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プレミアリーグ「チェルシー対バーンリー」感想文 シュートはGKとの駆け引き 

 昨シーズンの最後の方からアザールのシュート力が向上している感じに見えましたが、この試合のシュート&ゴールもすばらしかったですよね。

いわゆる、相手GKにシュートを打つところが見えない”ブラインド”状態でシュートを打つというやつですか? コースもすばらしかったですけど、そんなGKが取りにくいクレバーなシュートを打っていたことを評価したいと思いました。枠に早いシュートを打つことも大事ですが、結局のところシュートって、GKとの駆け引きによるところが大きいわけで。そういうGKのことを考慮したシュートを状況に応じて打てるというのがゴール量産につながると思うわけです。

これまでのアザールはどちらかというと、GKのことはあまり考えずに枠内に強いシュートを打つというイメージが強かったですが、必ずしもそういうシュートがゴールになるわけではなかったわけで。個人的には、この試合のようなクレバーなシュートでゴールを量産してもらいたいところです。

 あと、この試合で目立っていたのは、やはり中盤のカンテ選手ですかね。1対1の守備に強いところはもちろん目立ってましたが、それよりもポジショニングが良くやカバーリング能力も高いので「ピンチとなりそうなシーンを未然に防いでいる」シーンが何度もあったと思えたので、特にその点を評価したいです。

まぁフォアリベロとは本来そういう役回りではあると思うんですが、誰もがそのポジションで同じプレイをできるわけではないわけで、そこは「カンテの能力」があってこそなんですよね。

いやー、まじで彼の貢献度はすごいと思いますよ。彼が中盤にいることで他の選手がプレイしやすくなっている面もあると思いますので、相乗効果があるとでもいいますか。このまま怪我なくシーズンを戦ってほしいところです。

 というわけで、相手が弱かったこともありますが、それでも3-0での快勝は評価。開幕3連勝もすばらしいですが、このままスタートダッシュを決めてほしいところです。


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Posted on 2016/08/28 Sun. 21:50 [edit]

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サッカー日本代表のW杯アジア予選と、プレイボールとクラマー 

私は、今回は、5試合未勝利が続いて苦しみにのたうち回った1997年のアジア最終予選以来の厳しいものになるのではないかと予想している。もしかすると、来年11月、北中米カリブ海とのプレーオフまで戦わなければならないかもしれない。
引用元

最近、日本代表の試合は見てないのですが、「1997年のアジア最終予選以来の厳しいものになるのではないかと予想」というのは正直、違うと感じますね。アジア諸国のレベルが上っているのかもしれないけど、それでも日本のサッカーとはまだまだ差があると思うし、そもそも現状の出場枠が4.5枠と1997年当時の3.5枠では厳しさは比較にならないと思いますので。まぁ、多少、苦戦したほうが個人的には盛り上がると思ういますし、マスコミ的にもそのほうが好都合かとは思いますが、残念ながら”そのような”盛り上がりはあまり期待できないかと思っています。

 ネットフリックスで作品をあさっていたら、ちばあきお著の青春野球漫画「プレイボール」のアニメがあってので久々に見る。この作品、基本的には野球漫画なんだけど、中学の時に野球で指を怪我した主人公が高校では最初サッカー部に入るというストーリーになっている。で、所詮は漫画だからリアルに描く必要はないのはわかるんですが、今見ると「サッカー部でサッカーを練習するシーン」の描き方があまりに酷くツッコミを入れたくなってしまいました。インサイドキックしている人が1人もいなく全員が「インステップキック」しているのはビジュアル的な意味合いであえてそうしているのかもしれないけど、「先輩部員と主人公とのサッカーでの1対1の勝負シーン」は高校生というよりも小学生のサッカーという感じで「サッカーを侮辱している」ようにすら感じました。アニメなんで戦術云々を描くのは難しいと思いますし、この原作が描かれた1973年当時はそういう時代だったのかもしれませんが、クライフ&ミケルスのトータルフットボールが披露されたのが1974年だったことを考えるとどうなんでしょうかね。まぁ、私自身も1982年に地元の中学で部活サッカーしていたときには「ベッケンバウワーのリベロシステム」のできそこないしか教えてもらえなかったので、当時は「世界から10年位遅れた戦術」が基本だったのかもしれません。

 ちなみに、以下によると、あの名将クラマー氏が日本代表監督時代に「インサイドキック」を教えたとの記述があり、さすがに「プレイボール」の連載が始まった1973年当時はインサイドキックという認識はあったかと思うのですが、それほど一般的ではなかったんでしょうかね?

1960年、日本代表の監督に就任すると、インサイドキックなど基礎から徹底的に鍛え直し、1964年の東京オリンピックではベスト8入りを果たした。1968年のメキシコ五輪では、アドバイザー的役割を果たし日本の3位入賞・銅メダルに引き続き貢献。1969年、千葉で開催された第1回FIFAコーチングスクールでは、スクールマスターを務めた。国内リーグ創設、指導者の育成などは、クラマー氏の提言によるものであった。引用元

 言いたいことは、そんなクラマー氏やオフト氏、ジーコ氏、トルシエ氏、オシム氏などの薫陶も得た日本サッカーは、1973年当時とは比較にならないほど成長したと思うし、それは1997年当時と比べても同様なのかなということです。


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Posted on 2016/08/27 Sat. 17:16 [edit]

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ドナとピアソン 

そういう意味で、ドナは正に現代のアメリカでしか、あるいはアメドラでしか(笑)お目にかかれないタイプのキャラであるし女性であるし、美女であるし(笑)、その言わば"壁"が強烈な憧れを誘うわけですが。見てると何か、"アメリカ万歳""アメドラ万歳"、ついで"男女同権万歳"と叫びたくなります(笑)。"ドナ"を届けてくれて、ありがとう。
引用元

海外ドラマ「スーツ」は私も好きでそれなりに見てるんですが、確かにドナは良いキャラですよね。「アメドラでしか(笑)お目にかかれないタイプ」かどうかはわからないですが、日本で似たようなタイプの「できる女性」がいるかと言われると確かに想像できない。って、日本のドラマも女優もよくしらないんですけどね。

で、この「スーツ」そうだけど、今の海外(アメリカ)ドラマ見ていて改めて思うのは、登場人物の人種が多彩であるということ。
白人、黒人、ヒスパニック、アジア系と、くまなく網羅しているのは、普通に今のアメリカがそうだからなんでしょうか。視聴率とるには、偏った人種にフィーチャーしていちゃダメなんでしょうが、このあたりの感覚は日本の社会と「まだ」違いはあるようには思えますね。日本のドラマが多国籍化しているのか知らないんだけど、たとえば日本の美少女アニメとかで黒人やヒスパニックの美女が出てくる作品は、あまり見たことがないかな。ハラショーはいるけど。

多国籍という意味では、この「スーツ」に出てくる黒人所長「ジェシカ・ピアソン」なんてのは、個人的には非常に好きなキャラです。女性で黒人で法律事務所の所長というのがアメリカで珍しいのかどうかはわかりませんが、その昔のスパイク・リーの映画みたいにな「黒人マイノリティやっほー」みたいな存在でなく、ふつうにアメリカ社会に溶け込んでいるように描かれているのは、時代がそうなっているからなのかしら。

今はマイケル・ジョーダンの時代ではなく、レブロンの時代ですし、きっとそうなんでしょう。

「ウォーキング・デッド」の韓国系アメリカ人「グレン」さんも応援しているのですが、サッカーのチェルシー同様「多国籍」化というのは、個人的には好きですね。



ちなみに、前回のエントリーの補足。

「ヤロシクの法則」
⇒サッカー選手はどんな選手であっても、基本的にレギュラーで試合に出たいという欲求が有り、「チームの為に、ベンチでスーパーサブをよろこんでやる」選手なんてのは、ほとんどいないという法則のこと。ヤロシクとはチェコの選手でモウリーニョがチェルシー監督時代の1年目だったか、シーズン途中で獲得。特にスーパースターでなく、レギュラーでもないし、将来性もそれほどなく、ユーティリティ選手としてベンチに置いておける「使い勝手」がいいところが持ち味という感じで、本人も、それを承知で「チェルシーで黒子でがんばる」ことをわかったうえで加入していたと思っていたのだが、なんと、その後「レギュラーになれないのなら移籍する」と言い出してチェルシーを去ってしまう。普通に考えれば当時の金満チェルシーが彼をレギュラーで起用することは絶対無いし、本人もそれは自覚していたとばかり思っていたのだが、そうではなかったことに個人的には衝撃を受けた。

「フェレイラの定理」
⇒そんな中、ポルトガル人のパウロ・フェレイラはレギュラーになれなくても「チェルシーの選手としてベンチ要員でもOK」という感じで、文句もいわず黙々とチームの為に自己犠牲していた日本人の鏡のような選手。まぁ、チェルシーの高い給料とロンドンでの生活ができれば、それでよかったのかもしれないから残っていた可能性もありますが、たとえそれでも短い出場時間ではいい仕事をしていたのはチェルシーファンのすべてが知るところ。

Posted on 2016/08/24 Wed. 01:12 [edit]

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プレミアリーグ「ワトフォード対チェルシー」感想文 ヤロシクの法則とフェレイラの定理 

開幕2連勝とはめでたいけど…、手放しで喜べるかというとそうでもないかなと。

たとえば単純にピッチ上の選手の有無で判断すると、マティッチ⇒セスクの交代以降で2得点なわけで。
もちろん、FWバチュアイの投入策も大きく関与してはいるけど、前に書いた「中盤の攻撃力問題」が早くも露呈した感じではある気はしますね。

コンテ監督がセスクについてどう考えているのかわかりませんが、開幕2試合はマティッチ&カンテのコンビが先発で戦っているわけで。当然、セスクとしては、この状況はおもしくはないですよね。いい話でもあれば、移籍するかみたいな?
逆に「いい移籍話があるから、コンテ監督が使えない?」って筋書きもあるのかな?

どちらにしても、セスクは「ヤロシク」であって「パウロ・フェレイラ」ではないと思うわけで。

今の状況が続けば、チェルシーから去る可能性は十分にあると思ってます。

普通に考えると「中盤のスーパーサブ」という状況を良しとする選手ではないですからね。それだからこそ、バルセロナを離れてチェルシーにきたわけですし。

というわけで、コンテ監督のここからの手腕に注目です。中盤でローテーション駆使してセスクを「ヤロシク化」させないのか、それともマティッチをどうにかするのか?

個人的には何度も言うように、彼らに変わる第三の刺客を獲得というのもありだと思っているんですけどね。って、ボランチで攻撃力ある選手なんて、今いないですか。

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Posted on 2016/08/23 Tue. 00:29 [edit]

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プレミア開幕「チェルシー対ウエストハム」感想 ランパードは偉大だった! 

昔のモウリーニョ戦術ってカテナチオっぽかったわけで。

そういった意味では今季チェルシーがイタリア的な戦術になっても、全然違和感はないのかな。

もちろん、コンテ戦術=カテナチオではないのだろうけど、昔からチェルシーファンにおなじみの「マケレレロール」で戦われると、懐古主義の血が騒ぐよね。

いわゆる「フォアリベロ」にカンテを配置するというのはチェルシーファン的には王道なフォーメーション。

なので安心ではあると思うんだけど、逆にそのストロングポイントはもちろん「ウィークポイント」だって、なんとなくわかっているわけでして。そこは心配なわけです。

たとえば中盤の得点力。マティッチ=ランパードでないのは明白なわけで、そんな攻撃力がない中盤にマケレレロールという戦術はかなり不安なんですよね。ほら、マティッチにはミドルシュート力ないし、ペナルティエリア侵入するセンスもないわけだし。カンテで1人守備要員使っているのに、さらに攻撃力がない中盤というのはプレミア優勝を狙うにはキツイかなと。もちろん守備は安定すると思うので、昨年よりはいい成績を残せる可能性は高いけど。

で、合わせて「4-1-4-1」でワントップにコスタでしょ。彼はどちらかというとツートップで生きる気もするし、守備的なマケレレロールだとどうなんでしょうね。確かに開幕戦のゴールは見事だったですけど、あのゴールも「2トップ」的な布陣に変更後だったと思うわけで。やはり、やはり、今季のチェルシーは得点力が不安なわけです。

まぁアザールがいる限り「戦術アザール」で行くべきだし、それしかできないのかもしれないんだけど、彼は気まぐれですからね。

コンテが真の戦術家であるとするなら、それらを超越したサッカーが展開する可能性だってもちろんあるんだけど。

アンチフットボール万歳!

ちなみに、SMAP解散って、そんなに悲しむことなのか? 逆にいがみ合っているもの同士が無理していっしょにいるほうが、見てて気の毒な気はしませんか? 

「レコードの棚が変わってしまった」ことなんて日常茶飯事。


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Posted on 2016/08/19 Fri. 02:31 [edit]

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プレミアリーグ「マンチェスター・シティ対サンダーランド」感想文 グラウディオラらしさとは 

グラウディオラ=バルセロナではないと思っているんだけど、じゃあ「グラウディオラのサッカー」とは何なのか?

みなさんは、どう思いますか? そんなものはない? いや、ある? 

バイエルン・ミュンヘンで監督しているときに、それがわかった人は流石ですね。

私? よくわかってません。そもそもバイエルン・ミュンヘンの試合あまり見なかったし。

つうわけで、今季のマンチェスター・シティのサッカー注目してます。グラウディオラで、どう変わるのかって。ペジェグリーニのスタイルと違うのかってね。

開幕戦、ざっくりと見ました。相手はモイーズ新監督のサンダーランド。

まぁ、グラウディオラになったけど、サッカー自体は基本的にはそんなに変わってないです。選手はあまり変わってないし、サッカーの戦術は誰が監督でもあまり変わらないですからね。オシムとかトルシエとかは特殊だったけど、基本、誰が監督でもあまりスタイルは変わらないですよ。ビエルサ? まぁ、彼は違うのかもしれんけどね。

ほら、ボールポセッション時に中盤の1人が下がって3バックみたいになるなんて、別に驚くようなことじゃないじゃないですか。ピルロシステムとか言うんだっけ? まぁ確かに、単にピルロを配置するだけでなく、中盤の底で安定してボールキープして、余裕を持ってボランチ的な人がパス出している感がしたのは「グラウディオラらしさ」なのかもしれないけどね。

で、サイドが昨年よりワイドになった感がしたのは、たぶん目の錯覚でしょ。ウイングを中心にサイドから崩すのなんて、どこでもやっていることですからね。

そう。「ボランチ⇒ウイング」。

この流れは、現代サッカーの美学ですよね。

え? ズラタンなどワントップに放り込むのがプレミアリーグ魂だって? 

そ、そうかな? 

ということは、グラウディオラはやっぱ神だっ! 今日今から「グラディエーター」の映画を徹夜で見るぞ! おー!


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Posted on 2016/08/16 Tue. 00:13 [edit]

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Netflixオリジナル「ストレンジャー・シングス 未知の世界」と80年代 

Netflixオリジナル作品のSFドラマ「ストレンジャー・シングス 未知の世界」を見たんだけど、「80年代のオマージュ」という設定にしたところはうまい。

80年代多くのファンを魅了したSF映画へのオマージュ満載でお届けする「ストレンジャー・シングス 未知の世界」。物語の舞台は1983年の米国インディアナ州です。平和だった小さな町から、一人の少年が忽然と姿を消します。家族や地元警察が捜索を続ける中、謎の少女が突然現れ、政府による最高機密実験や、次から次へと起こる超常現象に隠された真実など、闇に包まれていた町の秘密が暴かれていきます。引用元




あまり予算掛けてないし、正直、普通に見ると1話切りでいい出来だと思うんだけど、「まぁ80年代が舞台なら、こういう話もありか」って思える人なら、それなりに楽しめる気はします。80年代という設定なら、こういう「いかがわしい話」も少しはリアリティがあるみたいな? ウィノナ・ライダー起用も、そういう意味で考えるとうまいし。

川島未来さんが以下で述べているように、70年代や80年代はそういう時代だったわけで。

それどころか70年代的ファンタジーをそのまま80年年代に引きずり込んだものこそ、ヘヴィメタルだった。引用元



もちろん、今だって似たようなものかもしれないけど、少なくともパソコンやケータイが普及した後と前では「時代」は違うと思うわけで。このドラマで描けれている世界観は、どう考えてもパソコンやケータイが普及する前の時代なんですよね。

そういう、「時代検証」からのオマージュは重要。

80年代はすでに、そういう一つの歴史というか時代というか「世代」として捉えるということが、今こそ必要なのかもしれません。

で、そんな70年代80年代カルチャーの洗礼を受けた世代って、それなりの層がいるんですよね。ロック世代というか、映画世代というか。

前にも書いたけど、いわゆるロックは今、完全にオヤジ世代の娯楽の象徴となっている気がしてます。そこにSF映画とかもシンクロしているのかなと。


くしくも同じ日に、『12-12-12/ニューヨーク、奇跡のライブ』というのをNetflixで見ていたんだけど、出演したミュージシャンは、基本、古き好き偉大なロックミュージシャンたち。見ている観客のほとんどが、先の「70年代80年代カルチャーの洗礼を受けた世代」って感じで、そういう中年や老人がロックを消費しているというのを再認識できる映像でした。

唯一、映画内でGoogleのシュミット氏が登場して「WEB募金の窮地を救った」ところは「90年代以降」ぽさを演出していて、個人的にはそこは興味深かったかなと。シュミット氏もけして若くはないんだけどね。


Posted on 2016/08/09 Tue. 02:07 [edit]

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ウォン・カーワイ監督「グランド・マスター」レビュー 今更ながらですが 

ウォン・カーワイ監督の映画「グランド・マスター」をやっと見ることができました。カンフー映画なので「恋する惑星」的な面白さを期待して見ると肩透かしをくらう映画かとは思いますが、中国人の哲学論的な視点から見ると、それなりに面白い映画である気はしましたね。

まずは、他の人のレビューから引用。

「カンフーは横か、縦か」負けて地面に倒されるか、立ったまま勝利を手にするか。要するに、カンフーは流派がどうのこうのではなく、「勝つ」か「負けるか」の世界なんだ、という話。イップ・マンが語るカンフー哲学のかっこいい独白から始まる映画のわりに、今一つイップ・マンが戦う理由が描かれていなくて。実際、イップ・マンは自分の力を使う場面において、全然「横か、縦か」のカンフーをやらないんですよ。引用元



続いて、ウォン・カーワイ監督のインタビューから。

この映画を観て、武術を始めようと思う人はいないでしょう(笑)。でも、まず本作で感じてほしいことは、本当の中国武術の姿、カンフーの姿を理解してほしいですね。現代では健康維持のためにカンフーをしている人が多いですが、本来の武器としての武術があります。映画なのでオーバーに演出していると思うかもしれないですが、そういうことじゃない。技術、武器、哲学、人生に対する態度、そういうものを劇中に感じ取ってほしいです。引用元



つうわけで、「カンフー映画」として批評するのは映画の本質的にはNGなのかなと。もちろん、カンフーシーンもよく描かれているので、それを主軸に考えるのも間違いではないのかもしれないけど、それよりも私が映画見終わったときに感じたのは「人生論的な映画だな」でした。

簡単にいえば、

「勝つ」か「負けるか」の世界⇒カンフーについて

ではなくて、

「勝つ」か「負けるか」の世界⇒人生そのものについて

を描いている映画なのかなと。なので、

オープニングでもエンディングでも「哲学」を語っているわりに、結局イップ・マンが本気で“勝つか負けるかのカンフー”(縦か横かのカンフー)をしている場面は描かれていないに等しいわけで。引用元



と書かれると、ちょっと違う気がするわけで。もちろん、そういう見方もあるとは思うんですが、なんというかカンフーはあくまで人生の一部であり、「カンフーが人生のすべてではないよね」的なメッセージのほうが強い映画かと思うわけで。カンフーでの勝ち負けも大事ですが、人生はそれだけではないよねっ、それに振り回せれる人生はどうなの?て話かなと。

人生には恋愛もあれば、仕事もある。そして戦争によって人生が変わってしまった人がいるというお話かなと。

(人生でさまなま困難に直面しても)“最後に立っている”ためには、どうすればいいか。その答えは、中国武術の考え方の中にあります。いかに困難を克服して、自我を残して“最後まで立っている”ためには、どうすればいいか。そういうことを、映画を観て感じてほしいです。引用元



この映画、戦争の話が出てきます。日本です。彼らにとって敵国です。日本人が彼らの人生を変えます。日本が彼らを困難に落とし入れます。その「日本との戦争」という困難を克服して「最後まで立っていられるか」というのも物語の大きな要素となってます。つまり、ある意味「戦争映画」なんですね。

例えば、八卦掌はルオメイの代で絶えてしまうことになるんだけど、このイップ・マンとの微妙な恋愛関係があることでイップ・マンが自身の流派の中に八卦掌のエッセンスを取り込み、詠春拳の完成に至った、という展開であれば、あの恋愛っぽいニュアンスに意味があると思うんですよ。引用元



確かに恋愛要素は微妙ですが、2人の恋愛がそうなった理由は「戦争」にあるとも描かれているわけでして。つまり、映画で描かれている戦争の話を抜きにして語るのは、違和感があるなということ。

「カンフー」にすべてを捧げた人生は「勝ち」?
カンフーによって「恋愛」が生まれたけど、戦争がそれを壊すというのも人生?

ということを問いかけてくれる映画なのかなと。それが面白いかどうかは別として。同系統の映画なら「さらば、わが愛/覇王別姫」のほうがおもしろいと個人的には思いますし。

ちなみに、個人的には「恋する惑星」の魅力に一つだった映像美というかカメラワークが、いまいちに感じられたのが少し残念。
撮影したのがクリストファー・ドイルさんでなくなったことがその原因かな?

というわけで、見てない人にはおすすめの映画です。

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Posted on 2016/08/06 Sat. 02:06 [edit]

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5バックだっていいかな、組織的であれば。ただし、攻撃を考えるなら、できるだけ前へ? 

「どこからプレスを掛ける位置」ももちろん大事ですが、それよりも「チームとしてどこでボールを奪うのかというイメージを共有できているか」ってことのほうが大事な気がしてます。

もちろん、個人単独でプレスを掛けることだって、それなりに意味はあるんだろうけど、それよりも「1人がプレスを掛けて、その他の2人がそのプレスによって予想される相手のパスをインターセプトする」動きができることのがいい守備だと思うわけです。

それこそが、「連動した組織的な守備」であり、それができるチームのほうが、いいのかなと。

もちろん個人の技量にもよりますが、ぶっちゃけ「高い位置から適当に連動性無くプレス」するよりも、「低い位置で組織的に連動して守る」ほうが良い守備が出来ると思うし、その逆に「高い位置から連動してプレス」ができるなら「低い位置で適当に守ること」よりも良いサッカーができるのかなって思ったりして。

大切なのは「チームとしての組織的な動き」かと。もちろん、個人の守備力攻撃力があってこそなんですが、サッカーは1人で行うスポーツではないわけで、チームとしての動きをイメージ出来ないと見ててもつまらないですよね。

その狙い通り、名古屋は敵陣までプレスに行かず、相手にボールを保持されても自陣でブロックを作って確実に跳ね返すことに重点を置いた。引用元

攻守のバランスを見直してイザという時は前に人数をかける、あるいはシモビッチにクロスが入った時には永井や和泉がもう少ししっかりフォローできるポジションを取るといった修正を重ねていくことが肝要だろう。引用元




まぁ、確かに引きすぎなのは問題だとは思うけど、「スペースを消す」というのはサッカーでは大切なことだと思うので、その観点から考えると「自陣にブロック」は悪く無い守備なんですよね。例えばコンテ新監督のチェルシーも、どちらかというと「最終ラインと2列目でブロック」を形成して、そこにボールがきたら連動して守るという感じですが、低いなりにも「なるべく前で奪ってカウンター」とかできれば、それなりにチャンスも出てくるわけで。組織的な守備をいろいろな位置で出来るようになれば、それなりに得点も生まれる気はするんですけどね。個人技がないのなら、自ずと「連動性」しかないみたいな。

ただ「連動する」ってことは、それによって複数の人が行動するので「弱点が生まれること」もありうるわけで。そのあたりの「リスク」に対する保険の掛け方が「監督の戦術の見せ所」であったりするのかなと。

・オシムは「走る」というキーワードで、そのリスクを回避することを提案。
・グアルディオラは「攻守の切り替えの速さ」というキーワードで、そのリスクを回避
・コンテは「コンパクト」というキーワードで、そのリスクを回避?


じゃ、モウリーニョはどうリスクを回避する作戦を採用しているのかな?


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Posted on 2016/08/02 Tue. 02:22 [edit]

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2016-08