FC2ブログ

プレミアリーグ「ニューカッスル対チェルシー」感想文 問題点はSB? マティッチorペドロ? 

 一言で言えば、負けなくてよかったという感じですかね。
 
 苦手のニューカッスル戦とは言え、さすがにこのタイミングでここで勝て点0はヤバいです。本当なら勝ち点3がほしかったところですが、まぁ、今期に関しては勝ち点1でも良しとしておきましょう。というか、勝ち点1は出来過ぎ?(笑)。負けでもおどろきはないというのが、正しい応援スタンスですかね。
 
 なんというか、正直、優勝争うレベルのチームという観点で応援するなら「もう3敗しているし、ここは何が何でも勝ち点3」というスタンスだと思うんですが、現状ですと、残念ながら、そのレベルにないのは明らか(笑)。すくなくとも、個人的にはそう思ってます。
 
 弱い理由は、攻撃がかみ合ってないところなんでしょう。もちろん、守備にも問題はあるんですが、今のチェルシーのフォーメーションや戦術は「攻撃的」なバランスとなっていると思うわけで、それに従って分析すれば「守備のまずさよりも攻撃のまずさ」をクローズアップすべきだと思うんですよ。何度もこのブログで書いてますが。
 
 というか、攻撃というよりも「攻守にアンバランスなところ」が問題といえば問題なのかもしれないですけどね。具体的に言えば「セスク+マティッチ」という攻撃的な中盤を採用しているのに、サイドバックは「アスピリクエタ+イバノビィッチ」という、どちらかといえば守備的な人材を採用しているところが、諸悪の原因みたいな感じとでも言いますか。まぁ、モウリーニョはそれでバランスを取っているのかもしれないですが、結果として、中途半端になってしまっている気はします。少なくとも、右か左のどちらか1人のサイドバックは攻撃的にして、ポゼッションからガンガン攻めるでもいいのかなと。

 ちなみに、現状のチェルシーのゴールパーターンは、だいたい以下の感じだと思うんですが、やっぱ「中盤からのミドル」や「サイドバックからのセンタリングから突破口」という攻め手はほしいなぁと。

・セスクの縦ポンからコスタ
・アザールを中心として左からワンツー突破
・アザールが左から個人技で突破
・セットプレイから直or頭
・高い位置でインターセプトしてカウンター的な


 本当なら、ここに、イバノビッチからのセンタリングというのも入れたいところなんですが、なんかあまりゴールが生まれてない気がしているので、抜いてます。同様にマティッチのミドルもほとんど可能性がない気がいしているので、入れてません。
 
 ランパードが絶好調だったころは、中盤からのミドルとかもっと多かったと思うんですが、残念ながら今のチェルシーにはそれがないんですよね。そういった意味では、この試合のラミレスのミドルシュートからのゴールは「今のチェルシーに足りなかった攻撃パターン」だったと思うわけで、すごく評価したいです。
 
 マティッチはこの試合、厳しい出来でしたね。彼の持ち味は運動量とそのフィジカルを生かした「ボール奪取力」にあると思うんですが、どちらも生かせずに、逆に守備での軽いプレイが目立っておりました。もともと、カバーリングに難があったり、バイタルエリアのケア的な守備のセンスもイマイチと思っているんですが、そのあたりの問題点が改めて晒されてしまったようにも感じました。ミドルシュートがないのも含めて。
 
 あとレミーも残念な出来でした。敵ファンのブーイングに委縮してしまったのか、覇気のないようなプレイが目立っておりました。もっと、自己主張していいと思うんですよね。ディエゴ・コスタの真似する必要はありませんが、相手守備陣が嫌がるプレイをしてほしい。
 
 最後にペドロについて。まぁ、まだプレミアに慣れてないところがあると思うので、時間が必要だとは思いますが、もっとゴールに絡むプレイをしてくれないと正直、厳しいなと。現状の出来なら間違いなくウィリアンのほうが期待できるわけで、場合によっては右はウィリアン固定にして、中央を「オスカルorペドロ」でローテーションしていくほうがいい気もします。

  まぁ、モウリーニョは目先の勝ち点ではなく、半年後のチーム構想を踏まえてペドロを使っているんだろうけど、あまりに勝ち点を取りこぼすと、そんな構想自体が無意味となる可能性だって出てくるのかなと。


サッカー ブログランキングへ




スポンサーサイト

Posted on 2015/09/28 Mon. 00:00 [edit]

CM: 2
TB: 0

top △

ラグビーW杯「スコットランド代表対日本代表」感想文 もっとストイックさが必要かなと 

 ラグビーって、ある意味ストイックなスポーツだと思うわけです。いわゆる「我慢比べ」的な要素が勝敗を左右するケースって多いのかなと。で、トライやボール回しなど華やかな部分にスポットライトがいくけど、大試合で重要なのは実は「ミスをしない」「タックルをしっかりする」「ファウルをしない」などなど地味なところというか手堅いプレイをしっかりできるかというところにあると思っております。特に強豪相手の場合は。

で、この試合では、残念ながら日本代表はそれができてなかった。感じなところでミスをしてしまったり、タックルができなかったりしたのが痛かったなぁと。まぁ、「コンデョションが~」とか「南アに勝って気が緩んだ」とかエクスキューズはいろいろあると思うんですが、ただ、あえて言わせてもらうと、そういう敗戦の弁は、これまでのラグビー日本代表でも同様にあったと思うわけで。この試合限定で言わせてもらいますと、「ああ、なんだ、いつものラグビー日本代表と同じね」って感じでしたね。ぶっちゃけて言わせていただくと。まぁチームの核となる外人さんが怪我でいなくなっちゃたのは痛かったかもしれないけど、そういった選手層も踏まえて実力ですからね。

 というわけで、改めてこの試合の敗因を分析すると「ミスが多かった&手堅い試合運びという戦術を持ち合わせてなかった」ところが大きかったのかなと。スコットランドが強かったというのが大前提としてあるとは思うのですが、もう少し手堅い試合運びができていれば「ミスを少なくできた」気はするんですよね。手堅い試合とは要は「無理してパスをつながない」的な感じとでもいいましょうか。まぁ、日本代表の強みは「NOT手堅い試合」というか「奇襲」であり、それしか方法論がなかったのかもしれないけど、南アに勝ったあとだけに残念な敗戦でした。簡単に言えば、南アには通用したその戦術が、この試合では裏目に出てしまったというか「通じなかった」ということなのかなと。つまり、大物に勝つ可能性はあるけど、ミスで自滅する可能性もあるラグビーが日本代表の戦術みたいな感じ? 適当に言ってますが。

 というか、それよりも守備が酷かったのは残念でしたね。正直、スコットランドの攻撃はそれほど鋭かった印象はないんで、やりようによっては、もう少し止めることはできた気はするんですが…、これもやっぱ選手層の問題なんでしょうか? やっぱ日本が勝つにはロースコアな戦いに持っていかないと厳しい気はしますんで、そう考えると南アに勝った時と同様に失点は20点台に抑えないと強豪相手に勝つのは厳しいのではないでしょうか。まぁ、今後の試合では対戦相手によっては、もっと派手な点の取り合いでも勝機はあるのかもしれませんが…。

 ちなみに、日本テレビで見ていたんだけど、あの「精神論を強調した実況&解説」は個人的には好きではないなぁ。もちろん、ラグビーにはそういう要素が大事なのはわかるんだけど、もうちょい戦術面や技術面をクローズアップした解説や実況があってもいい気はしました。たとえば日本代表の攻撃の生命線はラックの形成にあった気がしたんですが、スコットランドの守備陣がそれをどうしのいでいたのか、しのいでいなかった(ファウルプレイ)とか、日本代表の攻撃時のミスとスコットランドの守備についてとかの分析などはしてほしかったです。

 とりあえずは、こんなところで。あ、たぶん、もう今後は、今回のラグビーW杯は試合見ないです。十分に堪能できました。どうもありがとう、ラグビー日本代表。今後もがんばってね。

Posted on 2015/09/24 Thu. 01:50 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

ラグビー日本代表の歴史的勝利について便乗 

南アに勝って人気の日本代表ラグビーに便乗させていただきます。って試合をちゃんと見てないのですが、想像するに以下の記事あたりに勝てた要因がある気がしてます。「ペナルティ狙わないでトライを取りにいった」ことは、もちろん直接的な勝因なんでしょうが、それを可能にしたのは「セットピース」と「ディフェンス」が機能していたからなのかなと。

世界的名将は、攻撃ラグビーを信条とするも、スクラムの要であるフッカー出身で「攻撃に柔軟性をもたらす」と、その重要性は重々承知。そのため2012年4月の就任後、初練習でもスクラムに取り組んだ。「世界と戦うためには(成功率)90%の(スクラムとラインアウトといった)セットピースが必要です」引用元

また、ただ闇雲に前に出るだけでなく、リーコーチは、前に出るディフェンスと、流れるディフェンスを使う状況を細かく設定。タッチラインから見て、相手の攻撃ラインと人数が合っている場合は積極的に前に出る。相手のアタックラインと人数が合わない場合や、相手が早くパスをした場合は、斜めに流れるドリフトディフェンスで人数を同じに、または数的有利な状況を作り出す。接点の近場では、前に出すぎず、少しゲインラインを切られても、次のディフェンスを早くセットすることを意識している。使い分けと選手間のコミュニケーションが欠かせない。引用元

個人的にはここ10年以上ラグビーをきちんと見てないので詳しいことは書けませんが、岡田元サッカー日本代表時代に注目された「接近、展開、連続とかで日本人の特性を生かす」的な理論よりも、上記で引用したような「自分たちのスタイルの追及だけでなく、対戦相手を想定した戦術」をしっかりと行ったことが、大舞台での勝利につながった理由と考えたいところです。って、まぁ、このあとの試合が、はたしてすべてうまくいくのは怪しい気もしてますが、何はともあれ歴史的勝利が今後、日本全体にどのような影響力を持つのか気になるところですね。

Posted on 2015/09/22 Tue. 17:59 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

プレミア「チェルシー対アーセナル」感想文 コスタの汚いプレイは、やるべきことなのか? 

ディエゴ・コスタはやるべきことをやっただけ。だからこそスタジアムにも多くのファンが駆けつけ、世界中でも試合が見てもらえるんだ。試合中はやるべきことをやるもの。情熱と規律を感じる試合を見るため、明日はニュージーランド対アルゼンチンを見に行くよ。好きなんだ。ディエゴ・コスタは素晴らしかった。私の中のマンオブザマッチだ。
引用元

やるべきこと? それはないな。正直、退場となってもおかしくないプレイだったと思うし、それを称えるのはアホだと思う。で、マンオブザマッチ? 100%それはない。アホか。褒めるんじゃんくて、きちんと叱るべきプレイだろ。今日はたまたまだって。こういうプレイをしていたら、いつかしっぺ返しにあうと。久々の完勝だったし褒めるべき点はたくさんあったと思うけど、モウリーニョの上記コメント読んで正直がっかりした。まぁ、「モウリーニョ節」といえばそうなんだけど、コスタの汚いプレイに関しては、マジで注意すべきであると思っているのに、それを称賛するのはまったく賛同できない。以上。


サッカー ブログランキングへ




Posted on 2015/09/20 Sun. 15:20 [edit]

CM: 2
TB: 0

top △

欧州チャンピオンズリーグ「チェルシー対マッカビ・テルアビブ」感想 若さ×運動量×スピード 

 この試合、中盤にロスタフチーフが起用されましたが、前に見たときと比較すると主体性あるプレイが多く、そこは評価。積極的なオフ・ザ・ボールの動きをはじめ、スピードがあって運動量が多いプレイは「モウリーニョ好み」なのかなと思ってみたり。アスクリピエタもそうだけど、「運動量」「スピード」「真面目」「忠実な守備」といったキーワードは、ヤングチェルシーを象徴するものなのかもしれませんね。もちろん、基本はアザールとかセスクとか「違いを作れるファンタジスタ」的な選手がキーマンとして君臨していることは忘れてならないと思うんだけど、それらファンタジスタを支える「水を運ぶ」的な選手の存在が改めて顕著となったみたいな。左サイドバックに入った新加入のババ選手もスピードあるし、そういう選手が要所に起用された「この試合に起用されたBメンバー」は、もしかしたら「モウリーニョがやりたいサッカー」を象徴する面子なのかもしれません。

 もちろん、「やりたいサッカー」と「勝てるサッカー」が、必ずしも一致しているわけではないわけで。昨年のように「選手の経験値を重視したスタイル」というもの持ち合わせているとは思うんですが、もしかしたらプレミアリーグでのスタートダッシュ失敗が「新しいスタイルへの移行」や「固定⇒ローテーション」という長期政権を担うために必要な改革を強制的に行ってくれるのかもしれないとポジティブに考えてみたりして。

 この試合の個人的なMVPはレミー。失敗に終わったけど前半早々のアザールのPKを呼んだのは、レミーとウイリアンの「縦のポジションチェンジ」を駆使した攻撃だったわけで、特にレミーの前線での動きとチームメイトを生かすプレイは、今のチェルシーには必要であると思いました。

 もちろんゴールの嗅覚的にはディエゴコスタなんですが、前にも書いたけど、チェルシーの攻撃は「2列目を生かしてなんぼ」なところがあるわけで。そういったし視点で考えると、開幕からの数試合を見る限りでは、コスタはあまり2列目を生かせてないんですよね。もちろん、対戦相手の力量にもよるとは思うんですが、チェルシーが輝きを取り戻すためには2列目、3列目がかみ合って機能するスタイルの構築が必要であると思う次第です。

 そういった意味ではオスカルも悪くはなかったですね。彼は「他の選手を生かす」プレイもできるし、そういうプレイをすることでセスクの負担が軽減されるところもあり、セスクのプレイもよくなるのかなと。まぁ、何度も言うように、相手の出来に左右されるところもあるわけで、この試合に関してはうまく機能できたのかなと。

最後にありがとう、ベンハイム。この御恩はけっして忘れません。ありがとう。



サッカー ブログランキングへ




Posted on 2015/09/18 Fri. 01:38 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

携帯通信料の引き下げ問題と、3社体制について  

甘利氏は、家計支出に占める携帯通信料の割合が拡大しているが、3社体制で固定化してしまっており、競争政策が働いていないとする指摘もあるとした上で、それを含めて安倍総理が料金引下げを総務大臣に指示した、と状況を説明。
引用元

携帯通信料が下がることは、確かにうれしいけど…。なんだろ、単に「安くしろ」って、国が命令するだけですむ話なんだろうかとは思いますね。確かに電波を割り当てているのは国ですし、そこに介入する理由はあるんでしょうが、ドコモやKDDIやソフトバンクが単に消費者から金を巻き上げているとするのは、ちょっと違う気もします。

LTE対応やiPhone対応等に伴いネットワークが高度化・複雑化し、かつ、トラヒックが急増する中、設備の設計の不整合、新システムへの切替工事時の手順不備、新システム導入時の確認不足、設備容量及びサービス処理能力不足、復旧作業時の判断ミスなど、システム全体の最適化等を図る観点から不十分な点があったために発生したものと考えられます。
引用元

これはKDDIの通信障害に対する「総務省の指導」ですが、このように、これまで「設備投資」や「サービス処理」に対して文句言っていたわけで。要は「お金かけて通信網は最強にしろ。そして、料金も安くしろな」という注文つけるのは、ちょっと厳しい気もします。これまで3G時代の財産があるとはいえ、基地局の鉄塔立てるのにはそれなりにお金がかかるわけで。国がそれらの設備金をすべて出しているわけではないと思うし、それならば、国としては、当然そのあたりの収支の構造をちゃんと考えて指導して欲しいと思うんですが、はたしてそれをやっているか?

基地局用の鉄塔の値段は、高さにもよりますが、500万円以下のようです。しかし、建設には、設計業務、鉄塔の高さ、敷地フェンス等の整備、電力・通信線引き込み柱工事、耐雷トランス、避雷設備などの鉄塔以外の費用もかかるので1局あたり1千万円程度、場合によっては1億を超えています。
引用元

あと、「3社体制&競争が働いてない」についても、そんなに簡単なことではないと思ってます。結局、新規参入する会社があるとして、その会社が電波さえゲットできれば、すぐにサービスができるというものでもないわけで。現実的に考えて、ゼロベースで新規参入するには、かなりハードルが高いところがあると思うんですね。まぁ、もちろん3社体制をぶっ壊して競争させるという狙い自体は間違ってないのかもしれないけど。

それは電波があいてないためではない。地上波局がふさいでいるためだ。次の図は茨城県の周波数割り当てと利用状況だが、たった7チャンネルの放送に40チャンネルも占拠している(G=NHK総合、E=教育、N=NTV、T=TBS、F=フジ、A=テレ朝、V=テレ東)。表の空白の部分が、放送局に割り当てられながら使われていないホワイトスペースである。
引用元

池田氏のこの指摘も、ある意味間違いではないのかもしれないけど、現実的に考えれば「地上波局がふさいでいる⇒これをオークションで割り当てれば競争が働く」という単純な問題でもない気はしますね。

5Gの性能のほとんどは、現在のLTEネットワークを向上させるための取り組みから発展するものになるだろう。 LTEの将来的なバージョンは、最近注目を集めている近接情報サービスをサポートするようになる他、5Gの要件とされている低遅延の“先駆け”としての役割を果たすだろう。Korea Telecom(KT)と現地の試験で協力しているMerz氏によると、いわゆるマシンタイプ通信に向けた低コストバージョンのLTEは「順調に進展している」という。こちらについては、2017年初めにリリース予定のLTE Release 13の一部になるとされている。
引用元

今のスマホなどの通信回線のベースはLTEなわけで、結局、池田氏が指摘する周波数の活用は「現在のLTEネットワークを向上させるための取り組みから発展するもの」となるわけです。つまりドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社がその分野では切磋琢磨して競い他が追いつけないレベルまで突っ走っている状態なわけで、今から新規に参入してそこに追いつくのは至難の業だと思うんですよね。よく言われているように、世界の他の国と比べると日本の通信網はすばらしく「つながる」わけで。それゆえに「高いお金」を払っているところもあると思うんですよね。もちろん、料金を下げることを優先して、設備投資を減らして、技術革新も捨てるという方法もあるとは思いますが、はたしてそれが本当に我々のためになるのかというのは、きちんと考えたほうがいいとは思います。本当に料金が高いのかも踏まえて。まぁ池田氏は技術革新によるコストダウンを考えているのかもしれないけど、鉄塔とか基地局というのはそれなりの歴史がないと築けないものであると思うんで、私は簡単ではないと思うんですけどね。

ほら、イオンケータイとかIIJとかの格安SIMだって、基本はドコモの回線を借りて使っているだけですし。

Posted on 2015/09/15 Tue. 01:38 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

プレミア「エバートン対チェルシー」感想文 ケネディ起用から察するに 

この試合のモウリーニョの交代策から察するに、それほど切羽詰まってはないのかもしれませんね。負けたら首みたいな。だってもし首がかかっている試合なら、ケネディ投入とかないと思うし、自分の将来をケネディに賭けるほど、”もうろく”はしてないと思うから。そう。きっと、たぶん「長期的な視野を持ったチーム作り」を考えての采配だったのかなと。この試合を負けても、将来のためみたいな。

 まぁ、単にオスカルがいない&ウィリアンのコンデョションの問題もあって、ケネディ投入だったのかもしれないけど、正直、勝つための采配ではないのかなと。育成のための起用というか、もう少し前向きに考えたとしても「神頼みの起用」くらいなもので、何が何でも勝つための采配ではない。というか、そこまでしてケネディを育てる理由があるのかというクエスチョンはあるんですが、まぁ、きっと彼は逸材なのでしょう。

 あと、その当たりも含めて、昨年のつけが今回ってきたというのも、この敗戦理由の一つなのかもしれません。一見、今のチームは昨年のプレミア優勝チームの延長線上のように見えるけど、実は昨年のチームだって攻守のバランス部分の「チームの土台」的なところが、非常に不安定ではあったわけで。まぁ昨年は攻守のバランスが”ちぐはぐ”しているところはあったものの、ある程度「選手を固定する」ことできっちりと勝ち点を拾えていったわけですが、そこに「育成要素」を加えた今年のチームは結果を出せてないという感じか。

 ちなみに、たぶん今のチェルシーはモウリーニョの代名詞である「守備を中心とした退屈なサッカー」をするチームを目指しているわけではない。というか、攻撃的チームなのに「単に攻撃がかみ合ってない」ので、守備の脆さを突かれているだけなのかもしれねいですが、要は問題は「守備」ではなくて「攻撃」にあると考えるほうがいいというのが個人的な意見です。

 とはいえ、早くも3敗というには、どう考えてもそれほど楽観できる状態ではないのは確かなわけで。どこまで「退屈」を封印して、「攻撃」や「育成」を貫けるのか注目ですかね。個人的には最終的な帳尻を合わせてもらえれば問題ないんですが、チャンピオンズリーグ出場枠は最低限確保してほしいという願いはあります。



サッカー ブログランキングへ




Posted on 2015/09/12 Sat. 23:17 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

渋谷系回顧録。Generation Xとネットスケープナビゲーター 

渋谷系の回顧録を再び。前にこのブログで書いたようなことが、だいぶ前に以下のブログでわかりやすく書かれておりましたので、まずは紹介。

また、この時の小山田君の作詞の歌詞の元ネタは、おそらく90年代に流行ったダグラス・クープランド(Douglas・Coupland)の小説「ジェネレーションX」や、「シャンプー・プラネット」。☆当時、私もクープランドの「ジェネレーションX」など、一通りは読みました。☆それで、「ジェネレーションX」の後に、イギリス映画の「トレインスポッティング」が、確か日本公開されたはず。☆90年代の若者の、社会に対する不信感や苛立ち、モラトリアムな甘く・せつない青春。
引用元

ご存知の通り、渋谷系は音楽的にはオザケン&スチャダラパーの「ブギーバック」やオリラブの「KISS」が大ヒットしたころに命名&盛り上がりを見せていたと思うわわけで、実はフリッパーズギター自体は渦中にはなかったんですよね。渋谷系というくくりで考えてみると、フリッパーズはどちらかというと、解散した「伝説のバンド?」状態であって、小沢&小山田のソロ活動のほうが渋谷系的にはメインであったという認識。つまり厳密に言うと「渋谷系=フリッパーズギター」ではなくって、「渋谷系=アフター・フリッパーズギター」が正しい。これ、どうでもいいことなのかもしれないけど、実は重要。で、「ピチカート・ファイヴの音にフリッパーズ・ギターの歌詞が好きな人が作ったものみたいだった…そんだけ」という小沢さん言葉も、渋谷系を分析する上では重要であると思ってます。要は渋谷系はサウンドだけでなく、上記の「ジェネレーションX」=「X世代」あたりの文化論や、今は廃刊している雑誌「remix」あたりのクラブカルチャーも背景にはあったと思っていて、「渋谷のレコード屋を中心としたこじんまりしたムーブメント」というよりも、もっと大きな文化としてとらえるべきという発想。日本のみならず、ロンドンやニューヨークといったワールドワイドで考えるのも重要であると思いますね。

その一方で、モッズからアシッドジャズへの流れ、伝説的な下北沢ズー/スリッツ、京都のDJ~クラブシーンなど同時多発的な動きが渋谷に集約されていく様子が描かれる。モッズ~アシッドジャズという流れはとりわけ重視されていて、著者は「渋谷系とは、とりもなおさず日本版アシッドジャズではないか、というのがぼくなりの持論だ」とまで書いている。
引用元


enzee「で、そんな全身小説家ならぬ全身渋谷系の速水さんが「渋谷系はニューヨークの動きとのリンクだ」と。コレ、結構珍しい渋谷系論ですよ。だって基本、一般的には渋谷系はロンドンのレアグルーヴムーブメントとの連動ってことになってますから。確かにデ・ラ・ソウルの存在なくしてスチャダラはありえないですし。例えばピチカートン小西さんはデ・ラ・ソウルこのように激賞していたのさ。引用元

 アシッドジャズはもちろん、アメリカのHIPHOPやディアンジェロ・マックスウエルあたりのニューソウルなんかも渋谷系とつながっていると思うわけで。まぁ、そこまではブラックカルチャーではなかったのかもしれないけど、黒い音楽への入口的な役割=渋谷系というか、「元ネタ」的には同じようなところもあったというのは、いうまでもないところです。
合わせて、インターネットやパソコン文化も微妙に絡んでいることも言及しときましょう。

■Macintosh PowerBook 500シリーズ…1994
■Netscape Navigator…1994
■日本盤wired創刊…1994

 確か、当時のwiredで小山田さんが「Macintosh PowerBook」を持参でインターネットのサイト紹介していた記憶があるんだけど、そのあたりの「ネットの走り」的な文化も忘れてはならないのかなと。「レコード⇒CD化」という流れと合わせて。

 あと、音楽雑誌的には、個人的には「アフター・ロッキンオン=渋谷系」であると思っていて、先のremixとかバーフアウトあたりが牽引していたことも忘れてはならいかなと。remixとか、「渋谷系的な元ネタCDを探す」のに役立っていたし、渋谷とかレコード屋とかクラブシーンとかにも連動してわけで。流行の音楽家の内面的な精神を掘り下げるロッキンオンとか、正直まったく渋谷系と連動してなかったと思うんですね。ジャパンのほうの2万字インタビューとかは少しは役立ったけど、「お前のレコード棚どうなっている?」的な渋谷系アプローチをしていたのは間違いなくremixだったわけで。ロッキンオンそのものよりも、どちらかというか同社からでていたCUTのほうが、まだ渋谷系的な側面はあったのかなと。というか、個人的に当時CUTは読んでいたから、そう思うだけなかもしれなけいど。

■ロッキンオンからCUT創刊…1990

ちなみに、「Generation X(X 世代) = 1965 – 70 年ごろの生まれ」という分類があるようで、それで考えると、渋谷系はまさにその世代を中心としたムーブメントであったという暴論でこのエントリーを閉めようかと思います。

もちろん、私はそこです。

Posted on 2015/09/12 Sat. 03:25 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

サッカー代表戦「アフガニスタン代表対日本代表」感想 自主性は本当にいらないのかい? 

ゴールというのは「仕掛け」ないと生まれない。「相手のミス」から生まれるゴールももちろんあるが、相手ゴールに向かってドリブルしたりワンツーで崩したり、シュートを打ったりして「仕掛ける」ことが必要であるのは、言うまでもないところ。で、「仕掛ける」ために必要となるのが、選手の自主性。

ゾーンディフェンスへの理解や監督が決める規則ももちろん必要だとは思うが、ゴールをするにはそれよりも選手の気持ちや自主性が必要である。もちろん、対戦相手との力量にもよるが、香川選手あたりは、そんな自主性が発揮できてこそ輝く選手であり、それがこの試合では光っていたのはうれしい限りだ。

 もちろん、選手の自主性や選手が攻撃する勇気を与えるのは、監督の仕事の一つであると思っている。で、その仕事は単に言葉だけで「攻撃していいよ」と選手を口だけでそそのかしたり、「おめーら攻撃しろや」って命令するだけでは不十分。口だけでは自主性は生まれない。

そうではなく、選手が積極的に攻撃を仕掛けることができる環境をチーム内構築して、そのトライがたとえ失敗に終わったとしも、その綻びを相手に突かれないようなケアをする戦術を植え付けることが、監督が選手に自主性を芽生えさせて、攻撃する勇気を与える有効な手法であるのではないか。一つの考え方としてだけど。そう、それは相手チームとの力量差によるところも多い。

もちろん多いのだが、たとえ相手との差があったとしてもそれだけではゴールは生まれないと思うよ。選手を下手な戦術で縛ったり、守備のタスクばかり与えていては、ゴールは生まれない。そうではなくて、あくまで選手の「自主性を解放」することが必要。そうしないとなると、ゴールはうまれにくくなるはずなのだ。しつこいかな。

 最後に。もちろん相手との力量差を考慮して、攻守のバランスを調整することも大事であると補足しておく。この試合のハリルホジッチ監督は、そのあたりの采配もよかったのではないかな。


サッカー ブログランキングへ




Posted on 2015/09/11 Fri. 02:05 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

武田氏のハリル批判と、サッカーにおける「自主性」 

武田修宏氏「真剣にハリルの進退を考えるべき3つの理由」

 噂のこちらの記事。ネタとして、おもしろおかしく編集されているんだろうけど、それでもあえて突っ込むと、まず「日本代表>Jリーグ」という思想は捨てるべきだと思う。「G大阪の長谷川健太監督(49)や広島の森保一監督(47)あたりが適任」と書かれているけど、そういう思想は日本サッカー界のOBとしてはいかがであろうかと言いたい。もちろん現状、Jリーグの監督よりも日本代表の監督であるほうが価値があるのかもしれないけど、そういう価値観を壊して「Jリーグの価値を日本代表よりも上げること」こそが、武田氏あたりの日本サッカー界OBの仕事であると思うからだ。いつまでも日本代表至上主義では、それこそ日本サッカー界の将来が不安だ。

■将来が不安とは
まだ就任したばかりという意見もあるだろうけど、代表OBとしては将来が心配だよ。早めに手を打つことも考えないと…。


 つうわけで、続いて気になるのがこの「将来が心配」という言葉。いったいどのあたりの将来を見越して心配しているのだろうか。W杯本戦? それとも、アジア最終予選あたり? たぶん、後者なんだろうけど、前者にせよ後者にせよ、ぶっちゃけ、この戦い方で本当にそれが心配すべき項目なのかは、疑問である。前にもこのブログで書いたけど、今の代表の戦い方は「W杯本戦での強豪相手を想定した、守備重視の戦い」をしていると考えるのが妥当かなと思っていて、そう考えると別に心配することはないんですよ。そもそも、先の試合も3-0で勝っているわけですし。  

だけど、細かな指示で選手を縛りつけた。それに監督がナーバス過ぎることも問題じゃない? 選手にも緊張感が伝わって、ピッチでバタバタだったよ。


 何度も言うようにバタバタしようが3-0で勝っているので、まったく問題なし。強いて問題があるとするならば、この試合を見にきていた観戦者の多くが、以下のように嘆いた場合か。「俺たちの選手を指示で縛り付けるなんてけしからん。こんなつまらない試合して、おまえらモウリーニョ・チェルシーかよ。3-0で勝ったけど、ピッチでバタバタしやがって。ピッチに出向くいかした女医もいねえとは、何事だ! 金返せ。おれはもう、2度と代表の試合を見に行かないぞ」的な。
 まぁ、もしかしたらそういう奇特な人が何人かはいたかもしれないけど、大半に人はそう思ってないのではないのかな。というか、見に来ている人の大半は試合内容なんてどうでもいいと思っているんだろうし、基本みんなで応援して騒げれば問題ないはずです。日本代表がゴールして試合に勝って、それでみんなで騒げれば、万事問題なし。ロボットとか自主性とかピッチでバタバタなんてどうでもいいはずなんですよ。
 
■自主性の意味

なんで日本人の長所を生かさないのかな。前任のハビエル・アギーレ監督は選手の自主性を尊重。パスをつないでゲームを構築したし、選手との信頼関係もあって明るいイメージだった。


 自主性というのは、サッカーにおいては難しい言葉であり、何をもって「自主性がある/ない」と判断するのかは簡単ではないと思ってます。なので、それを武田氏がどういう意味でこの言葉を用いているのかにもよりますが、要は「パスをつながせる自由が、このチームにはない」ことを嘆いているのでしょうかね。まぁ、言わんとしていることは、なんとなくわかりますが、何度も言うように試合に勝っているし、大半の客も満足そうなので、別に問題ないかと。それが嫌なら、「シュスターやロイキーンみたいに代表入り拒否」したり「試合見に行くのをボイコットしたり、監督やめろとデモ」したりすればいいのかなと。もちろん冗談ですが、そこは選手に監督と話し合って決めてもらえばいいのかなと。まぁ、そもそも、そういう選手が選ばれてないこと自体が問題なのかもしれませんが(笑)、それはそれで運命ということで、しかたがないということで。

 ただし、それと合わせてここで言っておきたいのが、武田氏が言う「自主性」は「勝手なプレイ」のことを意味してないということ。で、そのように「自主性」を誤解して武田氏を批判するのは、ちょっと違うのかなということは指摘しておきましょう。たとえばこちらね。

今はバルサやグアルディオラのチームでさえ効率性を求めてカウンターチーム化していますし、攻撃の美しさでは世界で1、2を争うアーセナルがずっとプレミアで優勝できないのは、ベンゲルの指導が攻撃に関しては選手の自主性を重んじている事と無関係ではないと思っています。
 そういう欧州の常識からすると、日本のサッカーはまだまだ組織でも個人でも戦術というものに対する意識が低く、監督が細かな指示を出して神経質になるのは当たり前です。特にゾーン・ディフェンスの場合は数mのポジショニング、ラインの乱れが守備の崩壊に繋がるわけで、そこに自主性なんてものが入る余地などありません。
引用元

まず、ゾーンディフェンスの自主性というものがどういうものかわかりませんが、武田氏が言っているのはそういうことではないのかなと。これ読むと、どうも自主性という言葉が一人歩きしている感じで、自主性=勝手なプレイとなっているようなので、それは違うのかなと。あとカウンターチーム化は自主性がないとか、正直、あまり意味がわからないです。要は、手数が少ない攻撃(カウンター)は、自ずと攻撃の形がパターン化されるから、自主性ないみたいな感じですか。いやいや、カウンターにも自主性はありますよ。さらに、ベンゲルが勝てないのはカウンターができてなくて、遅攻ばかりで攻撃に自主性を重んじているからと言わんばかりの批判はどうなのか。自主性=ベンゲルの指導? 本当に? 何はともあれ、私には武田氏が言う「自主性」の意味と、かみ合ってないように読めたので、それは指摘しておきます。すみません、私の読解力不足のせいかもしれませんが。

おそらく、オシムの意図としては、日本が普通に正しいサッカーをやっていれば、それは勝手に日本独自のサッカーになるわけで、あえて真似をしたり、逆に独自のスタイルにこだわる事ではないと言うことなんだと思っています。しかし現実の日本はずっとそれを曲解したまま・・・いい加減、くだらない自由、自主性信仰は捨て去るべきではないでしょうか。

 あと、ついてでに言わせていただくと、この「くだらない自由、自主性信仰」というのも、どうかと思いますけどね。前にも「サッカーには判断いらね」について反論させていただきましたが、個人的にはこの「くだらない自由、自主性信仰は捨て去るべき」論にも賛同できません。武田氏の意見よりも、むしろ危険な意見であると思うくらいです。もちろん、武田氏の意見がいいとはまったく思ってないのですが、それに対する反論として「自主性いらない」はないでしょう。だってサッカーというのは、基本「くだらない自由」がいっぱいのスポーツであって、そこが魅力であると思うわけですから。

なので、「くだらない自由、自主性信仰は捨て去るべき」とは、ずばり「サッカーそのものの死」を叫ぶ思想であると思うので、それは賛同できないかなと。

もちろんサッカーに対する考え方や楽しみ方は人それぞれであると思いますので、それ自体を否定はしないですけど、正直「自動化」とか「自主性なし」とか騒がれるとサッカー好きとしてはイライラします。


サッカー ブログランキングへ




Posted on 2015/09/06 Sun. 23:22 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

親善試合「日本代表対カンボジア代表GK」感想 メディアがハリルホジッチを嫌う理由という爆弾投下 

 仕事帰りの電車にて、日本代表のユニフォームを着た女子がちらほらいるのを発見。「なるほど~、今日、日本代表戦だったのか~」と、その時初めて、本日、日本代表の試合があったことを知ったわけですが、一応、ダイジェストで得点シーンのみみました。相手のゴールキーパー、、間違いなく下手だよね? 日本で言うところの中学生レベルくらいかな。まじでパフォーマンスが酷い。で、こんな下手くそなキーパーを出場させているくせに、キーパー頼みのドン引きで守備的なサッカーを選択するのは、意味不明。まぁ、日本代表のシュートがすばらしかったんだろうけど、にしても、あのキーパーのパフォーマンスはないわ~。まぁダイジェストしか見てないから、わからんけどね。
 
 あと「メディアがハリルホジッチを嫌う理由」とかいう「くだらない爆弾」を投下してくださった方がいるみたいだけど、その理由は単純に、そういう論調のほうがビジネスになるからという判断からでしょ。商業メディアは別に日本代表のファンクラブの会報じゃないんだから、アホみたいに”よいしょ”する必要なないわけで。基本、それがすべてかなと。もちろん「よいしょ」することで売り上げが伸びるなら、そうするんでしょうし、そこは世論をみて決めているのだろう。世論というかスポーツ新聞を買いそうな世代の反応を。正直、Twitterとかで「メディアはハリルホジッチの敵」とか叫んでいるやつは、スポーツ新聞なんて買わないそうなんだろうし、そういうのは相手にしてないと思うんだ。「いやいや、そういうコアなファンを大事にした方が、売り上げが伸びるのでは」という意見もあると思うんですが、まぁ、それは専門誌さんのお仕事という意識があるのかもしれませんよ。というか、そもそも論として、そういうコナなサッカーファンが喜ぶような視点で記事を書ける人がいない可能性が高いみたいな。わかりませんが、メディアの方はそれでご飯食べているプロの方々であると思いますので、その方法論には何らかの狙いがあるのでは? くらいのスタンスは取れないのかな、「ハリルホジッチを嫌う理由」とか単純につぶやく前にさ。

 まぁ、メディアは日本代表のファンにとっては邪魔な存在な場合のときもあるんだろうけど、持ちつ持たれつな関係でもあるということは忘れちゃならないと思うけどね。

 たぶん、今日試合があったことすら認識してなかった私よりも、日本代表のユニフォーム来て試合を見に行って、試合後にユニフォーム姿のままご飯食べたり、お酒飲んだり、そのまま電車で帰るような人の方が、きっと優良な日本代表のサッカーファンである
のは間違いないのだから。 


サッカー ブログランキングへ




Posted on 2015/09/04 Fri. 01:53 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

2015-09