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「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」と「ガーリッシュナンバー」の大きな違い 

改めて考えてみれば、ヒット作「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」は、今時のリア充的な高校生をディスっていただけの作品だったとも言えるのかな。もちろん、単にディスるだけではないんだけど、ある意味、そこが「リア充憎し」なオタク層の共感をよんだというか、ハートを掴んだところであったと。


もちろん、主人公の比企谷八幡は完全なるオタクとして描かれていたわけではないですよ。けど、視聴者であるオタク層が勘違いして「まるで自分自身のように脳内変換できる」キャラクターであったんですね。特に、比企谷八幡の「自分を犠牲にして事件を解決する方法論」が「オタク的手法によるヒーロー演出」としてうまく描かれていて、オタクの共感をよんだところは原作者の見事な手腕であったと思うわけです。このやり方なら、確かに非オタでもヒーローになれるみたいな「リアリティ」があった。そこが新しかったすごかったなと。で、もちろん比企谷を取り巻く2人(3人?)のヒロインも、うまく「非リア充」に描かれていたし、比企谷八幡(オタク層の代表)のよき理解者であったことも、作品がおもしろかった理由であるのは言うまでもないところです。


まとめると、あくまで作品のテーマ的にはリア充をギャフンと言わす単なる「非リア充視点」なんだけど、結果としてそれがオタク達には「オタクがリア充をやっつけている」ように見えた「オタクのヒーロー物語」みたいな感じ。

そう、結果として「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」という作品は、オタク達に「俺達はリア充よりもすごい」という幻想を与えたところが、これまでにない新たなオタク視点の物語だったわけです。


で、その「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」と同じ作者が絡んでいる作品として期待していた、今TVアニメがやっている「ガーリッシュナンバー」なる作品についてなんだけど…。結論から言うと、こちらは残念ながら、そんな「オタク達が共感できる視点」で描かれてないんですよ。少なくとも、私が見た範囲では。というか、むしろオタクの世界をディスっている感じ。

まぁ「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」は、今時のリア充的な高校生をディスることでリアリティを演出していたところもあったと思うので、原作者からすればそれと同じ手法で、今度はオタクの世界をディスってリアリティを演出したかったのかもしれないけど。うーん、そこの視点を変えちゃダメダメだと思うんですよ。

だって、だって、視聴者の大半がオタク層なんだですから。そこを敵に回す意味がわからない。オタクの啓蒙活動したかったのかもしれなけど、それをするにしったて、やっぱこの作品にも「比企谷八幡」のような視点が必要だった気がするんですよね。オタク的な
視点が。何度もいうけど、視聴者のほとんどはリア充でなくオタクなんだけど、そんなオタクが共感できる視点から描かないと厳しいですよ。それがすべてです。
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Posted on 2016/11/15 Tue. 01:00 [edit]

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