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ハリル監督初陣「サッカー日本代表対チュニジア代表」感想文 クリッシーハインドはレゲエ音痴 

■カズダンスとロックンロール

 ばりばりのエイトビートを刻む某ロックバンドのボーカルが、レゲエを歌うとまったくリズムが取れてないという現象を目の当たりにしたことがある。ひとことで言えば「リズム感の違い」ということなんだろうが、果たしてそのような「違い」は何から生まれてくるのか。黒人と白人というような人種の違いから? それとも、生まれながらに聴いていた音楽つまりは環境の違いから?

 サッカーのゴールパフォーマンスを見ても、黒人と白人ではリズムが違うように感じられる。

 たとえば、ルーニーはランからスライディングというパターンが多いが、ラミレスは腰を使った特殊なリズムの踊りを披露するというのがわかりやすい例か。 もちろん、これは単にパーソナリティの違いからくるものなのかもしれないが、先の「リズム感」の影響もあると思うのだ。

 サッカーとリズムの関係については、まだ小保方さんも実験されてないので何ら確かなデータはない。だが、個人的にはまったく無関係には思えないし、そこに重要な要素が潜んでいる気がするのだ。

 つまり一見、南米も欧州もそれほど違いなくなったかのように思えるサッカースタイルについて、そこにリズムという観点を加えると明確な違いが出てくるという理論だ。南米と欧州というよりも、白人黒人の違いというほうが正しいか。

 白人のサッカーはエイトビート、黒人のサッカーはダンスミュージックとかサンバみたいな。

 で、日本というか黄色人はどっち? 沖縄ミュージックですか? 太鼓の達人ですか?

 ハリル監督はかなりロック色が強いと思うのだが、そこで誰かがカズダンス(死語)を踊ったらどうなるのか? 

■サイドバックとリベロの関係

 伝統的なブラジルサッカーといえば、やはりサイドバックの攻撃力が特色と言えるのだろう。極端に言えば守備力よりも攻撃力が重視されているという感じだ。でさ、みんなの嫌いな旧ジーコ日本代表を振り返ると、その伝統芸はしっかりと植え付けられていたと思うんですよ。三都主のコンバートはその象徴でもありますが、逆サイドの加地さんの攻撃力だって、なかなか強烈なものはあった。大きな違いは単なるセンタリングマシンではなく中に切れ込んでシュートも打つという自由が与えられていたこと。もちろん、守備のタスクも課されていたと思うが、攻撃の切り札としても期待されていたのは間違いわけである。これは、究めてブラジル的であり、サッキイズムやカテナチオを重視する白人文化のサッカーでは、それほど求められてない要素なのではないか。

■文化の融合

「車がこないのに赤信号を渡らないのがジャポネーゼだ」とトルシエが気が付いたのはどのタイミングだったのか忘れたが、やがてハリル監督もそれに気が付くんだろう。そこからが本当のハリル日本代表のスタートであると思っているのだが、そこでの解決策として本来なら「黒い文化の注入」というクラブチーム的な対策に期待したいところなんだけど…。まぁ、やらないんでしょう。となると、そのタイミングでいかに「黒人文化の薫陶」を受けた海外組の選手たちが謀反を起こせるのかがポイントになる気がするが、そもそも論として「カズダンスってダサいよね。でラモスって誰?」という空気となっちゃっているところが危険であるという考えている人は、はたしてどれくらいいるのか?

 そうだ、大切なのは「ゾーンディフェンスの薫陶」なんかじゃない、それよりも大切なのは「カズダンスへの憧れ」と、
「ロベルトカルロスとゼ・ロベルトの関係に土下座できるか」ということなのだ。

 もちろんハリル監督が素晴らしい監督ですし、彼に従って戦えば間違いないと思う。W杯の結果もこれまでより、よくなる可能性も高いんでしょう。でも、代表チームというか「日本」が目指すべきは、それよりもブラジル的な何かであって、それは今のベルギー代表に近いものであるとハリル氏の初陣を見て感じ次第です。もちろん、それって要は代表監督だけの問題ではなく、もっと大きいな世界の話ということなんだけどね。

 まぁハリル氏がもしもオシム氏みたいに「個の解放」運動に転向すれば、今度は話が逆転することになるのかもしれないんだけどね。

 もちろん、大事なのはあくまで結果であり、それならハリルで大丈夫というのが、正しい答えなんだろうけど。


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Posted on 2015/03/28 Sat. 02:51 [edit]

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ハリル日本代表を取り巻く、サッキイズムへの違和感と危機感 

■俺らのサッカー

ビデオは昨年のW杯ブラジル大会や、1月のアジア杯などの失点シーンを編集して集めたものだった。映像を止めながら問題を指摘する。プレスが甘い。選手同士の距離が正しく保てていない。まるで理路整然とプレゼンする敏腕ビジネスマンのようだった。
引用元

まずこれですが、そもそも論として選手の選択にも問題がある可能性もあるわけでして。もちろん、戦術としてプレスができてないという見方が正しいのだろうけど、ブラジルW杯に関しては「サッキの戦術よりも自分たちのスタイル優先」という原則論を紐解いていかないと、誤った解答を導き出す可能性だってあると思っています。たとえば、チェルシーの試合見て、アザールの守備のまずさだけを取り上げて貶すことも可能なんだけど、じゃアザールがすべて悪いのか? そして彼を起用して守備免除したモウリーニョが愚かなのか? と聞かれれれば、必ずしも「イエスサー」とは答えられないみたいな思考回路もあるのかなと。

■日本人はゾーンを知らないし、組織的でもない論

主なテーマは2つ。守備時の選手同士の距離感と、相手選手に対する寄せの鋭さだ。距離感に対してはDFライン4人に対してロープを用いて体に染み込ませた。 練習前には「ピッチの外ではファミリーだが、ピッチの中では鬼になる」と宣言。1メートル単位のポジショニングまで指定し、編み目の細かい守備網を目指す。相手に対する寄せの部分では「とにかくダッシュで寄せろ!」と鋭いプレスを要求。守備時の肘の使い方も求めるなど、要求は細部にわたる。MF長谷部は「非常に厳しく、要求は高い」と、新監督が初めて行った戦術練習を振り返った。
引用元

Twitterで「日本人はゾーンを知らない」とか「日本サッカーは組織的じゃなかった」的な極論が登場し出した原因はこのあたりの練習報道に起因しているんだろうけど、別にそこまで悲観する必要はないよね。まず最初に何度も言うけど、別にゾーンプレスが絶対正義ではないですから。それができなくってもOKです。大事なのは試合に勝つことであり、ソーンなんちゃらはあくまでその手段であることを忘れてはならない。よくいるんですよね「試合に負けたけど、ゾーンディフェンスは素晴らしかった」みたいな戦術至上主義者が。「最終ラインの高さ」とか「ラインが揃っているか」ばかりに注力して、結果はどうでもよくなっちゃう輩が、少なからず多いんですよね。で、試合後にブログで図とか使って「ラインは高かった」「ラインはそろっていた」ってところだけ分析しちゃったりして。で「本田と香川は守備さぼってけしからん」とか、「FWはもっとプレスすべき」という守備の話に終始しちゃうみたいな。もっとも、それがごもっともな時もあるし、そういう楽しみかたも否定しないけど、そういう人に限ってどうにも偏った評価になっちゃっている場合が多いんですよね。

 あと、もっとひどいのが「3バックも4バックも同じ」っていう自称戦術家の人ね。ご丁寧に3バックと4バックの比較写真なんかブログに掲載しちゃって、「ほら、選手がポジション変えるから結果的に3バックも4バックも同じでしょ」って理論を振りかざしちゃったりするわけです。この理論で言うと、たとえばボランチから攻撃参加してペナルティエリアでボール受けているところを切り出せば「ほらワントップもツートップも同じ」って言えちゃうわけで、いとおかし。いやいや、そうじゃないから。もちろん、そういう宗教ならば、どうぞご自由になんですがね。

 トルシエについて。何度も言うけど、彼の守備戦術はゾーンディフェンスとして考えると欠点だらけだったと思うんで。どうも、それを朝日新聞のダメなときの報道のように「捻じ曲げて」、あたかも「トルシエの戦術とハリルの戦術を同化」させることで美化して語るのは違和感あるんですよね。もちろん、トルシエのいいところもあったけど、あの「最終ラインの不安定さ」と「何が何でもオフサイドトラップすればいい」という戦術の欠陥は、わすれてはならないと思うんですわ。そんな中、当時の日本代表の最終ラインの選手たちが自分たちで考えて修正していた記録をビデオで見ると「がんばっていたよね」という甘酸っぱい気持ちになるんだけど、そういう歴史を無視して「日本サッカーに組織はなかった」とかわかった風に主張されると、かなり違和感があるんだな。

 ちなみに引用している報道の「ダッシュで寄せろ」だけど、これってボールホルダーの状況によりけりであるというのはサッカーというスポーツの基本的なところであり、そこを語らずに「ダッシュ寄せ」だけ一人歩きしちゃうとヤバいというのは付け加えておきますね。

 最後に旧岡田監督が採用していた『接近・展開・連続』というラグビー理論で思い出したので忘備録的に書いておきます。『接近・展開・連続』という言葉のうち、最後の連続についてですが、これってどういう理論かお分かり? ラグビーというスポーツを知っている方はご存知のように、ラグビーはラックとモールという戦術があって、それがあるから連続というスタイルが成り立つわけです。まぁ、岡ちゃんはあくまで参考適度に引用していたんでしょうけど、ぶちゃちゃけ『接近・展開・連続』の理論は別に日本ラグビーとか早稲田特有のものではなくて、ラグビーというスポーツの単なるひとつの戦術論に過ぎないんですよ。そもそも論として、ラグビーはラックとモールを基点としたスポーツであって、それを生かすひとつの方法論が『接近・展開・連続』であるというだけの話なのかなと。以上、7か国対抗ラグビーを見て改めて感じたことでした。





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Posted on 2015/03/26 Thu. 01:22 [edit]

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僕はそんなにサッカーが好きではない 

 正直言って、そんなにサッカーが好きではないと思っている。

 もちろんチェルシー戦はかかさずテレビで見ているが、サッカーなら何でも好きかと聞かれれば「NO」であるし、スタジアムに出かけてサッカーを中心としたコミュニティを求めるなんて発想もない。どちらかというと、サッカーは独りテレビでじっくりと観戦するほうが好きだし、映画を見ている感覚に近いのかもしれない。

 なので、今月のWIREDにある「ちいさなフットボールクラブができるおおきなこと」という記事にはまったく共感できない。
 
 この記事によれば「マンチェスター・ユナイテッドはアメリカ資本」「チェルシーはロシア資本」であり、それぞれのチームの
ファンであることはそれぞれの独裁的なオーナーのカスタマーに過ぎなく、そんなのはクソだとのこと。で、その点、ドイツのウニオンベルリンというチームなら「サカつく」のようにオーナー気分を満喫できるので、おもしろいぜだってさ(byイングランド人)。

 まぁ、そういう見方もできるんだろうが、そうじゃない見方だってもちろんできるし、自分は後者であるということ。

「ぼくらはひとつの巨大なファミリーなんだ。これは、イングランドでは味わえなくなって久しい感覚だね」

 ふーん。これぞ、誰かが言っていた「アイドルオタクに近い感覚」を象徴するような昭和的なキャッチフレーズであると思うのだが、もちろんこういう感覚もスタジアムに人を集めるために必要な要素ではあるんだろう。それは否定はしない、ただし賛同もしないということだ。

 もちろん、プレミアリーグのスタジアムがセリエAみたいに閑古鳥が鳴く光景になるのは本望ではないが、だからと言ってサッカークラブに人生すべてを捧げるというのは、ちょっぴり悲しい気分になるんだな。まぁ、それで救われる人もいるのはわかるんだが。

 で、このクソみたいな記事の最後に、Jリーグと地域密着に関するポエムが添えられている。

「お父さんは息子と試合観戦、お母さんと娘はららぽーとで買い物をするという過ごし方もできる」
「サッカーに詳しくなくとも見る者をひきつけるスタイルを確立したこともまた、湘南の特筆すべき点」とかなんとか。

 ふーん。まぁ、確かにサッカーをビジネスとして定着させるためには地域密着はすごく大事ですよね。ただ、個人的にはハリー・レドナップが言うところの「近頃の子供はテレビゲームばかりしやがって、空き地でサッカーやるやつがいない」という嘆きのほうが実感できるし、すべては、その視線から出発すべきであるとさえ思っている。「モーレツからビューティフルへ」なんて思想は時代遅れだし、「デジタルかアナログかの選択」ではなく、デジタルとアナログの共存という思想にこそ、サッカーの未来があるのは間違いないからだ。

 デジタルを敵視して、古き良きアナログの世界へ戻ろうなんて内田樹じゃないんだから、やめようぜ。

 で、何度も言うが、僕はそんなにサッカーが好きではない。好きではないのだろう。ないはずさ。


Posted on 2015/03/25 Wed. 02:45 [edit]

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プレミアリーグ「ハルシティ対チェルシー」感想文 本来ありえないミスが生まれたわけですが 

「自分たちのGKに対して、バックパスで受けたボールは常にスタンドに蹴り込むように言っていたのなら、2点目は生まれなかっただろう。だが、我々はそういうことはやらない。彼(クルトワ)はボールをつなごうとトライした。しかし、トラップしたボールを失い、DFは後方からプレーするためのパスコースを確保することができなかった。そしてゴールだ。誰もが不幸だった。それは安定感や感情のコントロール、プレーといったことの問題に過ぎない」
引用元

モウリーニョらしい選手を非難しないすばらしいコメントなんでしょうが、正直、こんな低レベルの判断ミスがチェルシーの試合で発生することになるとは驚きです。若さゆえの過ちというか、青く未熟なミスとでもいいますか。

まぁ、全ての試合を見ているわけではないので私が見落としているだけかもしれないですが、モウリーニョ第一次政権時のチェルシーではこのような軽率なミスはほとんどなかった気がするんですよね。個人的にはパリ・サンジェルマン戦の失点といい、このハル戦でのミスといい、責任の大半はGKのクルトゥワにあるのかなって気がしてます。もちろん、いいプレイも多いですよ。この試合でも見事なセーブを見せてくれてますし、そこは評価したいのですが、サッカーにおける守備というのは「致命的なミスが少ない」ほうが大事であると思っていて。そう考えると、普通にクルトゥワよりもチェフのほうが安定しているんですよね。まぁチェフはさすがに来季はいないのでしょうし、保険的に今季彼をキープしたのはわかるんですが、改めてレギュラークラスのGK2枚は必要ないことは証明された気はしてます。

 もちろん、クルトゥワのほうが若いですし、長い目で見て、このタイミングでGKをチェンジした判断はあながち間違いではないと思うんですが、その代償をゼロではなかったというのは今シーズンの総括に加えてもいいのかもしれません。まぁ代償といっても、そんなに深刻な問題ではないんですけどね。

 あと、この試合で興味深かったのがセスクのポジション。スタメンでは2列目トップ下で起用し、ボランチはマティッチとラアレスにやらせるわけですが、このセスクの2列目での起用法の意図はなんだったのか? アウエーだし、セスクをボランチで使うのはリスキーであるという判断? それとも、例の「このところアシストが少ないのはポジションのせい」というセスクの発言を受けて? なんとなく後者な気もするんですが、後半、状況に応じてセスクのポジションを異動させた采配はなかなかおもしろかったですよね。後半途中にラミレスを下げてオスカルを起用する際には「セスクをボランチ」に下げて攻撃的布陣にし、レミーのゴールが生まれた後はズマをボランチで起用して、ふたたび「セスクを2列目」に異動して守備的布陣に。モウリーニョらしい「わかりやすい采配」でしたが、個人的には何度も言うように「ミドルシュートが打てる中盤」が必要であると思っていて、そう考えるとセスクは2列目なのかなって気がしないでもないんですよね。もちろん、対戦相手に合わせてセスクの起用法を変えるということでOKなんでしょうが、今季以上の攻撃力を備えるためには、やっぱ「攻撃力あるサイドバック」と「ミドルシュートが打てるボランチ」の補強は必要な気がするんですよね。

 もっとも、今のチェルシーを象徴する「アザールの個の力におんぶにだっこというスタイル」も、別になしではないとは思うわけですが、その場合、今度は第一次モウリーニョチェルシー的な「強固な守備の再構築」が急務となるわけで。

そのあたりの来季に向けた展望も、もうそろそろ気になる頃なんですよね。


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Posted on 2015/03/24 Tue. 02:04 [edit]

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ハリル日本代表とスターシステム 

 過去にここで「スターシステムに死を」と書いたかもしれないですが、それって別に「スターはいらない」という意味で書いたわけでないんですよね。

「スター」の存在は否定しないというか、むしろ必要であると思っていて、あくまで、その運用方法がまずいケースに対して警鐘を唱えたいということだったんですが、まぁ、その考えも単にケツが青いというか現実的でないというのが正しいんでしょう。そうですよ、「スターの存在」と「スターシステムの存在」は分けることは難しいといいますか、分離するのは無理なんです。資本主義社会において「スターシステムに死を」なんてスローガンは無意味というか、ありえないことなんだと思うのですが、それでもあえてその無理を提唱するなんてことは人間の世界ではよくあることでもあります。
 
 なぜなら100%無くなることはないにしても、無理を承知でも声を上げることで、ほんの数パーセントでもいい方向へいく可能性はあるわけで。でもって、その数パーセントが実はバカにならない数字だったりするという感覚は必要であると思っています。もちろん、それが単に自己満足の世界だけに陥る可能性もあるんですが、何もしないよりはマシという考えのほうが建設的かなと。

 つうわけで、ハリル日本代表についてですが、個人的には「世代交代」はもちろんのこと、それにプラスして「スターの育成」というワイドショー的な言葉を投げかけたい。

「新しいメンバーにも門戸を開かれている」というのは、どの監督も言う言葉だ。前任のアギーレ監督も、そのようなことを語り、実際、多くの新しいメンバーを招集。ブラジル戦に若手を並べて世間を驚かせもした。だが、結局アギーレ監督はワールドカップ当時のメンバーに戻し、アジアカップでは4試合をほぼ固定メンバーで戦おうとした。 はたして、新監督となったハリルホジッチ氏は、実戦の場で新しいメンバーをどこまで使いこなせるのか。ワールドカップ予選という、タイトルマッチの中で若い選手をうまく使いこなせるのか。今後、注視していきたい。
引用元



ここで後藤氏が使用している「使いこなせる」という言葉は、それなりに重要であると思っていて、要は「試合に起用する」と「試合で使いこなせる」というのは、全然違うことであるということを確認しておきたいんですよね。上記にあるアギーレ時代の「ブラジル戦に若手を並べて世間を驚かせもした」というのは単に起用しただけであると思っていて、試合を見た感じですと「使いこなせてはない」ように見えました。で、起用するなら誰でもできるんですよ。私でもあなたでも。起用するだけならね。

 システムのことだが、先ほども言ったとおり毎試合準備をする。例えば世界で一番強いチーム、もしくは一番弱いチームと対戦するかもしれない。それでも勝つための準備をする。負けるための準備はしない。もしそうであれば私はここを辞める。強いチームに勝つということは難しいことだが不可能ではない。強いチームと対戦したときにも、私たちは勝つんだという気持ちをチームに植え付けていきたい。少なくともトライしようと言いたい。

皆さんに見せたリストは確かに若い選手が多い。例えば、ものすごく大事な試合で遠藤が必要なときがあれば、遠藤を呼ぶということも考えている。遠藤は多くの経験を持っている。彼の仲間に対する信頼が強いことも知っている。彼は自分の役割を知っている。ただ、より若い選手を今回選んだ。遠藤をどうするかというのはこれから見ていきたいと思う。
引用元


 ここでハリル監督が言っていることは別に特別なことではないんでしょうし、たぶん前監督のアギーレ氏も同様だったんでしょう。ただし、そう思っていたとしても結果として「勝つための準備」をしているように見えない試合を見せられてしまうと、やっぱ、いろいろとつっこみたくなるわけです。それって、どういう意図だったの? とか、それって意味があるのか? って。

 もちろん、人によっては「長い目で見て意味がある」と感じる人もいるんでしょうが、正直、代表チームって、そんなに時間はないと思っているんですよね。まぁ、冒頭のスターシステムの話ではないですが「数パーセントでも意味がある」と信じて、テストなりラボなりを行う自由は監督にあるとは思うんですが、それでも、「監督なら何をやっても許される」というのは、違うと思っています。お金を払って仕事として監督を行ってもらっているわけで、あたりまえですが結果は求められるんですよね。それは勝利はもちろん、人材育成や興行のビジネスとしても。

 監督の好きにやらせればいいのだ。目先の勝利はいらないし、わがままなスター選手もいらない、世代交代万歳。スポンサーの意向なんて無視、国内での興行目当ての親善試合なんていらん。などなど、たまにこういう意見が正論のように見えるときもございますが、世の中、けっしてそんなに甘くはないと思っておりまして。

 ハリル監督はそのあたり十分にご存知のようですが、彼を応援する一部のサポーターのスタンスが、いわゆる「スターシステム」的にならないように警告するのも、このタイミングでは必要なのかもしれないのかなというお話でした。

 

Posted on 2015/03/21 Sat. 22:56 [edit]

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プレミア「チェルシー対サウサンプトン」感想文  モウリーニョへの2015年通信簿 

 モウリーニョのアホ息子がよけいなことをTwitterしたらしいけど、お父さんは息子をちゃんと教育すべきだね。
 セスクがこのところダメなのは事実であり、それを指摘するのは別に間違ってないと思う。もちろん、言い方にもよるけど。

 で、もっと言えば、セスクがダメになったのはモウリーニョの采配によるところも大きいと思っていて、個人的には、どちらかというとそこに対して苦言を呈したい。もちろん、プレミア首位であることは素晴らしいと思うし、そこに対しては文句のつけようはないんだけど、試合内容や選手の起用法についてはけっして褒められたものではないと思うんですよ。問題は以下の3点。

1・極端なメンバー固定
2・消極的な交代策
3・将来を見据えた選手の起用法がまったくなっちゃない


 諸悪の根源は「1」であると思っていて、これはまぁ第一次モウリーニョ政権時から特徴的だったんだけど、シーズンの終盤にチーム力が上がらないのは、たぶんメンバー固定の弊害だと推測しています。ふつうはシーズン後半になるとチーム力がUPしてくると思うんだけど、モウリーニョのチェルシーはあまりそうなった記憶はないし、今期もそんな感じなんですよね。過密日程の影響もあるんだろうし、チーム力が上がらないなりに勝ち点を稼ぐ方法を知っているところがモウリーニョのすごさでもあるんだろうけど、「なんだ、結局、これまでと同じですか」というがっかり感があるのは事実。

 何度も言うけど、シュールレが移籍したのは「ローテーションを駆使しなかった」ことが一因であると思っていて、ぶっちゃけ彼をもっとうまく活用していれば、シーズン初期の攻撃力もそれなりに維持できた可能性はあったと思うんですよね。代わりに獲ったクアドラードが、来季のための要員とか言っている人がいるようだが、仮にそうだとすると「シュールレが抜けた穴」をモウリーニョは放置したことになるわけで。それのほうがどうかしていると思うけどな。

 続いて「2」。確かにイエローカード1枚もらっている選手を変えるという「リスクヘッジ」はわかるんだけど、そういう保険を掛けたサッカーというスタイルがチームに蔓延しているのはよくないことなんだと思うわけで。強いときのチェルシーは選手交代で火事場のクソ力を発揮してミラクルを創造していたわけだけど、今季はそういう采配はゼロ。もちろん、手堅い采配で手堅く勝ち点1をゲットできた試合もあったんだけど、正直、あまりおもしろい采配は見られないですわ。残念ながら今季のモウリーニョの采配はアンチェロッティ以下だね。

「3」。ズマはそれなりに使っていて、それは評価するけど、アケを筆頭にチェルシーの若手にはすばらしい選手は多いわけで、彼らにもう少しチャンスを与えるべきであるのではないか。もちろん交代枠3人しかなくて、勝つためにラミレスとレミとドログバを使っているというのはわかるんだけど、将来を考えたらドログバとかテリーとか先が長くない選手を休ませて、彼らに代わる生え抜きを育てるという将来を見据えた戦いをするというのは大切だと思うんです。ファーガソンみたいな長期政権を目指すなら、なおさらそう。

 まぁアザールの弟とかデブライネとか移籍したのは仕方がないことであるとは思うのだが、もう少しうまく若手を育てて使わないと今後、優秀な選手の獲得も難しくなると思うんですよね。

 というわけで、これらの苦言は「シーズン前か直後に、モウリーニョに期待していたこと」を踏まえて書いたわけですが、プレミア首位であることとスタートダッシュ以外にあまり期待したほどではなかったのは残念である。正直、今季のプレミアでの「監督の評価」としてはポチェッティーノとクーマンのほうががんばったと思っているのだが、その評価は厳しすぎ?




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Posted on 2015/03/18 Wed. 02:01 [edit]

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欧州CL「チェルシー対パリサンジェルマン」第二試合 感想文 アンチとセクシーの狭間で 

 ファーストレグ終了時に「高さでやられていたのでセカンドレグは安泰ではない」&「打ち合いとなればチェルシー、守備合戦となればパリに分があるのかな」と書いていたんですが、悪い予感が的中。まぁ、「モウリーニョが打ち合いすることなんてないよな」と思いながらも、期待を込めて書いていたのですが…。結果はごらんの通りで、まぁ負けるべくして負けたという感じですよ。

 試合はまず、モウリーニョ自ずから進んで守備合戦で臨むわけですが、もちろん、その戦略は理解できますし間違いではないと思いますよ。力の拮抗したもの同士の試合ですし、変に攻撃的に戦ってカウンターから失点というのは避けたい気持ちだったんでしょう。特に「イバノビッチを守備重視で」というやり方は悪くはなかった気はしました。ただし問題は、ウィリアンでなくラミレスを右サイドで起用したこと。

 これはズバリ、「中途半端」だったのかなとスタメン見た時点で思いましたね。なぜかって、今季のチェルシーはセスクというキーマンが働いてなんぼのチームだし、彼を生かすにはラミレスでなくウィリアンでしょというのが理由です。もちろんラミレスは攻撃も非凡なものをもっているし、いい動きを見せる試合もあるんだけど、どうもセスクとの相性はイマイチなんですよね。

 で、この試合の一番のクライマックスである、パリのイブラヒモビッチ退場事件が勃発します。まぁ、普通にイエローレベルのプレイだったと思うんだけど、なぜかレッドで、チェルシーが数的有利になるんですが、そのあとの戦い方がどうにもお粗末…。モウリーニョは試合後のインタビューで以下のように述べているけど、このコメントに敗因が隠れている気がするのは私だけでしょうか?

「選手たちは10人となったチームを意識してしまっていた。何人かの選手は明らかに相手に対応できていなかったし、個々のパフォーマンスも十分ではなかった」
「2つのCKから2失点するのは、集中力が欠如していたということだ。マーカーに対する仕事の不足と、スペースを埋めてコントロールすることを怠った」
引用元



 さて、このモウリーニョのコメントを、どう読み解きましょうか。「相手チームが1人少なくなったことを意識してしまい、相手に対応できなかった」と言っているわけですが、果たして、なんで数的有利のチームのほうが相手に対応できないなんて罠に陥るのか? チャンスがピンチになるみたいな感じ?

 うーん、摩訶不思議ですよね。不思議ですが、たぶん、モウリーニョが言いたかったのは、それまではお互い守備的サッカーで均衡が取れていたのに、イブラ退場でいきなり「やいチェルシー攻撃モードで行くかい?」的な状況に置かれてしまい選手に戸惑いが生じてしまったみたいなことを言っているのかな。モウリーニョ的には「そんな急に攻撃って言われても…。騙されないぞ~、まだ守備重視だ。だって攻撃的に戦ったら、カウンターでアウェイゴール狙うんでしょ? ダメヨ。だめ、だめ」って感じで、石橋を叩いて橋を壊してもなお渡らないという超アンチ宣言を選手たちに植え付けていたはずだったんですが、どうにも選手たちの中に「アンチ続行」か「セクシーへの転向か」という迷いが生じてしまったのが「ダメだお前たち。甘い」ということなのかなと。

 もちろん、それは誇張して書いているんですが、個人的にはイブラ退場を境に「セクシーへの変更プラン」を遂行できなかったのはモウリーニョの采配ミスであったと感じています。

つまり、相手の10人に変ったことを意識するのは当然であり、それを生かせなかったのはモウリーニョの采配ミスであると。

 というわけで、ここで再びラミレス君に登場していただきたいと思います。右サイドではそれなりの仕事をしてましたが、イブラ退場以降、特に中盤にポジションチェンジされてからの彼は、どうしっちゃたんでしょうかね。「どうしたらいいの俺?」的な、迷える子羊のようなプレイっぷりは、見てて気の毒というか、数的有利なことを忘れさせてくれるような消えっぷりに乾杯。右サイドでの裏へのオフザボールは悪くないんだけどね。

 もちろん、アンチ重視宣言はわかりますよ。チャンピオンズリーグはアウェイゴールがあるし、その状況によって「セクシー」になったり「アンチ」になったり七変化するのは、簡単ではないですからね。ならば、アンチに専念のほうが間違いはないというのも。でもなぁ、それなら、そういうのできる選手集めないと厳しいですよ。まぁパリサンジェルマンも似たようなものなんでしょうが、彼らとのアンチ合戦に敗れているようでは、(その戦術をチョイスし継続させるという戦略自体が)ダメ(だったん)だと思うんですよ。

 というわけで、結論。
「これまでは、アンチで守り切れていたけど、今季はセスクのチームなのでセクシーで行くべきだったよね? ラミレス引っ込めてウィリアンとか」
「何度も言うけど、中盤のミドルシューターが不在なのは痛かった。ランパードとルイスの中距離砲がなくなって、その代案はいまだ見つかってないよね」
「結局クアドラード獲得とは何だったのか? シュールレにも逃げれたのは、痛かったよな」

とりあえず、こちらからは以上です。


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Posted on 2015/03/13 Fri. 03:25 [edit]

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ハリルホジッチとやらが日本代表サッカー監督になるなら、期待したいこと 

 誰が日本代表の監督になるにせよ、大切なのはノルマとか目標を明確にすることであると思っている。

 普通に考えれば「W杯グループリーグ突破」というのが最大の命題となると思うが、そのようなはっきりとしたノルマを設けることが一番のポイントであり、「誰が監督になるのか」のはその次であると思うのだ。

 つまり、「W杯グループリーグ突破を狙います。なので、そのためにハリルホジッチと契約しました」的な、選定理由と目標をしっかりと掲げてアピールすることが大事であり、ぶっちゃけ戦術やスタイルはその次でいいと思っているということだ。

 もちろん、前にも書いたように個人的には「オシム的な戦術の監督がいい」と思っているし、ハリル氏はそれに近い人物なんだろうと思うんだが、あくまで「結果を求めて、結果で評価する」というのがプロの仕事であると思うし、日本サッカーがここから成長するために、その価値観は絶対に必要なことであると思うのだ。

 オシム的なサッカーを評価する一方で気になるのは、一部のサポーターの中にあまりに偏った「個より組織論」が浸透していることであったりする。

 たとえば「常に数的有利を作るサッカー」というと聞こえはいいけど、一方では、最後にゴールを決めるのは「1人の人間」であり「個の技術」であるということ。

 もちろんサッカーに置いて組織は重要であるけど、「組織さえあれば個はいらない」という偏った理論に陥るのは、絶対に避けなければいけないことであるのだ。

 個というのはある程度解放しないと出てこない場合もあると思うし、その人を信じることから始まるわけで。逆にいうとあまりに組織を優先するばかりに「個を抹殺すること」となるのは、ありえない話ではないのだ。たとえば個人的にはトルシエ日本代表はその片鱗が見えた気がしているし、ジーコ日本代表はその反動で個の開放が過ぎたと分析する。オシムはちょうどバランスがよかったようにも見えたが、最終形態は残念ながら誰も拝めてない。

 つうわけで、ハリルホジッチとやらに期待したいのは強固な組織作りと合わせて、バランスを考えた個の開放をしてほしいということである。

 ファンタジスタというと死語かもしれないが、要はそういう選手も大事にしてほしいのだ。


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Posted on 2015/03/11 Wed. 02:26 [edit]

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プレミアリーグ「ウエストハム対チェルシー」感想文 サムアラダイスとハイパント攻撃 

 サム・アラダイスといえば「ロングボール放り込みサッカー」というイメージがありますが、今季のウエストハムの試合を見る限り、必ずしもそういうスタイルというわけでもないのかなと思うんですけどね。

 ちなみに、サッカーのロングボール戦法って、なんとなくラグビーの「ハイパント攻撃」に似ている気もするわけで、そう考えると、旧岡田サッカー日本代表が試みた「接近、展開、連続」という例のラグビーからの引用も、あながち間違いではなかったのかなと。

 20年以上前の話になるかもしれないけど、当時の慶応義塾大学のラグビーが得意としていたのが「ハイパント攻撃」でしたよね。「ハイパント攻撃」って、要は相手陣に向かってロングボールを蹴って、それを味方がキャッチまたは相手が取った場合はタックルでボールホルダーをつぶして、攻撃の起点を作るという戦法なんですが、ボールをマイボール状態からイーブンな状態にするという、かなりリスキーな戦法なわけですよ。じゃ、なんでそんなリスキーな「ハイパント攻撃」なんてするのか? 理由はいろいろあるんだろうけど、弱いチームの場合はたぶん技術がないからであり、その技術のなさを「ボールをキャッチする勇気」と「相手をタックルでつぶすという気合い」に託した戦法というと、大げさになっちゃいますかね。

 まぁ、個人的にはロングボールだって精度があるボール蹴れて、前線でしっかりとボールを確保できるFWがいるのなら、それは別に弱者のリスキーな戦法でもないと思っているんですけどね。もちろんシュートパスのほうが精度はあるんだろうし、華麗なパスワークで崩すというのは見ていても楽しいんですが、だからといって「クラウチとかワシントンとかいらない」と短絡的になるのは違う気はするわけで。ロングボール戦法だって有効な場合は使うべきであり、大事なのは「前線で基点を作ることができる」&「得点が挙げられる」という目的なのほうなんですよね。もっといえば「試合に勝つこと」「タイトルが取れること」が最大の目標なわけであり、ある戦術やスタイルに固執し過ぎて試合に負けるとかは本末転倒であると言いたいわけです。

  って、試合にあまり関係ない話を展開してしまいました。一応、この試合についても述べておくと、決勝ゴールを挙げたアザールのプレイって、改めて考えると「全盛期の中田英寿的なフィジカルの強さ」と「ロッベン的な切れ味あるドリブル」が同居してる印象があるんですね。まぁ、異論のあるんでしょうが、この試合のような「ヘディングでのゴール」なんかも増えると、クリスチアーノ・ロナウド越えも夢ではないのかもしれません。

 中田英寿はなぁ~。逆にフィジカルはよかったけど、ウインガー的な切れ味鋭いドリブルを持ち併せてなかったところが、今思えば残念だったのかなと。

 あと、アンチェロッティのクリスマスツリー戦法って、次のPSG戦でも使えるかもな。


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Posted on 2015/03/08 Sun. 00:10 [edit]

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キャピタルワンカップ「チェルシー対スパーズ」感想文 優勝おめでとう 

 言うまでもなく、昨年末の大量失点による敗戦は彼の頭に残っていたんでしょうが、それに対してきちんと対応策を立てて戦ったところが「モウリーニョらしい」と言えますよね。

 センターバックのズマをアンカーで起用する「4-1-4-1」で臨んだのは、そんな対スパーズ対策だったんでしょうが、個人的にはその采配はベストであったと思いました。ハリー・ケインやシャドゥリ、タウンゼントらのサイドからのドリブル突破と、エリクセンやメイソン、ダニーローズらのオフ・ザ・ボールの動きを封じるには、単純に「中盤の守備の人数を増やしてスペースを消す」という戦術は理にかなっていたと思うし、相手の攻撃の芽を早く摘むような対応は見事でした。何よりも、個々の守備時の集中力が高かったことは評価したいですね。まぁ、スパーズには経験が足りなくて、チェルシーには経験があったということも、影響したんでしょうが。

「トッテナムのようなチームと対戦する時、セスクとラミレスだけでは我々は困難に陥っただろう。相手はとても上手くボールを回すからね。最初の瞬間から、我々は高い位置で相手にプレスをかけた。我々は相手に彼らが予期したような試合展開にはさせなかった」

「セスクがそのエリア(ピッチの前方)に入り込む自由を手にすることが重要だった。もしズマをプレーさせていなければ、セスクとラミレスがチームの安定感を保つポジションにとどまる必要があっただろう。そして、セスクは前に出ることはできなかった。時には自分自身に満足しないことがあるものだが、私は自分自身に非常に満足している。なぜなら、その決断は、もし私が決勝で敗れたら、専門家たちが私を殺してしまうような決断だったと理解しているからだ」
引用元

確かに、ズマを中盤で起用することによってセスクが攻撃的になれるという面はあったんでしょうが、ただ、それによりオスカルがベンチとなり、「攻撃の枚数」自体は1枚減ることになるわけで。その攻守のバランスををどう考えるかということなんですかね。つまり、ちょいと守備に比重を置きつつ、ポゼッションできなくても、「セスク⇒コスタ&アザール」のホットラインで少ないチャンスをものにするみたいな筋書ですか。このあたりの「戦いの駆け引き」は、ポチェッティーノと比べてモウリーニョのほうが一枚上手だった気もします。

 今季のスパーズはいいチームだと思うのですが、過密日程の影響か、または大舞台での経験のなさの影響か、イマイチ力を発揮できてない感じだったのはお気の毒様でした。まぁモウリーニョの対策と、チェルシーの選手たちの集中力が、スパーズを無力にしたとも言えるんでしょうけど。とりあえず、本日はそんなところで。


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Posted on 2015/03/03 Tue. 02:31 [edit]

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2015-03