FC2ブログ

杉山茂樹の「サッカーの価値観」へのカウンターから、クロスカウンター 

サッカー選手としての寿命は、野球選手に比べて遙かに短い。大谷も早く行くべきだと思うが、それ以上なのが宇佐美。宇佐美ファンも、ガンバファンも、日本代表ファンも、総合的なサッカーファンも、それを望んでいるはず。それがサッカーの価値観。スポーツ本来の価値観だと僕は思う。
引用元

なんで「それがサッカーの価値観」と言い切れるのか意味不明。さらに、それに追い打ちをかけるように「スポーツ本来の価値観」と締めくくっているのは、何かのギャグなんだろうか? まぁスポーツライターの方にとっては、そういう価値観の人が多い方が仕事が増えるのかもしれないけど、本当に「サッカーの価値観」というものを育てるとするのなら、その昭和的な発想は違う気がするんだけどね。
 
 私は、上で引用している海外志向なるものは単なるミーハー思考であると思っている。もちろんそういうミーハー的な考え方も大切であるとは思うけど、それがサッカーの価値観、スポーツ本来の価値観であるとはまったく思わない。サッカーの価値観や楽しみ方はほかにあると思っているし、いわばミーハーから脱却できるのなら、そのほうがいいと思うのだ。まぁ何をもってミーハーとするのかは意見が分かれるところであると思うし、そもそもチェルシーを応援する日本人なんて、みんなミーハーだという意見もあろう。ただ、やっぱ「日本人が海外のチームへ移籍して活躍するのを楽しむ」という、陳腐なアメリカンサクセスストーリーを楽しむというのは、サッカー本来の楽しみ方とは、ちょっと視点がずれていると思うのだ。
 
 その昔、よくいた「中田英寿が活躍すれば、チームが負けてもいい」という考え方は、そんな昭和的なミーハーの価値観の象徴であるといえるだろう。「中田英寿が試合に出れないのはプランデッリが悪いのだ。ムトゥーやアドリアーノも悪い。彼れらは中田英寿にパスを出すべきだ。中田英寿が活躍できるようにサポートすべきだ。たとえ試合に負けてもいいから、ともかく中田英寿にパスを回せ。チャンスをお膳立てしろ。このクソ野郎が」という意見がよくみられたが、はたして本当にサッカーの価値観なのか。スポーツ本来の価値観なのか。

 何度も言うが、もちろんそういう応援方法だって間違いではないと思う。ただ、それの考えは、どう考えても歪んている。普通じゃない。狂気だ。

 狂気だってのは言い過ぎか。というか、ここまで書いてなんですが、そんな狂気の沙汰が日本の主流な考えである可能性だってあるのだろう。

 確かに日本の社会にはアメリカンドリーム的なものはなく、一億総中流社会というスタイルも一般的ではなくなってきた。そんな彼ら彼女らが、サッカー選手や野球選手にアメリカンドリームを夢見るというのも、わからないではない。それこそ、まさにミーハー超大国・日本の本来の姿であるとも言えるのだろう。

 なーんだ、異端は私のほうで、杉山繁樹氏が正しかったのか。

 さて。2年前の12月に総武線で見かけた、トーレスのロゴが入ったチェルシーユニフォームを着た女子たちは、今何をしているのだろうか?



サッカー ブログランキングへ




スポンサーサイト

Posted on 2015/07/31 Fri. 02:43 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

チェルシー2015年夢展望。 バルセロナ戦という誰かさんにとっての祭を終えて 

 元フランス代表監督のドメネクについて書かれたサッカーフランス代表暴露本的なものに、彼がメンバー選考について選手のジダンに意見を求めたというエピソードがある。それに対して「ドメネクは監督の仕事してない」とか「実質ジダンが監督」的な意見があるのもわかるが、私はそこまでドメネクのやり方を非難したくはない。なぜなら、監督とはある種、選手に気持ちよくプレイしてもらう環境作り的な仕事もあると思っているし、そういう視点から考えると「中心選手の意見や要望を取り入れる」というやり方も1つの方法論であると思うからだ。もちろん、それもやり方次第であって、あまりに露骨にやればチーム崩壊につながるんだろうが、正しいやり方でもって選手側に立った気持ちでチーム作りを行うという方法論は非常に大切なことであると思っている。もちろん、あくまで素人的な見方であり意見であるのだが。
 
 で、モウリーニョが名将たる所以も、そのあたりの仕事をきちんとこなしているところにあると思っている。言うまでもなく単に選手のわがままを聞くだけの無能な仕事をしているはずはなくて、きちんと全体のバランスを考慮してチームをまとめているんだろうけど。ただ、これまでのチーム・モウリーニョを外野的な視点から眺めてきた私の分析を書かせていただくと、モウリーニョのチームには攻撃に置いては「絶対的なエース」という存在の選手がちらほらといて、そんな選手にそれなりの権力的な特権を与えることで勝ち点やタイトルを獲得してきたとなる。たとえばロッベン。たとえばクリロナ。たとえばスナイデル。デコ。つまりドメネクにとってのジダン的な存在がモウリーニョにもいたと言いたいわけだが、ただし、それをもって「モウリーニョもドメネクも根本は同じ」とひとつに括るのは、いささか乱暴であるという意見もあながち間違いではないのだろう。そうだ、これは暴論だ。なんで暴論を書くのかだって? だって、だって、だってさ。ここのところのチェルシーは、あまりにアザール頼みとなってない? それって、いいの? 本当に?
 
 アザールは確かにすばらしい。絶対的エースと呼ぶにふさわしい才能を持っているのは確かだ。が、だからといってドメネクがフランス代表でジダンにすがったように、チェルシーの勝敗の行方すべてを彼にゆだねることはあまり得策ではないと思うのだ。もちろん、アザールが活躍してくれること自体には何の問題もないのであるが、もし仮に彼が怪我で試合に出れなくなったり、相手の守備陣に完全に封じ込まれてしまったらどうするの。そうなったら、降参? 「我々には他に手はない。我々の運命はアザールとともにあるのだ。彼がダメなら仕方がないのだ」とかなんとか言って開き直って幕を閉じるというのは、それは、あまりスマートなチームであるとはいえない。少なくとも私にとってはそうだ。
 
 セスク加入後の昨シーズン初めは、そんな「アザール頼みからの脱却」という意思というか意図がチームから感じられていて期待していたんだ。なんだ、モウリーニョも違うやり方ができるんだ。スペインでサッカーの帝王学を勉強して、変わった? それはすばらしい。ということは、あのクソセリエAの変なカテナチオ癖を捨てることも可能なのか? それで勝てるのなら、それは、それですばらしいよな。マジか? 退屈から本当にさよならするのか? 無理だ。そんなの夢だ。
 
 もちろんアザールはすばらしい。でも彼がいなくても、チェルシーはいろいろ他に方法があるんです。そんな進化を遂げることができるなら、それはマジですばらしいじゃないですか。少なくとも、その可能性が感じられただけでも俺はハッピーだ。それが昨年の9月くらいの話ですよ。開幕から連勝していたあの、素晴らしい日々。もちろん、ダメな試合もあったけど、ボクシングデイも首位で通過して、すべては順調のようにも思えたあの頃。まさか、本当にそれが夢だったとはなぁ¨。
 
 どうもおかしくなったのは、2015年を迎えたあたりから。スパーズ戦での惨敗くらいからかな。なんか、そんな明るい未来が徐々に消えていったのは。もちろん目先の勝利は大切さ。試合に勝たないと、未来がないのも事実。事実なんだけど、あまりにも早い現実路線への変更に対して、アンドロイドは電気羊の夢を見る?
 
 そうさ。気が付いたら、いつのまにかアザール頼みに逆戻りさ。神様、仏さま、アザール様。まぁ、タイトルがかかっているし、それでいいんだけどね。だって、それが一番勝ち点3に近い戦い方なんだから。夢を見るのはやめにしよう。もっと現実的になろう。
 そんなモヤモヤが、ずっと、ずっと、つきまとっている。昨シーズン終盤から、今に至るまで。もちろん勝利は、そんなすべてを忘れさせてくれる。勝利が一番大切さ。でも、でも。フェリペルイスはそんな勝利の美酒をとっとと捨てて、昨シーズンの前の時点に戻ったよ。もちろん彼にとっては後退ではなく、前進なんだろうけど。
 
 で、我々チェルシーファンのとっての「前進」ってなんだろうか? YOKOHAMAを手に入れたこと? それも正しい。でも、もっと違う何かがあるはずだ。もっとドーパミンを分泌させてくれるような、すばらしい何かがね。

 というか、バルセロナ戦ということで、アピールしたいのはわかるけど、正直、この試合は、そんな重要ではないよね。まぁ、テリーもなんか言っていたけど、自分の将来を考えて行動するというのは賢いし、それを止める権利は我々にはない。チェルシーは君にとっての通過点であり、終着駅でないのは確かなんだから。


サッカー ブログランキングへ




Posted on 2015/07/30 Thu. 01:54 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

ポールウェラーとレコードの棚 

 私の音楽史。まず洋楽ポップスからロックにいって、ヘビメタ、スラッシュメタルくらいまで突っ走った。で、そこからなぜかアシッドジャズ、渋谷系、ブラックミュージック、ボサノバ、テクノとダンスやソウルに方向転換。成長なのか、それとも新しいものに飛びついているだけなのかわからないんだけど、スタイルカウンシル時代のポールウェラーが僕の音楽史に多大な影響を与えているのは確かだ。ロックからブラックミュージックへ転向できたのは彼のおかげであると思っているし、そのころのポールウェラーは本当、ファッションも含めて好きなんだけど、以下の今の記事を読むと「基本はロックな人なんだなぁ」とちょっと残念に思ったりして。

「俺は『Low』がめちゃくちゃ好きなんだ。(ロンドンのクラブ)Dingwallsにいたときのこと、覚えているよ。1976年くらいだったと思う。ジョー・ストラマーと一緒で、「Sound And Vision」が流れたんだ。俺たち、“すげえ!”ってなったよ。あのドラム・サウンド、あんなの聴いたことなかった」
引用元

まぁ、「黒人に憧れたけど、白人にはそれは無理だった」という答えが上記のコメントに表れているのかもしれないし、そう考えるとデビッドボウイという存在がぴったしカンカンな感じがするわけだけど、個人的には年取った今でこそ、もっと黒い方にどっぷりとつかってほしかったんですけどね。

 「レコードの棚の趣味が代わっちまった」とは、元フリッパーズギターのどちらか言葉だったと記憶しているんだけど、その言葉をここで拝借。そう。上の記事でポールウェラーが挙げているフェイバリッとアルバムの中で、僕が聴きたいものは残念ながら半分もない。まさにレコードの趣味が変っちゃったんだよね。

 もちろん、今の時代、音楽の趣味が100%同じ人なんてほとんどいないと思うけど、スタイルカウンシル時代のポールウェラーだったら、絶対に「彼のレコードの棚」には僕が聴きたい音楽がわんさかあったと思うんだ。もちろん、僕の年齢にもよるんだろうけど、お互い年取ったから趣味が変ったとするのは、ちょっと違うと思うんだよな。

Posted on 2015/07/28 Tue. 00:53 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

上田昭夫氏と慶応ラグビーの思い出 

上田昭夫氏が亡くなったとのことで、氏が監督をしていた当時の大学ラグビーについての思い出を。

1985年度に慶大が日本選手権でトヨタ自動車を破り日本一になった時の主将だった中野忠幸さん(51)は「練習は厳しかったが根性論ではなく、ウエートトレーニングなどを重視して実戦的な練習を取り入れた戦術家だった。明るく、選手の気持ちを盛り上げるのも上手な方だった」と振り返った。上田さんは当時、トヨタ自動車で働きながら指導していたため、練習メニューを毎日、合宿所のファクスに送ってきたといい、「仕事で来られない日は会社に呼ばれて夕食を食べながら指導を受けた。本当に残念」と惜しんだ。引用元

1980年代。確か当時はサッカーよりも大学ラグビーを好んで見ていた記憶がある。早稲田大好きの親父の影響もあって、テレビではもちろん、秩父宮ラグビー場まで行って大学ラグビーを観戦していた。もちろん、早稲田の試合を中心に。当時は「バックスの早稲田、フォワードの明治」的な戦術的な風潮があって、素人目にわかりやすい戦術がバックスを多用した早稲田の展開ラグビーだった。それに、はまった。まぁ、親父が明治ファンだったら、違った視点だったのかもしれないけどね。で、そんな少しばかりラグビーが面白くなっていたころに、僕の前に登場したのが上田昭夫氏が監督となった慶応のラグビーだった。

 「バックスの早稲田、フォワードの明治」と先ほど書いたが、慶応のラグビーといえばハイパント戦術。厳密に言えば違うと思うが、素人的にはそんな区分だった。ハイパントって、知らない? 了解。ラグビーというのは前にボールを投げると反則となるが、キックで前に蹴るのはOKというルールがあり、ハイパント戦術とはボールを前方に高く蹴り上げて落下地点で相手よりも早くボールをつかむ、または相手がボールを獲ったらタックルでつぶすというような戦術だ。かなりざっくりと言えばだけど、要はボールを高く蹴って敵陣に突っ込んでマイボールにして攻めるという戦術。って、これ正しく言えば上田氏が監督になる前から慶応のラグビーでよく使われており、その時も弱くはなかったと思っているんだけど、チームが強くなったのは上田氏が監督になってからと言えるだろう。なぜに強くなったのか? その理由は、上の引用で書かれているように根性論から脱却したから? 戦術家だったから?
 その答えはわからないんだけど、今改めて思い返してみると、その答えは「守備力の強化」にあった気がしている。ラグビーで守備といえば、タックルが思い浮かぶけど、そんな個人の守備力にプラスして組織での守備力がずば抜けていたのが上田氏が監督していころの慶応ラグビーのイメージだ。さっき書いた「バックスの早稲田とか、フォワードの明治」とかって、要はサッカーでいうところの「ボールをポゼッションしているとき」の戦術なわけでして、いわゆる「ゾーンディフェンス」的な組織的な守備ってのはあまりクローズアップされてなかったんですよね。

 少なくとも当時の私は、そんな感じだった。守備のことよりも攻撃のことが重要。「自分たちのサッカー」的な「自分たちのラグビー」ができるかどうかが全てであり、極端に言えば相手を研究して、相手の攻撃を抑える、相手の弱点を突くといったゲーム思想はあまりなかった。つまり、相手のデータも調べなければ、自分たちの利点もよくわかっちゃいない。まさに、それこそ根性論。

 そんな根性論から一歩進んで、自分たちはもちろん相手を研究してラグビーを戦っていたのが上田氏率いる慶応だった。まぁ、これはあくまで素人的な発想ですし、ラグビーは戦術だけで勝てるスポーツではないんだけど。「バックスの展開が」とか「FWのスクラムが」とかいう戦術と比べ、「守備で勝つ」という戦術のほうが地味だけど、今思えば、そこに説得力はあった。

 特に戦力が劣るチームが勝つためには「攻撃力」よりも「守備力」というほうが理に適っているのは確かだ。もちろん、上田氏の慶応以外のチームだって守備を疎かにはしてなかったんでしょうけどね。

 と、ここまで書いてなんですが、ここで書いていることはかなり適当だ。正しいかどうかはわらないが、確かなのは上田氏が監督していたことの慶応ラグビーは素晴らしかったというイメージが私にはあるということだ。

 もちろん、20年前くらいのフランス代表のシャンパンラグビーのが美しいし、オールブラックスやオーストラリアや南アフリカのほうが守備が素晴らしいんでしょうが、「ラグビーは基本はタックルだ。フランカー万歳」というラグビーの本当のおもしろさを僕に教えてくれたのは上田氏の慶応だったと言えるだろう。

氏のご冥福をお祈りいたします。 


サッカー ブログランキングへ




Posted on 2015/07/25 Sat. 03:21 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

ガラパゴスでも、別にいいと思うけど 

「守備のアプローチに入るとき、たいてい日本人は少しずつスピードを上げて、相手に到達したときに一番速い状態になっていますよね。それだと相手の変化に対応できない。そうではなく最初にガッとスピードを上げてから力を抜いて寄せれば、ボクシングのフットワークのように変化に対応できる。よく『日本は球際が弱い』と指摘されますが、そもそもの寄せ方が間違っているんですよ」
引用元

あくまで個人的なイメージですが、確かに1980年代の日本サッカー界は「サッカー=ワールドカップ」という感じだったとは思いますが、今はそうではないと思うんですよね。代表の試合もそれはそれでおもしろいとは思うけど、それよりもJリーグや海外のクラブチームのほうが身近になってきていると感じているし、個人的には「クラブ>代表」という考えなわけで。そんなクラブ視点で考えると、正直、日本人がどうだとか日本サッカーがどうだとか、あまり重要ではないんですよ。チェルシーはプレミアと欧州チャンピオンズリーグがんばればいいと思うし、Jリーグのチームは日本国内の試合とアジアチャンピオンズリーグでがんばればいいと思うわけで。そこに接点はないんですよね。もちろん移籍市場的には世界でつながっているところがあるのは確かだけど、チェルシーファン的には別にチェルシーに日本人選手がいるいないは関係ないわけで。そう考えると、別に「日本人選手が海外に追いつけ、追い越せ」という思想は、なんか古臭く感じるんですよね。もちろん、選手個人が欧州のクラブ入り目指すというの夢(?)を持つのはいいと思いますが、そこにファンの要望というのはないのかなって。

 ぶっちゃけ、別に欧州サッカー界と日本サッカー界は「別世界のもの」でいいと思っていますし、変に海外のサッカーを意識する必要はないと思うんです。いわゆる「ガラパゴス」で問題ないと思いますし、むしろ、ガラパゴスであるほうがサッカー自体のレベルアップで考えると健全に成長できる気がするんですけどね。まぁ、私が普段プレミアリーグのチェルシーの試合をメインに見ているせいもあるんでしょうが、正直、そこに日本人選手がいたらどうだとか日本サッカーと比べてどうだとかいう考えは、まったくないわけで。「海外サッカーと日本サッカー」という視点で考えることのほうが違和感を感じるんですよね。

 クラブのファンでなく選手個人のファンという方もいるんでしょうし、そういう人は応援する選手がいろいろなクラブへ移籍することを楽しんでいるのかもしれないけど、たとえば応援している選手が「Jリーグからドイツのクラブへ移籍」したとして、そこに本当に価値があるのか? まぁ、確かに昔は中田英寿選手がセリエAに移籍したときは「すごい」的な考えはありましたが、今振り返ると、仮に中田選手ずっとJリーグでプレイしていたとしても、別にそれはそれでよかったと思うわけで。まぁ、今だからこそ、そう考えれるのかもしれないけど「中田選手がセリエAでプレイしなくてならなかった理由」というのは、あまりなかった気がするというのは失礼にあたるんでしょうかね?


サッカー ブログランキングへ




Posted on 2015/07/20 Mon. 01:51 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

プレミアリーグ2015の開幕は、なんと8/8? 

 今シーズンのプレミアリーグは、なんと8/8開幕ですか。いや-、早いですな。

 で、開幕戦がスウォンジーで、次週8/15にはいきなりアウェイでのシティ戦と、スタートからかなり厳しいスケジュールとなっているようです。昨年はスタートダッシュがうまくいって優勝できただけに、今期もそれを継続してもらいたいところですが、昨年12月以降の戦いを振り返ると、若干不安もあるんですよね。

 昨年終盤は得点力不足というか手堅い布陣で守備重視な戦いというイメージがありましたが、今期のスタートがそれだとかなり勝ち点を落としそうな予感がしています。昨シーズンの序盤はセスクの活躍もあって、攻撃力UPで勝ち点3をゲットできていたわけで、今期もそんな攻撃的なスタイルでいってほしいんですけどね。

 これまで、このブログで何度か書かせていただきましたが、得点力UPにはサイドバックと中盤の攻撃力&得点力UPが必要であると思うのですが、はたしてそれが改善できているのか? わかりませんが、今までのところあまり大きな移籍話がなく、基本は昨年の戦力を継続という感じなんで、それから考えると、その改善はあまり期待できなそう。

 まぁ、結局のところチェルシーの強さの原動力は守備力であると思うので、それが維持できていれば問題ないのかもしれないけど。何はともあれ、今期も優勝目指して開幕ダッシュを成功させてもらいたいですね。


サッカー ブログランキングへ




Posted on 2015/07/20 Mon. 00:58 [edit]

CM: 2
TB: 0

top △

ラニエリって誰? 

日本代表FW岡崎慎司の所属するレスターが13日にクラウディオ・ラニエリ監督の就任を発表したことを受け、ツイッターなどでチェルシー・ファンが同監督の素性を認知していないようなコメントを発した。するとこれに対しアーセナルのファンがこぞって嘲笑するツイートを行ったという。
引用元

正直、別にラニエリのことなんて知らなくてもいいと思っている。アブラモビッチ時代以降を知っていれば、それだけで十分。以上だ。どうせ、あれだろ、その嘲笑するツイートをしたアーセナルファンってのは、胸にドリームキャストとか書かれているシャツを着ていて、太っていて、彼女とかいなそうな感じの聖人君子なんだろ? まぁ彼らにとっては、ラニエリがチェルシーの監督していたころのプレミアリーグが一番大好きで、その時代のことをいつも回顧しているんでしょうから、そりゃラニエリのこと知らないなんて言っちゃ怒るのも無理ないよね。ゴメンなさい。やっぱキーオンとかオーフェルマンスとか最高ですよね。アシュリーコールもいい選手だったよね。では。




サッカー ブログランキングへ




Posted on 2015/07/16 Thu. 02:14 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

映画「ラブライブ」を、明後日の方向からというかデジタル世代的な方向から考えた感想文的な 

 ほとんど予備知識なしで見たんだけど、映画としての完成度はともかくアイドルをテーマにした作品的として、うまくできているといえるんですかね。個人的には男性がほとんど出てこない独特の世界観に「マリ見て」的な百合要素を感じたんですが、それよりもサンライズ的な演出がそこをうまく消化して「アイドルの友情&成功劇」としてまとめられているところが人気の要素なんでしょう。正直、よくわかりませんが、普通は青春ものだと男女の恋愛的な要素は外せないところだと思うのですが、それをあえて除去しているところは、美少女系アニメ(?)のトレンドなのかな? いや、トレンドというよりも、たまたま、この作品がそれなだけなんでしょうけど、何はともあれ、その異様なシチュエーションが2015年というインターネットばりばりの2015年に人気を博しているという事実は、非常に興味深いですね。

しかし非常に残念なことに、1990年代以降、特に21世紀に入り、私たちが慣れ親しんだファンタジーというものは、急速に消滅してしまった。ディジタル全盛の今、どんな心霊写真、心霊動画を見せられても、こんなのパソコンで簡単に作れるでしょ、で片づけられてしまう。(中略)アメリカ版イエティ、ビッグフットの動画も、ディジタル解析の結果背中にチャックが見つかったとか。ヘヴィメタルというファンタジーを源泉とする音楽がメインストリームの座を退かざるを得なかったのも、このような時代の移り変わりに原因があるのかもしれない。
引用元

上のコラムは誇張して書いているところもあるんでしょうが、確かに今のデジタルな時代において1970年~80年代のようなファンタジーは時代遅れな感じはあると思うんですよ。フィクションであるのかノンフィクションであるのかが「どちらともいえない/わからない」的な文化が消滅しつつあるとでもいいますか。ですが、じゃあ、リアルでないフィクションはまったく受け入れられないかというと、そうではないというのが、このデジタルネイティブの特徴でもあって。フィクションはフィクションとして楽しむ土壌があるとでもいいますか。というか、むしろリアルよりもフィクションの世界のほうが好きであったり支持している人が、それなりの人数でいるというのが、今の時代? まぁ、所詮はアニメのお話ですので、そこにリアルを求めること自体がバカげているといえばそうなのかもしれないけど…。

 ちなみに、私はそもそも「ヘヴィメタルというファンタジーを源泉とする音楽がメインストリームの座」に位置していたとは思わないですが、メビメタと限定するよりもロックという音楽自体が「時代の移り変わり」の影響を受けているのは確かであるとは思ってます。

 もちろん「ラブライブ」と「ヘビメタ」の話はまったく関係ないんですがね。

Posted on 2015/07/11 Sat. 23:31 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

ファルカオはチェルシーに必要なのか? 

チェルシーはモナコと、ラダメル・ファルカオのシーズンローン移籍で合意。 新シーズンに向けてファルカオは「チームとの顔合わせを楽しみにしている。リーグ連覇に貢献したい」とコメント。
引用元

ドログバの代わりのベンチ要員ということなのかわかりませんが、正直、微妙な獲得ですな。昨年のクアドラードの獲得は失敗であったと思っているんだけど、今回もフロントの愚策である気がしてならない。特に残念なのはチームの将来のビジョンが崩れているように感じること。もし、それが本当だとするなら事は大ごとだよね。

 モウリーニョ批判しているチェルシーファンは、たぶん私を含めて数えるほどなんでしょうが、今回の愚策も彼の入れ知恵か? もしそうなら残念。もっとも、本人は過ちを冒しているなんて気は毛頭ないんでしょうし、個人的にはそこが最大のネックであると感じている。

 まぁファルカオがシーズン30点くらいとって、ディエゴ・コスタも同様にシーズン30ゴール。レミーが20ゴールもすれば、この移籍は正しく、私が間違っていたということになるんでしょう。が、逆に悪く想像すると、どうせシステムはワントップなんだろうし、メンバー固定の影響でコスタかファルカオのどちらかがチェフ同様に干されてガンとなりチームを腐らせるという結果となるのだとしたら、やばいみたいな。 

 選手層の厚さがタイトル獲得のためには必要であることはわかっている。ただ、今必要なのはチームの将来を担う人材であると思うし、それがファルカオではないことは確かだ。

たぶん逆に「チームの将来を担わない」短期的な助っ人だから獲得したんでしょうが、何度も言うけどそこが気に入らないのだ。


追記

こんな記事を見つけた。

それに、ファルカオやディ・マリアを獲得しなかったのは、私が望んでいなかったからでもある。
引用元

これは、嘘でしたか? ファルカオが減棒に応じたからという噂もあるが、それがどうした?


サッカー ブログランキングへ




Posted on 2015/07/04 Sat. 02:03 [edit]

CM: 8
TB: 0

top △

2015-07