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TVアニメ『ラブライブ・サンシャイン』13話までを見た感想 

TVアニメ『ラブライブ・サンシャイン』13話までを見た感想。

・「学校の廃校」というテーマは前作と共通してあるけど、前作で輝いていた「そこからさらに一歩踏み出したもの」がイマイチ見えなかったのは残念。 これは、意図して「それ」に絞ったのか、それとも、それ以外は描けなかったのかわかりませんが、今作の舞台を沼津にした ところに「それ」に絞った理由があるのかなぁ。


・まぁ今作の「ゼロをイチにしたい」というのは、単なる廃校阻止以外のテーマも含んでいたのかもしれないけど、13話を見た感じ、それは伝わってこなった。

・例のミュージカル調のメンバー紹介の意図を僕が掴みきれてないところもあるのかもしれないけど、要は「これまでのストーリーのおさらい」というご都合主義に見えてしまったところは問題だったのではないかなと。


・脇役の「モブ3人衆」が急に「私もラブライブに出たい。アクアに入れてくれ」と頼むシーンがあるけど、あそこで主役級のメンバー高海千佳が「YES」と答えちゃったところも興味深い。まぁ、確かに「NO」とは言いづらいのはわかるが、前作で感動を呼んだ「μ's(前作のグループ名ね)は、この9人のメンバーじゃないと駄目なので、解散します」というメンバー愛というか、「誰でもいいわけじゃない」というアイデンティティは「誰でも出来るスクールアイドルグループ」から「頂点を狙うアイドルグループ」へのメンバー達の成長の証だったところもあると思うんですよね。

・もちろん「3年生が卒業」という大義名分はあったにせよ、新一年生であるそれなりにアイドルの素質のある亜里沙と雪穂の加入を断ってまで「奇跡の9人以外はNO」という道を選んだ意図はある意味感動をよんだわけですが、それと今回のアクア(というか千佳ちゃん)の「モブでもOK」という方向性と比較すると、そこには確実に「アイドルに対する意識の差」の問題が見られるわけで。あえて、その差を描きたかったのか。それとも、単にその差を描ききれなかった? どちらかわかりませんが、現状ですと後者にしか見えないところが問題な気がするわけで。

・もっというと、要は「3年生のキャラクター設定の差」がそのまま、お話に影響しているとも言えなくはないのかな。μ'sでは、バレエがうまいハラショー絵里が3年生に君臨しており、μ'sに入る前に「踊りが下手」と他のメンバーに指摘。それに対して「じゃ教えてください」というμ'sメンバーの本気度というか真摯な気持ち&その厳しい(?)指導にヘコタレずに努力するというお話がうまく描かれてました。同じ3年生のニコも「アイドルとはみんなを笑顔にする存在」という持論をメンバーに植え付けていたし、3年生がある意味「意識高い系」な役回りをこなしていたと思うわけです。で、まぁ、μ'sとは「たまたま集まった9人」ではあるけど、それって実は「選ばれた9人=奇跡」みたいな感じで描いていたと思うんです。だから、ライバルのアライズもその実力を認めたし、実際にラブライブで優勝もできたみたいな。

・それに対して、今回の3年生。まぁ、もちろん生徒会長だったり理事長だったりと、それなりの出来た人物の集まりではあったと思うんだけど、「アイドルに対する考え方」に関しては、どうもイマイチ深く描かれてないところがあるのかなと。もちろん「2年前の歌えなかったことに対するリベンジ」というのは、それはそれで美しいけど、ただ彼女たちが他の学年の子たちにどれほどの影響を与えたのかと考えてみると、そこはあまり描かれない気がするわけで。要は、そこが冒頭の「学校廃校」というテーマ以外に波及しなかった原因でもあるのかなと。なんというか脚本家泣かせのキャラ設定だったみたいな感じ?


・もちろん、モブ加入をOKとした千佳の考えはもっと前向きなものだったんでしょうが、普通に考えれば「アクアとはなんぞや?」「この9人以外でもOKなの?」という前作同様の悩みにぶち当たってもいいかと思ったり。まぁ、まだその境地に達する前だったのかもしれないけど、前作のμ'sだったら海未や絵里といった「良識派」が歯止めを掛けていたと思うわけで。今作サンシャインにはそういう良識派的なキャラをうまく設定してなかったところが、個人的には厳しかったと思った次第でした。

・まぁ、まだ続きがあるのなら、そのあたりうまく描くのかもしれないけど。

・「ずら」をはじめ1年生のキャラ設定はすばらしいと思うので、少し残念。

・で、なんで沼津なの? ってそれはいいとして。アクアのメンバーにとって「アクア」とは? 「ラブライブ」とは? 前作と重複するけど、そのあたりはやっぱきちんと描いてほしい気はしますね。

以上、ライトなアニメファンの戯言でした。
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Posted on 2016/09/27 Tue. 03:29 [edit]

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プレミアリーグ「アーセナル対チェルシー」感想文 選手の問題って本当に? 

また、後半に得点を返そうと、コンテ監督は同10分にセスク・ファブレガスに代えてMFマルコス・アロンソを投入。最終ラインをDFブラニスラフ・イバノビッチとDFガリー・ケーヒル、DFダビド・ルイスの3バックに変更していた。「この状況を変えなくてはいけない。失点が続いているからね。2バックだろうが3バックだろうが、あるいは4バックだとしても、このチームに適切なプランを用意するのが私の仕事だ」と話した。
 今後に向けては「ハードワークで改善を目指す」とし、「今のチームは名前ばかり豪華で、ピッチの上ではそうではない。ピッチは嘘をつかない。そこでの結果が全てだ。昨シーズンが昨シーズンだっただけに、変えていかなくてはならない。困難な道のりだが、しっかり受け止めることができれば、また上を目指していくことはできる」と今後の改善を誓った。
引用元

リバプールに続きアーセナルにも完敗。この体たらくは、個人的には選手の問題ではなくて監督の問題としたいですね。戦術やプランの問題が大きいかなと。確かに表面上は個人のケアレスミスが問題なんだけど、それを改善できてないのは監督が無能だからだという思想。まぁ、詳しいことは知りませんが、ケアレスミスに関しては言葉で適当に注意しているだけなんでしょう。要はこのミスを、戦術やチームの問題としては取り組んでないのかなと。で、それが問題だと言いたいわけです。それを裏付けるコメントが次の「名前ばかり豪華で、ピッチの上ではそうではない」。

要は俺は悪くない選手が悪いってことだと思うんですが、これは言っちゃだめだよな。確かにケーヒルのミスは酷いけどさ。

あと、ケーヒルのこのミスは「ボールポゼッション時のミス」であり、それって多分に攻撃時の戦術的な問題が絡んでいるという認識でいいですよね。ポゼッション時のポジショニングや意識の問題が裏には潜んでいるのかなと。

ちなみに2失点目は、例によってボールと反対サイドのゾーンのケアの問題であり、3失点目はダビドルイスの2対2の守り方のミス?

まぁ、まだ全然取り返せますので、しっかりと立て直してほしいですが、安直に3バックにしたり、若手を起用するようなことはしないでいただけいたい。その前にやるべきことは山ほどあると思うので。



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Posted on 2016/09/25 Sun. 20:31 [edit]

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サッカー雑誌のエアインタビューと広告塔バッジオ 

エアインタビューを疑う理由の一つになっているのは、取材時の写真がないことだ。記事には誰にでも入手のできるフォトエージェンシー配信の写真が使われている。もちろん、時に取材を電話で行い、写真は配信写真を使うこともあるだろう。しかし、〝ホセ・フェリックス・ディアス〟の署名記事のように、著名選手、監督にインタビューしながら、全ての記事で現場の写真がないのは、明らかに不自然である。
引用元

写真は確かに一理あるね。けど、いわゆる「独占インタビュー」的なものじゃなく、共同インタビュー的な場合もあるわけで、そう考えると微妙ですね。正直どうでも、いいけど。

ちなみに、エア取材といえば昔のロッキンオンが思い出されますが、以下の「ぼくのWeblog」さんが書いていることは結構重要。

しかし、その架空インタビューに象徴される、思い入れ、三度のメシよりロックが好きで好きでたまらないというマニアの思い入れ、それを吐き出す場としてロッキンオンは、音楽を聴く人間にいちばん近いところで作られた雑誌だった。僕自身、思い出すとちょっと恥ずかしくなるような記事を投稿してもちろんボツになった経験もあるのだがそれはまぁ、いい。
引用元



要は架空でも面白いものは作れるし、そのほうがいい場合だってあるということ。もちろん、嘘書いちゃだめだけどね。「神様に救われた」って言ってないのに、言ったことにするとかは論外だけど、必ずしも架空だからつまらないということはないのかなと。

そういえば、今まで読んだサッカー選手のインタビューで一番おもしろかったのは、確かダイジェストだったかが行ったロベルト・バッジオのインタビュー。あれはすばらしかった。まさに伝説と言っていい内容。覚えている人いるかしら? なにがすごかったって、あの某宗教に関して本人が語っていて、「池○先生」と名前をしっかりと出して大絶賛していたのは、すごかった。当時はステマだと思っていたけど、あれ、もしかしてエア? だとしたら、それはそれですごいよね。

まぁ、たぶん諸事情でその部分をカットできなかったとか、広告塔的には言わざるをえなかったところもあるのかもしれないけど、そのあたりの裏事情は気になるところです。


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Posted on 2016/09/21 Wed. 02:04 [edit]

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WiredとVRとESP 

「ここ東京ゲームショウで、ぼくのお気に入りのドリームキャストの2つのゲーム『スペースチャンネル5』『Rez』を見たり、仮想現実に入ったりするのは不思議な感じがします」と彼は言った(セガのスペースチャンネルチームによる別のゲームタイトル『Rez』は、Playstation 4 VRのゲームとして来月公開される)。「ぼくは基本的に全部試してみたけれど、“マンガヴュアー”は試してみた?」
引用元

VRはかなり期待してますが、確かに視点や操作性が変わることで、全然違うゲームに化けるものはありそうですね。セガ系なら、ほかにも、昔、一斉を風靡した「バーチャファイター」とか「バーチャロン」とか「シェンムー」とかも、VR化したら面白そう。
もちろん、合う合わないはあると思いますけど。セガラリーとか酔いそうだし。って、スペースチャンネルといえば、水口氏って今何やっているんでしたっけ? ゲーム会社設立?

このところ、忙しくて雑誌「wired.vol23」を買い逃してしまっていたのですが、改めてウェブで目次見てたら、以下の記事があることを発見。

楽器メーカーのESP、そしてDJ機器メーカーのVestaxを創業した男、椎野秀聰。50年間ブレない彼の強靭な理念は、自らを動かし、周囲の人間を動かし、世界の音楽に大きな変化をもたらした。知られざる天才クリエイター・起業家の人生を追う。引用元

こちらのESPの創業者の特集は読みたい!!! ESPといえば、その昔、渋谷の246沿いにある店でギター購入したことがあったんで、懐かしい。椎野秀聰氏のことは知らなかったのですがVestaxも創業? ネットで調べてみると…。
 

私が1977年11月(昭和52年11月8日)に創設したVESTAXが、2014年12月、倒産したというニュースが走りました。一体、何が起きていたのか真実は誰も知りません。私は創業者として皆様に報告すべき義務があります。
引用元

倒産に復活? ここでおっしゃっていることはわかりますが、ただマネーゲームや価格重視が悪ばかりとは僕は思いません。現に、僕がESPでギター買えたのもその恩恵があったと思うから。物作りに対するアティティードは仰せの通りだと思いますけど、必ずしもコモディティ化が悪とは言えないのかなと。

報道されている数々の画像でお気づきの方もいらっしゃると思いますが、プリンスが主として愛用していたギターは私が1970年代に製作したもので、「HS ANDERSON」の「MAD CATS」です。本人が気に入って複数ご購入されたようです。
引用元



ついでにこちらも。なんとプリンスも使っていたのか!

Posted on 2016/09/19 Mon. 01:08 [edit]

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プレミアリーグ「チェルシー対リバプール」感想文  ゾーンというデジタル的な守備の落とし穴 

もちろんゾーンで守ることは基本だと思うんですが、だからといって「相手選手のポジション」を考えないで守るのは論外であると思うんですよ。

チェルシーの1失点目はまさにそんな論外な感じで、ゴール前を固めていたんだけどそこにはリバプールの選手はおらず、逆サイドをフリーで突かれて失点。

まぁマンマークで守るのがいいとは思わないし、逆サイドのケアは難しいので仕方がない失点なのかもしれないけど、もう少し「人をケア」した守備をすべきだったとは思いますね。特にゴール前では。

2失点目はシュートが素晴らしかったとは思うけど、あえて苦言を呈せばケイヒルのクリアがイージーすぎでした。クリアするならもっと安全圏に蹴るべきだし、つなぐなら正確にパスすべきでしょう。ケイヒルはスウォンジー戦でも軽率なミスから失点してたけど、技術がないならセイフティなプレイを心がけるべきですかね。まぁ、新監督のもといろいろと大変なのかもしれないけど、ミスという結果はケイヒル本人のミスという烙印になると思うんで。

トップ下のオスカルを下げ、セスク、マティッチ、カンテの3センターを採用する[4-3-3]こそ同メディアが期待しているシステムで、セスクが入ればジエゴ・コスタらもさらに活きるはずだと伝えている。
引用元

確かにセスクの攻撃力は魅力的ですが、じゃ「セスク、マティッチ、カンテ」がベストかと聞かれれれば、個人的には、そんな単純なことではないと思っています。ジエゴ・コスタはフィニッシャーとしては秀逸ですが、ワントップだと彼の良さが出ないのではないかという不安要素はあるんですよね。セスク⇒コスタの縦一本という単純な攻撃でも1試合に1回くらいはチャンスが生まれるんでしょうが、長いシーズンをその単純な攻撃パターンで乗り切れるとは思えないわけで。まぁ、相手次第では、そういう戦い方もありくらいかなと。もちろん、セスクを残留させた責任もあるわけですから、もっとローテーションして先発でも起用すべきだと思うけど、指揮官的には「チームのためならワンシーズンベンチでもいいよな」思考な可能性が高いのかしら?「アンケート調査でもセスクをスタメンで起用すべきと答えたサポーターは92%にも上る」はどうでもいい。別にファン投票でスタメン決めるわけじゃないんだしね。

個人的には何度も言うけど、マティッチはあまり買ってないので、彼を外してルイスまたはセスクが希望です。


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Posted on 2016/09/18 Sun. 21:43 [edit]

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プレミアリーグ「マンチェスター・ユナイテッド対マンチェスター・シティ」感想文 未来があるのは? 

 前半だけTV観戦しました。なんというか「モウリーニョらしさ」と「グラウディオラらしさ」が出ていた試合だった気はしますが、モウリーニョのあの「チェルシーで失敗したスタイルの継続」に未来はあるんですかね。

 まぁ、昨年のチェルシーでのモウリーニョは酷すぎたというのはわかるんだけど、守備重視すぎるというか規則で規制しすぎる「お馴染みのスタイル」はマンチェスター・ユナイテッドというチームには合わない感じはします。どんなスタイルでも勝てれば「変わる」のかもしれないけど、あえてアンチに舵切るのは得策じゃないと思うんですけどね。選手も可哀想ですし。

 この試合のマンチェスター・ユナイテッドの選手が陥っていた「選手の動きに躍動感がなくなってしまう&連動性もなくなる」というのは、まさにアンチフットボールの「負」の部分。もちろん、ケアレスミスがなくなって失点しなければ「勝機アリ」の可能性が高いのでその戦術を選択しているのはわかりますが、個の守備力がないのにアンチするのはある意味自殺行為なんですよね。未来を見据えているのはわかります。が、それでも、その戦術を選択していたのは、悪く言えば「バカの一つ覚え」な感じがして哀れでした。   
 逆に言えば、チェルシーで昨年あれだけ恥かいて、今年マンチェスターユナイテッドでも同様の戦術を継続するその度胸は、偉いのかもしれないけどね。はたして、その度胸は、どこからきているのか? まぁ、そのやり方に確固たる自信があるのか、または、そのやり方しか知らないんでしょうが、私には、あまり明るい未来は見えませんでしたね。
 
グライディオラは「さすが」というサッカーを見せてくれました。ボールポゼッションはしっかりとできているし、選手個々がスペースの使い方を楽しんでいる感じがして、そこがおもしろい。要は選手に「しっかりと考えさせてサッカーさせている」ところがすばらしいわけです。まぁデ・ブライネの縦のスペース動きは、ある程度スカウティングによるところもあるんでしょうが、それでも、モウリーニョのチームとは逆に「選手に躍動感」がある感じだったのは見ていて救われました。まだ完成してないとはいえ「輝かしい未来が待っている」予感があるサッカーを見せてくれて、本当にありがとう。もちろん、あのポゼッション戦術にも弱点はあるんだろうけど、その仕事ぶりはこれから拝見ですかね。

というわけで、この試合はグライディオラの完勝という感じでした。結果も内容も将来性も。もちろん、モウリーニョにも意地はあるんでしょうし、これからモウリーニョ・アンチスタイルが磨きをかけて巻き返す可能性はあるんですが、個人的には、もう少し戦術を変えたほうがいい気はします…。少なくとも、選手がきちんとプレイできる戦術にはしたほうがいいのかなと。

まぁ、今季のチェルシーもモウリーニョもどきなんですけど、この試合よりはまだましな気はしてます。選手の躍動感に関しては。

そういうった意味では、未来はあるのかなと。


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Posted on 2016/09/11 Sun. 23:16 [edit]

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サッカー日本代表戦術論。代表上位時代の終焉と選手至上主義 

1つの仮説としてだけど、古くからのサッカー日本代表のファンの中には「トルシエ信者」と呼ばれる人がいて、その人達は「トルシエが日本代表に新しい戦術を宣教師的に伝授」⇒「その戦術が日本各地に広がる」⇒「その戦術を習得するためにJリーグを戦う」的な神話を、まだ信じている可能性が高いのかなと思ったり。

まぁ、確かにトルシエが実際に日本代表の監督をしていた時はそんなイメージもあったかもしれないけど、少なくとも今の時代はそうではないと思うわけです。

つまり、ハリルは戦術の宣教師ではないし、彼のやり方にJリーグが合わせるなんてことはないわけです。

確かにオシムが代表監督のときは「宣教師」的な感じはしたけど、彼だって自分がその前にたまたま監督をしていたJリーグチームの戦術をベースにしただけとも言えるわけで。そう考えると「日本代表>Jリーグ」ではなく、「Jリーグ>日本代表」だったんですよね。(ほら、たとえば代表監督が3バック主義者で、いきなりJリーグが3バックのチームだらけになったらキモじゃない)。

 そういえば、今流行の中高一貫教育に倣ってか、日本代表も「五輪代表・日本代表一貫教育」をと唱える人もいるみたいだけど、ぶっちゃけ上記の理由「Jリーグ>日本代表」も踏まえて、その必要性はあまり感じないかなと。

 なんというか、そこまで日本代表を「軸」に考える必要はないと思うし、下手に「1人の監督のやり方に一任する」必要はないのかなって。まぁ、やりたい人がいるのなら、それはそれで任せてもいいのかもしれないけど、それって逆に怖いというか、悪く言うと「代表の私物化」につながりかねない懸念のほうが強いなって。

 まぁ、もちろん代表監督には、ある程度は「私物化」する力はあると思うんだけど、あまりに自分の教え子を重宝する傾向が高い人が監督だったりすると、それはそれでどうだろうかと思うんです。

やっぱ、私的には「監督」よりも、あくまで「選手」がメインであると思うわけです。当たり前ですけど。

何度も言うけど、監督の戦術はもちろん大事だけど、それ以上に「選手そのものが持つの技術」のほうが大事であると思っていて、極論で言えば「選手の力>監督の戦術」という構図であると思ってます。

たとえば、今季のプレミアリーグのチェルシー。もちろんコンテ新監督の戦術は素晴らしいと思うけど、それ以上にMFにカンテが加入したことが大きいと思っていて。いわば「個あっての戦術」なところは当然ながらあるわけです。コンテの戦術があれば選手は誰でもいいのではなくて、選手の力があってこその戦術。もちろん、その選手の技術を見抜く目は監督の力ではあるんですがね。

で、これは日本代表でも同じなはずです。ハリル監督の戦術さえあれば「選手はだれでもいい」訳ではなくて、基本にあるのは「個の選手の力」なんです。特に代表チームは練習する時間だってそれほどないわけですし、ベースとなるのは「選手個々のサッカー力」なはずです。もちろん、代表選手を選ぶのは監督の仕事ですし、大きな戦術を指示するのも監督の役目ではあるのでしょう。でも、それがすべてではないし、ベースとなるのは、あくまで選手個々の力なんです。

そんなことは、会社勤めしたことあるいい大人なら誰でもわかると思うのですが、どうも「代表サッカーは別物」となってしまう人がチラホラいるようでして。その考え方が気になったので、あえて、このタイミングで書いておきます。

もちろん、試合に負けたらその責任の大半は監督にあると思います。が、合わせて「監督の戦術がすべてではない」ことも、共通認識として持っておきたいかなと。

そ、そ。育成家じゃなくてセレクターってことです。


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Posted on 2016/09/05 Mon. 00:12 [edit]

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サッカーW杯アジア予選「日本対UEA」感想  自分たちのサッカーと戦術論 


まさか、負けるとはね。しかも敗因は個人の戦術能力というか単なる技術不足にあるように見えたの残念。

まぁ負けると、いろいろなものが悪く見えるのがサッカーというスポーツですが、いわゆる「大人のプレイ」ができない選手を見るのはいろいろな意味で辛いですよね。高校サッカーが好きな人にはいいのかもしれないけど、個人的にはそこまで寛容になれないなぁ。

プロのプレイを楽しみたい口なんで。

なーんて。

何、敗因は自分たちのサッカーができなかったから? そうなん?

つーわけで「自分たちのサッカー論」についての私見を述べさていただくと、ポイントは「相手チームを考慮しているか、否か」にあると思ってます。

サッカーの試合は相手有りきではあるのですが、「誰が相手でも同じことしか出来ないで負てしまう」戦術を揶揄して名付けたものが「自分たちのサッカー」で
あると思っていて、形やプレイそのものというよりも「マインド論」であると思うわけです。

 形ではなく心がけやポリシーの話であり、もっというと、あくまで「それ」で試合に負けた時に揶揄する言葉。

つまり個人的には試合に勝てれば、相手を考えないワンパターンプレイの連続であっても「自分たちのサッカー」ではないと思っていて、それによって相手を崩せて試合に勝てれば、立派な戦術であるのは間違いないんですよね。

 ついでに戦術論。サッカーの戦術論は語ると楽しいけど、「個人の能力」がものをいうことも多々あるわけで。単純に個人能力差が試合の明暗を分けることなんて日常茶飯事です。クリスチャーノ・ロナウドがいるなら、彼の個人技を武器にするのは間違いではないないし、逆に相手に守備能力が低い選手がいるなら、その選手に一対一を仕掛けるというのもセオリーなんですよね。

相手の隙を突く。ミスを誘う。相手のウイークポイントを突く。自分たちのストロングポイントを出す。

これらの考えはサッカーの基本であると思うのですが、要は自分たちだけでなく相手があっての言葉であるのは言うまでもないところです。


あと前から気になっていたんだけど、「ゴール前を固める戦術」が結果として「相手DFには自由にボールを持たせること」になったとして、それを「相手のDFにボールをもたせるサッカー」とするのは少し乱暴な気はするんですよね。見ようによってはそう見えるのかもしれないけど、それは、間違った分析かなと。

確かに戦術論は楽しいけど、間違った運用をしてないかどうかはチェックしたいですね。


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Posted on 2016/09/03 Sat. 03:12 [edit]

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2016-09