愚の骨頂である。猛省していただきたい。

 ちなみに、ちょい前にチェルシー公式サイトにおいて、コスタが以下のようなコメントを載せていたのを覚えてますか。

またジエゴ・コスタは、彼やチームメートが何百万という子供たちに模範を示すことが重要だと説いている。

「僕たちは毎日の仕事の中で、世界中の子供たちのお手本となる可能性があることを認識している」
「日頃からそういったことを意識するのは大事だと思う。僕たちは生まれながらにして、あらゆる物事を理解しているわけではないんだ。子供たちは僕たちを尊敬し、僕らから学ぼうとする。だから(規範を示すのは)とても重要なんだよ」
引用元

ここでコスタが言っていることはもっともだと思うが、3試合出場停止となったコスタ自身のプレイや、今回のマティッチのプレイは、はたしてお手本となりえるのだろうか。併せて、モウリーニョの敗戦の弁や、チェルシー公式ホームページの内容も同様。これらは、コスタが言うところの「世界中の子供たちのお手本」となりえるのかと聞かれると、微妙であると言わざるを得ない。

 まぁ個人的には、別に無理して子供の手本になる必要はないと思っているけど、そうするなら選手や監督やクラブが
そうであることを自覚して行動してほしい気はします。


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Posted on 2015/02/22 Sun. 18:00 [edit]

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サッカー日本代表監督論 協会批判注意報VSデイブスペクター押し 

 まず、ラウドルップが来てくれるのなら、それは大変ありがたいことであり、それに対して上から目線で「いらね」なんていうのはちょっと違う気はするんですけどね。たとえ、ラウドルップが監督になって「ジーコ日本代表の再現」となったところで、さすがにW杯出場を逃すほど弱くなる可能性は低いわけですし、私はラウドルップがもし引き受けてくれるのなら、それでいいと思っています。

 もちろん、ほかに良い監督は沢山いると思うし、個人的にオシム系がいいとは思うんだけど、正解は1つでないと思っているので、ラウドルップも全然ありだとは思いますね。

■協会批判すればいいってもんじゃない!

なにしろ、原稿を書けば、必然的に協会批判とならざるをえないので、いろいろ気を使うので、かなり疲れるのである。
引用元

 すばらしく、わかりやすい意見であり、これを素直に筆にしたためた後藤氏に拍手。正論ですよね。確かに、下手に協会批判して、仕事がなくなるのはアホですよね。それはある意味、プロではない。日本でサッカーを仕事にするなら、大切なのはサッカーの仕事ができてお金が手に入って、きちんとご飯を食べれることであり、協会の良し悪しを指摘することではないのは自明だ。もちろん、そればかりじゃ「提灯ライター」となってしまう恐れもあるので、本当は適度に批判を入れつつ、基本は応援するスタンスというのがお利口なやり方であると思うのだが、そういう高等技術に共感する読者や世論もほとんどなさそうなので、「NO、協会批判」で通すというのは手堅いお仕事の仕方であるのかなと。

 昔からそういう評論家の方の生き方って素敵だなと思ってきたのですが、ぜひ、これからプロのサッカーライターを目指すという方は参考にしてもらいたいアティテュードです。

で、それに比べて、以下で紹介するチンケな協会批判はクソみたいだなと。

■本命はデイブスペクター?

いずれの項目も、受け取り方によったらクリアしているようには思えるのですが、普通に考えたら、まったくクリアしていません。まず、3つ目の“日本をリスペクトし、日本の特性を生かす”は、日本に理解のある監督という意味のはず。それを考えると、マッツァーリが1年だけインテルで長友を指導していますが、他の監督は日本には縁もゆかりもなく、理解しているとは到底思えません。もちろん4つ目の、“アジアの難しさを理解”というのも、無理ですね。ずっとヨーロッパに拠点を置いている監督たちですから、アジアのことなんて何も知りませんよ。正直、こんなにも雑に後任探しするとは思いませんでした。ファンからは『何もできないなら、早く引退してくれ!』『今の協会はウソしか言わないから、何も信じられない』などと、いまだに任命責任を全うしてほしいとの声が聞こえています」(スポーツライター)
引用元

ツッコみどころ満載なコメントなんで、みなさん、一読して(笑)だとは思うのですが、一応、くぎを挿しておこう。まず「日本をリスペクトし、日本の特性を生かす」とはあくまでサッカーのスタイルなわけで、「日本人を指導したことある」とかどうでもいい。というか、国語力ゼロ? それとも、なんですか「子供の頃に日本に1年住んでいた」とか「遠い親戚に日本人がいる」とかいう経歴が必要とでもいうのかい? そんなの関係ないだろ。あほらしい。次、「ヨーロッパに拠点を置いている監督たちですから、アジアのことなんて何も知りません」とか、これまたアホなコメントだな。別にそれでいいだろう。「アジアを分析して戦う」ということが大事であって、アジアに住んでいることがマストではないなんてのは、小学生でも理解できることだよね。


大切なのはサッカーの名将であることであり、アジアに住んでいて日本に詳しいデイブスペクター的な監督ではない。

もちろん、「サッカーの名将でもあり、デイブスペクターでもある」という人物がいるのなら、それはそれでOKだけど。



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Posted on 2015/02/20 Fri. 03:11 [edit]

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欧州CL「パリ対チェルシー」ファーストレグ感想文 サッキとクアドラード 

 セスクをボランチでなく2列目で起用した理由は、ズバリ、守備を考えての戦術だったんでしょう。
 ホーム&アウェイの2試合で勝敗が決まる欧州CLでは、「アウェイでは守備的に、ホームでは攻撃的に」というのが、ひとつの基本的なスタイルなわけでして、モウリーニョ監督もその考え方に従ったという感じなのかなと。

 つぅわけでパリ戦ですが、チェルシーがここで「アンチフットボールへの回帰」の姿勢を見せたのは、非常に興味深かったですね。もちろん、「モウリーニョならそうするな」という予感はあったのですが、昨年までいたダビド・ルイスという守備的ボランチの要人を相手チームに売っちゃったわけでして。その代わりをどうするのか、または、「もしかしてアンチフットボールと決別しちゃうのかしら」というところは、この試合の大きな見どころのひとつでした。
 
 まぁ、モウリーニョはモウリーニョであったということで、この大一番で「アンチ思考」の戦術を採用したのは「やはり」といいますか。個人的には率直に「よかったアンチで」と安堵しました。勝ちにこだわらないとモウリーニョじゃないし、チェルシーでもない。「セクシーフットボール」もいいけど、時と場合で、「アンチ」と「セクシー」を華麗に使い分けるというのが、今季のチェルシーなわけですよ。

 誤算は、パリが前半あまり攻撃的に仕掛けてこなかったというところか。まぁ、彼らも成金チームなんで、スタイルよりも勝ちにこだわるというのが許されるチームであるということなんでしょう。というか、そんな政治的な話でなく、単にけが人の影響でそうなっただけかもしれないですけどね。とりあえずは成金のせいにしておこう。

 さてチェルシー目線で試合を振り返ると、ポイントは大きく以下の3つ。
・最終ラインが単純に高さで負けていたのはヤバい。セカンドレグは安泰でないかも 
・アンチだと、「戦術アザール」以外に攻め手がない。コスタのおじさんはシュートはうまいけど、個でなんちかしちゃうスーパースターでは ないんだからな。
・クアドラードは相変わらず「守備要員」と化していて、もしかして、それが本当の姿? カウンター狙いはわかるけど、全然脅威になってないのは 使う前からわかると思うんだけど…。

 失点シーン。カバーニにやられたのは仕方がないとしても、あまりに無抵抗だったのは気になる。ケイヒルさんは無抵抗主義者? ガンジーさん的な選手だったんでしょうか? 同じやられるにしても、もう少しシュートを打ちにくくするような守備対応見せるとか、「人につけ」よと思ったのは私だけ?  
 なんつぅか、「ダメなときのグレンジョンソンの守備」のような、頭が悪いプレイを見せられたようで。ちょっと不安になりましたね。テリーもズラタンに手を焼いていたし、セカンドレグを無失点で切り抜ける確率は5%以下と考えるのが妥当かなと。


 攻撃では、わかっていたけどコスタはあまり前線で基点になることはないことを再認識。彼よりもアザールのがボールを持てるし、そこに2列目の他の選手やコスタやアスクリピエタが絡んだ攻撃ができないと、「セスク2列目布陣」は厳しいように感じました。ウィリアンも何回か基点にはなっていた印象はありますが、基本は「アザールにおんぶにだっこ」だ。アザールは昨年と違って「チェルシーと契約したし、パリへ移籍するかもという邪念がなかった」のは大きな収穫で、メンタル的にも冴えていたように見えました。守備をしないのは、別に「反逆者」ではなくって、モウリーニョも了解済みだと思うんで、そこは他の選手が「働きアリ」的にがんばらないといけないよね。

 セカンドレグは、たぶん「セスクボランチ&オスカル2列目」というセクシー系布陣で戦うと思うのですが、そこまでリスクを冒した布陣となると、コスタは化ける可能性は高いわけで。パリ的には逆「セスクがボランチなら、そこからカウンター仕掛けちゃおう」という魂胆でくると思うので、そこは勝負のポイントになるのかな。打ち合いとなればチェルシー、守備合戦となればパリに分があるのかな。

 クアドラードだけど、本来は攻撃力を買われて起用されていると思うんですよ。カウンターの起点になってほしいみたいな。ところが、本人は守備のことばかり気になっちゃっているみたいで、とにかくポジションが低すぎて、攻撃に加われないのはいかがなものか。もちろんチェルシーのサイドは守備のタスクはありますよ。相手のサイドバックをケアするのも仕事ですが、そればっかり気になって、「相手のサイドバックのマーク」しかしないというのは全然、仕事してないということだと思うんですよ。守備から入るのは良いとは思うけど、それにばかり囚われているのは、かなり勘違いしている気がする。

 もちろん、そんな彼を使う方が悪いんだけどね。

 差別主義者のサッキさま。こんなゾーンプレス守備の精神を宿したクアドラードちゃんを、どう評価しますか? イタリア人以外には興味ありませんか。それは失礼しました。


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Posted on 2015/02/19 Thu. 02:32 [edit]

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欧州CL「チェルシー対PSG」プレビュー 

 スポーツはメンタルに左右される要素が大きい。当然サッカーも同様だ。

 平常心でプレイできる場合もあれば、消極的になってしまう場合もあるし、逆に自身が過信となってしまう場合もある。
点差や時間、相手の状況や味方の状況、審判、ピッチの状況、スタジアムの状況など、メンタルに影響を与える要素を探せばいくらでも見つかる。もちろん、人によってその影響度は違うし、どんなときでも全く動じない人だっているんだろう。

 個のメンタルの差はもちろん、それと合わせてサッカーはチームスポーツであり、「チームとしてのメンタル」が重要であり、試合の行方を大きく左右すると思っている。

 試合に勝つためには、個のメンタルはもちろん、そんな「チームとしてのメンタル」を強化する必要があり、それこそが監督の手腕によるものであると思うのだ。


 モウリーニョ監督は大試合においては(普通の試合も?)相手チームのサッカーを丸裸に分析して、徹底的にその対策を練ることがあるという。それは、たぶん、チームのメンタル強化の一環なんだろう。

 グラウディオラ監督が、試合前に選手にある映像を見せて、それによって選手を鼓舞したという話を聞いたことがある。それも、たぶんチームのメンタル強化の一環なのだろう。

 ドメネクの占い? それは関係ないいあるよ? もしかしたら、同様かも知れないけどさ。
 
 というわけで、パリサンジェルマンとの大一番。正直、チーム力の差はほとんどないと考えている。致命的なミスをすれば負けるんだろうし、ミスがなくても相手に120%の力を出されたら、普通に勝てないと思っている。相手を60%の力に抑えて、自分たちは70%力を出せるようなプレイする。そうやって、これまでの対戦では接戦をものにしてきた。たぶん、これまでの敗戦をパリサンジェルマンから分析すれば、「自分たちの本当の力が出せれば勝てたのに」という感じだったのだろう。

 ただし、今季が同じようになるとは限らない。正直、今期のチェルシーの攻撃的な戦い方から考えると、そんな「これまでのパリサンジェルマンの立場」に陥る可能性は十分にあり得ると思っているのだ。もちろん、そこは百戦錬磨のモウリーニョのことだから、何かしらの策はあるんだろう。けど、これまでのようにアウェイで惨敗、ホームで大勝というギャンブルな戦いは避けたいところだ。

 欧州CLの決勝トーアメントに置いては、もちろんアウェイゴールは重要であるが、必ずしもマストな要素ではない。

 そうだ、大切なのは「自分たちのチームのメンタル」を解放して、相手チームのメンタルを封じ込めることなのだ。

 もちろん、それはチームのメンタルでなくてもかまわない。個のメンタルでもいいのだ。

ズラタン。カバーニ。ラベッシ。あとだれだっけ? 誰でもいいから、覚えていやがれ!

 たぶん、それこそがサッカーだ。


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Posted on 2015/02/17 Tue. 02:09 [edit]

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「モウリーニョの流儀」(by片野道郎)を再読し、改めてモウリーニョのサッカーを考慮 

インテル時代のモウリーニョ監督のことがテーマとなっている、片野道郎氏の「モウリーニョの流儀」を再読。
そこに書かれている、今のチェルシーでも当てはまるようなポイントを以下にまとめてみる。


欧州CLはディティールで決まるコンペティション

・モウリーニョのサッカー理論は「ディティールのレベル」と「原則のレベル」という2つのレベルから成り立つ。
・「原則のレベル」はシステムやプレイの優先順位など戦術的な原則を与えることで、組織し、制御し、予見することができる必然性のレベル。
・「ディティールのレベル」は偶然、圧倒的な個人能力など、予見すること制御することが不可能な偶然性のレベル。


私の仕事はシステムでなく「プレーの原則」をチームに徹底すること

・重要なのはどんなサッカーがしたいか。
・インテル時代のプレ―の原則は、「DFラインを高く保つ」「ボールを失った直後にプレス」「両サイドバックと第3の基準点となるプレイヤーを使ってのビルドアップ」「アタッカーには最大限の自由」
・ひとつの基本システムを持ちながら、状況に応じて変えることができる多機能なチーム
・ウイングがもたらすプレ―の横幅は、モウリーニョのサッカーの基礎?

トレーニングメソッドの革新

・ボールを使った練習⇒重要なのは個人のフィジカルやパフォーマンスでなく、チームとしてのパフォーマンス

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Posted on 2015/02/14 Sat. 22:38 [edit]

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プレミア「チェルシー対エバートン」感想文 ハイあんどロー 

あまり戦術に詳しいわけではないんですが、テレビで見ているだけても、なんとなくわかるみたいな話。

一応、守備戦術について、確認とでもいいますか…。プレミアリーグのクラブをはじめとする、現代のプロサッカーチームは「ハイプレス」と「ロープレス」的な守備を使い分けている。言い方はいろいろあるんだろうが、要はボールを奪われたらすぐに守備に入るという攻守の切り替えの早さと、自陣ゴール前では2ラインでスペースを消して守ろうぜという状況に応じた守備をするということだ。ざっくり言えば、敵陣ではラインコントロールよりも攻守の切り替えを重視したハイプレス、自陣までボールを運ばれたらラインを意識したいわゆるセットしたゾーン守備に切り替えるという戦術です。

 このエバートン戦見ていてもお分かりの通り、レミーやアザール、ウィリアンが相手の最終ラインのボール回しに執拗にチェイスを掛けて守る時間帯もあれば、エバートンにカウンターされかけテリーほか最終ラインが「うかつに飛び込まず」中盤が守備に戻るのを待ちながら、ライン形成をし保ちつつずるずると後退して守る時間帯もあったわけですね。状況によって守備を使い分けていると思うんですが、それをもって「プレミアのチームはゾーンディフェンスができてない」とおっしゃるのは、個人的にはどうなのかなって思うけどね。

 ちなみに、ここで、その昔、吾輩が「最終ラインは低くても、高い位置からのプレス」という考え方について揶揄したことを謝りたいと思います。最終ラインがあまりに低いのは論外としても、ボールの位置や相手の状況ではそういう守備も当然ありなわけですよね。ごめんなさいね。

 結局のところ、チームによって「ハイプレス」と「ロープレス」への切り替えのきまりは違うのかもしれないけど、要はボールの位置や点差や相手の状況、味方の状況などによってプレイの仕方を変えるというが現代のサッカーであり、そのさまざまな状況判断を「チームとして共有」できているチームが優秀であるということ。そんでもって、そういう共有を練習で培うことができる監督はすばらしいと思うし、それこそが監督としての腕の見せ所であるよねと言いたいわけです。まぁコーチでもいいんですけど。

 というわけで、最後にエバートンとの試合についてだけど、皆さんが感じられたのと同様「チェフがルカクのシュートを防いだプレイ」がカギでした。あのシーン、センタリングに対してボールに近い位置にいるニアサイドの選手がクリアすべきだったと思うのですが、最終ラインとGKの間のスペースをうまく使われてしまったのはまずかった。ふつうなら失点してますよ。でも、そんな絶体絶命のピンチをGKの個人技で防げちゃうというのも、金満クラブならでは醍醐味なわけです。あのプレイだけでも高額なサラリーを払う意味がある。

 その後、ウィリアンが決勝ゴールを決めるわけですが、改めて「シュートは枠に打ってなんぼだよね」と痛感。枠に打てば、何かが起こる可能性はあるし、逆に枠に飛ばないシュートは何も生み出さない。もちろん、宇宙開発であれシュートでプレイを終えるというのはリズム的には大切ではあるんだけどね。

 最後にまとめ。ここ数試合の戦いぶりは、いわゆる「退屈なチェルシー」に先祖返りしてしまっている感じだけど、そういう試合であっても勝ち点3をゲットできるというのはタイトル取るために大切なわけです。そういった意味でも、この試合はかなり意味のある勝利であったのではないでしょうか?



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Posted on 2015/02/13 Fri. 02:34 [edit]

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サッカー日本代表に、本物のゾーンディフェンスとやらは本当に必要?  

ゾーンディフェンスは確かに重要だと思うけど、別にマンマークでも試合に勝てればいいわけです。

つまり目的はあくまで試合に勝つことであり、守備戦術はあくまでその手段であるということ。ゾーンプレスをうまく操れる人がいても試合に勝てなきゃ意味ないし、逆にゾーンプレスを知らなくても試合に勝てればいいのである。もちろん、ゾーンプレスという戦術は試合に勝つための戦術であり、手段と目的が不一致ではないと思うのだけど、議論の展開の仕方によっては「ゾーンプレスの完成=最強のチーム」みたいなキモイ答えを導き出しかねないように思えたので、そこはあえて釘を刺しておきます。

つぅわけで、オシム時代の守備に関する文献を漁ろうとしたら、自分の過去ブログを拾わざるをえないという残念な展開に。スポナビさん、過去インタビューはどこかにデータストックしているのでしょうか? 無いのなら本当に残念。

――前半は4バック、後半は3バックになっていたが、守備の練習だったのか? それとも勝つためだったのか?
 予定を立てていても、相手があることだ。向こうは後半の頭から2トップで来た。それに対応したものだ。その点について、細かくは選手たちとこれから話したい。私の印象では、選手がよく考えた結果、そうしたのだと思う。つまり2トップに対して、最後列で1人余らせる守備を選択した。そういう選手の意思は尊重すべきではないか。ただしその際、中盤で選手が1人減るわけだ。その減った分、選手が余計に走るなり、工夫したりすべきなのだが、それができていなかった。遠藤が守備的な位置まで引かないといけない。もちろん悪くないプレーだった。しかし、阿部のポジションで遠藤がしっかりした守備ができるとは私は思わなかった。阿部や啓太(鈴木)が、遠藤のような攻撃能力を備えて、守備をできればよかった。あるいは、阿部や啓太といった守備のできる選手が、遠藤のような攻撃力があればよい。しかし天は二物を与えずというか、特に日本では、まだ選手の役割分担がはっきりしている。モダンなサッカーに追いつくには、攻撃も守備もできる選手を
増やしていかないといけない。
引用元

このインタビューを読むと、一見、オシムは守備戦術を選手に丸投げしているようにも読める。たぶん、今巷で騒いでいるゾーンディフェンス論者のみなさんも、きっと同様の意見なんでしょう。私もゾーン信者ではあるので同様に思うところももちろんある。だけど、冒頭で述べたように一番大切なのは試合に勝つことであることもわかっているわけで、その視点から考えると、別に1人余らせる守備で全然いいわけだ。

 って、1人余ったって、ゾーンディフェンスのこともあるわけだし、フラットな最終ラインだけがゾーン守備ではないよね。
 つまり、要は別にゾーンディフェンスをやるから偉いわけでも何でもないと言いたいわけです。ここでオシム氏は「そういう選手の意思は尊重すべきではないか」と言っていますが、もちろんそう言えるのは、オシム氏はもっと大きなくくりとなる「考えて走るという戦術」を選手に与えているからなんでしょう。「考えて走る」が一番大切であって、守備戦術はその次に来るものであるということ。もちろん、監督によっては「ゾーン守備」が1番という方もいるんでしょうが、その考え方が必ずしも一番であるとはいえないよねという話になるわけです。

 もちろん今のサッカーでオールマンマークなんて採用する監督はないと思いますが、逆に言えば「ゾーンディフェンス」なんて巷で話題の本物と偽物を踏まえてほとんどのチームが採用しているわけで。正直、そのゾーンディフェンスの「本物」か「偽物」かでそれほど差が開くとは思えない。もちろんあまりに偽物のゾーンだと、まるっきり機能しないんだろうけど、日本のJリーグのゾーンはだめだとか日本代表はなんちゃってゾーンディフェンスだとか言って自虐して、あたかも「本物のゾーンディフェンスを修得できれば強くなる」的な発想は危険極まりないでしょう。もちろん、本物の習得はいいことだと思いますが、じゃぁそれと引き換えに「個」はいらないのかといえばそんなことはないわけです。

「そんなことは当たり前だ。本物のゾーンを修得したうえでの個の解放だ」という論者の方も多いのでしょうけど、もしそうなら結局は「個と組織」のバランスと「攻撃と守備」のバランスをどうするかがかなり重要になると思うわけです。「ぺケルマンはなぜソリンをサイドバックで起用したのか」を考えてみれば、そこにはピーターグリーナウェイの「英国式庭園殺人事件」で描かれたシンメトリーな図形こそ最高だという「形至上主義」とはまったく別の思想があることに気がつくわけですよ。


「1対1」じゃ勝てないから「数的有利」という理論は、あくまで弱者の理論であり、理想は「数的有利→1対1」への進化であることも忘れてはいけません。

 
 ほら、先の引用でオシム氏は「中盤で選手が1人減るわけだ。その減った分、選手が余計に走るなり、工夫したりすべき」とおっしゃっていますが、「理想は1人少なくても守れること」であるわけであり、それを可能にするのが、いわゆる「本物のゾーンディフェンス」の可能性だってあるわけです。でもオシムはそれをしなかった。なぜでしょう。

 先日のチェルシー対アストンビラ戦。イバノビッチはシンクレアとの1対1を3度阻止してピンチを救いました。もちろん、チェルシーなゾーンを採用してますが、それが偽物か本物かは別として、イバノビッチの個の守備力は非常に大切な要因であるわけです。

 スパーズのハリーケーンが「デルピエロゾーン」からのブラインドシュートを得意としているのが素晴らしいわけですが、それを防ぐのは果たしてゾーンディフェンスなのか個の守備力なのか? 両方? まぁそうかもしれないよね。


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Posted on 2015/02/10 Tue. 02:35 [edit]

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プレミアリーグ「アストン・ビラ対チェルシー」感想文 悪いなりにも勝ち点3 

「彼は今日の我々が必要としていたものをもたらしてくれた。我々は自分たちが試合を支配して相手が守備的になるとわかっていた。我々は相手のセンターバックの中央にターゲットマンが必要だった。そのことで他の選手に自由を与えることができた。彼は我々のためにそれをやったんだ」
引用元


 あまりターゲットマンとして機能していたとは思えなかったですが、その存在に価値があったということなんですかね。試合勘の問題もあるのかもしれまませんが、この試合のドログバはミスも多く連携もイマイチのように感じました。シュート打った記憶もないし、正直、出来は悪かったですよ。どちらかというと前線の蓋となっていた。うーん、ちゃんと主力組と練習しているんですかね。レミーのそれほど機能してないですが、ドログバと比べると数倍マシという感じですかね。

 セスクの不在も、相変わらず影響は大きい。彼がいないとペナルティエリア周辺での崩しのバラエティが少ないんですよね。イバノビッチのスーパーゴールで勝てたからいいものの、攻撃面では不安を残す内容でした。

 クアドラードは守備のこと気にしすぎている感じでしたが、意外と真面目な性格なのかもしれません。と考えると、不安なのはクアレスマの時みたいに、守備のことを変に気にしすぎて攻撃がさっぱりとなってしまう状態となることでして。もちろん、両方できるに越したことはないんですが、彼の持ち味はあくまで攻撃力なわけで、そこはやっぱプライオリティ的に一番にしてプレイしてほしい気もします。もちろん、ケースバイケースではありますが。

 あとウィリアンは相変わらず、シュートが枠に飛ばないというのはなんとか改善してほしい。先制ゴールに絡んだアザールへのパスは見事でしたし、守備もいいのですから、あとはシュートの精度だけが問題。「だけ」とするのは言い過ぎかもしれませんが、ともかく枠に飛ばそうよ。

 と悪い面を中心に挙げてみましたが、悪いになりにも、鬼門のビラパークで勝てたことは評価。この調子で勝ち点を落とさずにいけば、タイトルも夢だはない。


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Posted on 2015/02/09 Mon. 00:19 [edit]

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アギーレ解任の本当の理由は? あと後任人事はオシム的な人を 

アギーレ氏は年末に「日本代表の活動には全く影響がない」としていたが、大仁会長は「(告発が受理されたことで)起訴され、裁判が始まる可能性がある。その影響がワールドカップのアジア予選に出ないよう、リスクを排除する必要があると考えた」と説明。今後の捜査が日本代表の活動に影響する可能性は完全に排除できるものではないだけに、アギーレ氏も理解を示したという。
引用元

別に裁判とかで数試合監督が不在であっても、それほど影響があるとは思えないですけどね。ワールドカップアジア予選レベルなら、まったく問題ないでしょう。確か、つい最近も表彰式に出るとかでアギーレが不在していたことがあったと思うし、基本、それと同じくらいのリスクだと思うんです。なので、解任の理由は別にあるのでは? 要はイメージの問題であったり、アジアカップでイマイチだったということが、今回のクビの背景にはあると思うなぁ。ぶっちゃけこれがもしオシムだったら、絶対に何が何でもクビ切らないと思うし。「裁判でも何でも何試合か不在でもいいから、監督でいてください。お願いします」 「土下座します」って。要は、そういうこと。もちろん、表向きの理由として「裁判の影響」とするのはいいと思うんだけど、本当の理由は違うのかなって。

■クビで賛成ではありますが

 まぁ、個人的にはクビで賛成ですけどね。オシムほど絶対的に必要という存在ではないと思うし、アジアカップでの記者会見での対応とか見る限り「アギーレの擁護するの超めんどくせー」って日本サッカー協会が感じているのはヒシヒシ伝わってきましたし、そのあたりを踏まえてサポートできないなら、クビでOKかなって。

 4-3-3も、別にそんな魅力的ではないし、日本代表に合っているのか疑問ですからね。「もうちょっと様子を見たい」という声もあるんだろうけど、期待するほど化けないと思いますよ。それに、そもそも論として「なんでアギーレを監督にしたのか」というのも、よくわからないわけですしね。うん、そこが一番の問題だ。で、クビにするならこのタイミングが最適というのはわかるし、ここで改めて「ブラジルW杯の反省を踏まえて、監督を選ぶ」という方向性でいいのではないですかね。もちろん、本来「途中でクビにする」というのは、あまり日本の社会には馴染みがないと思うし、あくまで今回のような「特別な理由」があってこそなんですが、やっぱブラジルW杯の結果に関係ない人事というのは、ちょっと納得できないところもあったと思うんですよ。

■後任人事
 つぅわけで、後任についてですが、日本サッカー協会は「テクニカルなんちゃら」とかいう分析というか日本サッカーの未来像みたなものがあるみたいですし、それをベースに選べがいいんじゃないでしょうか。まぁ原博美の趣味の続きでもいいですが、今回は趣味よりも総意のほうがいいきもするけどな。まぁ、誰にせよそれなりの理由があるのなら、OK。

 ただし、それじゃつまらないので、ここでは個人的な意見を。個人的には「W杯経験のある監督」から何人かリストアップして、その中から「オシムの考えて走るサッカー」に近い思想の持主を探して選ぶというのがいいと思ってます。その理由は以下の通り。

■オシムの考えて走るサッカーへ回帰

 私も「ゾーンプレス」信者ではあるんで、そちらに振るのもいいのですが、これまでの日本代表の歴史を振り返ると、やっぱ「オシムの考えて走るサッカー」が日本には一番ぴったんこだと思うんです。要は「運動量をベースとしたサッカー」だと思うんですが、それにプラスして日本国民特有の「村社会」や「試合終了後にサポーターがゴミを自主的に掃除しちゃう」という道徳観をミックスしたサッカーと考えると、オシムの思想が一番合っていると思うんです。欧州の個人主義はやっぱ合わないと思うんですよ。中田英寿らが台頭した時には「目指せ欧州。それが日本のニュータイプが目指す道だ」という感じだったと思うんですが、それって所詮「髪の毛を金髪にしたりモヒカンにしたりして自己主張して、欧州のクラブへ旅しよう」という思想止まりだったわけで。もう、その段階は卒業しちゃった気がするんですね。トルシエ元監督が「代表での宿題を、日々クラブでの練習で消化せよ」と代表優位論を唱えていたわけですが、今、再びそれを日本代表でやるのはおかしいと思うんですよ。思想は大事ですよ、ディティールよりもね。

 まぁ日本ではまだ「代表一番、クラブ2番」なのかもしれないけど、個人的にはもう「普段クラブでやっていることを代表に消化せよ」と主従が逆になっていると思っています。なので、日本代表の監督に求められるのも「欧州の伝道師」ではなく「日本代表の力を発揮させることができる指導者」であるのかなと。つまりはオシムスタイル。まぁ運動量という面では、アーセナルのベンゲルのスタイルにも近いのかもしれないけど、要はそういう戦術がいいのかなみたいなことです。アギーレもそれに近かったのかもしれないけど、なんか「伝道師」っぽい雰囲気もあり、そこが×でした。

■欧州クラブの一流どころよりも、W杯経験者を

 あと、「W杯経験のある監督」というのは、要は欧州クラブでバリバリにやっている監督は、基本「極東への島流し」は嫌うと思うので、クラブよりも代表で監督している人に絞ったほうが確率は高いのではということ。あと、当然、日本代表が目指しているのは「W杯での結果」なわけで、そこで結果出している監督を得ぶ方が理に適ってますよねという話です。

 ベンゲルが名古屋辞めた理由、知っているでしょ? 日本にいると欧州で監督できなくなると思ったから云々。まぁ、ごもっともです。

 ぶっちゃけ、日本人でもいいですけどね。原博美の院政による監督探しを辞めるのなら、あまりツテはなさそうですし、この際、元Jリーグの監督もありだと思いますよ。個人的にはジーコのリベンジもありだと思ってますが、それだけは阻止したい人々は沢山いますよね。


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Posted on 2015/02/05 Thu. 03:02 [edit]

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プレミアリーグ「チェルシー対マンチェスター・シティ」感想文 サイドの攻防で勝てないと… 

セスクとディエゴ・コスタを欠いていたとはいえ、内容的にはイマイチでしたかね。特に後半はポゼッションもできず、有効なカウンターも仕掛けられずと防戦一方という内容。シティの守備の良さもあったんでしょうが、攻撃面では前線で基点が作れず、攻め手がほとんどなかったのはホームでの試合と考えると厳しいものでした。そう考えるとドローという結果は悪くないのかもしれないですが、もう少しサイドから崩す形を見たかったですね。

 例えばマンチェスター・シティは、右サイドをウイングのヘススナバスとサイドバックのサーニャらの2人と合わせて、FWというかトップ下のシルバとアグエロらがうまく絡んで数的有利を作って崩していたわけで。そういうサイドに人数を掛けて崩す戦術は、チェルシーも見習いたいところかなと試合を見ていて感じました。まぁ、モウリーニョ的には後半途中あたりからドローでOKという感じで、ある意味プラン通りに勝ち点1をゲットという感じなんでしょうけど、「アザールを封じられたら打つ手なし」という昨年までチェルシーの弱点を再現させられたような内容であったのは今後のことを考えると不安ですね。そのほか、気が付いたところをいくつか。

・失点には直接つながらなかったけど、イバノビッチとテリーが不用意なミスからピンチを招いていたのは今後の課題として反省してほしい。ポゼッションスタイルとなると、どうしても「最終ラインからの無茶なパス回し」が命取りとなるケースが出てくると思うので、そのあたりの状況判断とプレイの正確性は重要ですよね。

・センターバックに抜擢されたズマは、なかなかよくやっていた。特に1対1での対応とゴール前の高さ対策はバッチリであったと思うので、今後も期待したいです。縦パスに対するボールホルダーへのプレッシャーのスピードが増せば、レギュラーとして定着できる可能性は高い気はします。

・ラミレスはディマッティオが監督していたころの数年前のチェルシーでは戦術の格となる重要な選手でしたが、現状のモウリーニョのチームだと正直微妙な位置付なんですよね。いわゆる「4-3-3」の中盤インサイドハーフ的なポジションで生きる選手であって、今のモウリーニョ・チェルシーの「4-2-3-1」ダブルボランチだとあまり良さが出ないのかもしれません。オシム戦術ばりの「追い越しプレイ」が得意だと思うんですが、どうも今のチェルシーだとそういう「他の選手に使ってもらうプレイ」がなかなかできないんですよね。

・先ほど「サイドで数的有利な状況を作る攻撃ができてなかった」と書きましたが、いい時のチェルシーは左サイドのアザールを基点にして、そこにオスカル、セスク、コスタ、アスクリピエタら複数の選手がうまく絡んで崩す形ができていたわけです。で、その関連性を紐解くと、今のチェルシーの中盤は「インサイドハーフの追い越しラミレス」よりも「他の選手を走らせるゲームメイクなセスク」のほうがハマるわけで、残念ながらラミレスの居場所はなくなってしまったのかなと。少なくとも数年前と比べると、その重要度は間違いなく下がっておりますね。

・で、その数的有利という戦術から考えますと、いわゆる「サイドからドリブル突破」オンリーというプレイは、あまり重宝されないわけでして。ドリブルオンリーだけでなくパス回しという選択肢もあるプレイをできないと、なかなか長い時間起用するのは厳しいと思うわけですよ。クアドラードにそういうセンスがあるのなら、まったく問題はないんですが、もし「ドリブルオンリーのバカ一代」な選手であったら、後半75分過ぎくらいからの起用が多くなるのかなと。まぁドリブルオンリーでも50%くらいの確率で成功してくれるのなら、全然いいのですがね。

・マンチェスター・シティについてですが、個人的にはクリシーとサーニャという元アーセナルなサイドバックの選手たちのプレイが素晴らしかったように見えました。クリシーはインターセプトやプレスなど守備面での貢献が素晴らしく、サーニャとヘススナバスとうまく絡んで「チェルシーの左」で主導権を握っていたのはさすがでした。

・「チェルシーの左」は本来なら、アザールが基点となってチェルシーの攻撃の発信源となるべきところなんですが、そこをうまくシティに封じ込められてしまったのは苦戦の要因ですね。サーニャのみならずヘススナバスも相手陣内では果敢に高い位置からプレスをかけて、チェルシーの最終ラインでのボール回しを苦しめていたのはさすがだと感じました。

・チェルシーもアザールの代わりに逆サイドの「右」からウィリアンとイバノビッチが上手く仕掛けて、それが先制ゴールにもつながるわけですが、セスクがいないと、イマイチ細かいパスワークからの崩しができない感じとなってしまったのは、改めて今のチェルシーの問題点を浮き彫りにしてくれた気もします。

・「マティッチも重要だけど、セスクもな」というわけで、気が付けばボランチの2人の代用がいないチームとなっているわけで。彼らがいない場合は、ミケルやラミレスが生きる戦術にシフトできる「戦術の幅」があまり期待できないということは、もうそろそろ確定事項として認識したほうがいいのかもしれません。

・ただし、この試合でケーヒルをアンカーで起用するという「守備的システム」が試せたことは意外と重要であり、昨年のダビドルイスの代わりととしてケーヒルを起用するというスタイルは「チャンピオンズリーグのアウェイ戦」などで見ることができるのかもしれませんね。

・シティに戻ると、ヤヤ・トゥレの不在はやっぱ大きく、彼がいるのといないのとでは「全く別チーム」といって過言でないと言えるんでしょう。特に攻撃時の決定力に関しては、ヤヤ・トゥレのミドルと後方からの攻撃参加は相手チームにとってはかなり脅威なわけで。彼がいたら、この試合のチェルシーもやばかった気はしてます。

・というわけで、チェルシーはセスク、シティはヤヤ・トゥレ不在と両チームとも中盤のキーマンを欠いた中での試合だったわけで、ドローという結果は妥当だったと言えるんでしょうが、それでも、チェルシーはホームの試合だったんですし、もっとポゼッションして試合を支配しないといかんでしょ?


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Posted on 2015/02/01 Sun. 22:25 [edit]

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2015-02