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イビチャ・オシム氏ご逝去の報に接して 

イビチャ・オシム氏の訃報に接し、心から哀悼の意を表します。

オシム氏のサッカーを私がどこまで理解できているのか正直わからないですが、オシム氏の掲げるサッカースタイル(哲学? 言動? 戦術?)は大好きでしたし、サッカーというスポーツの基本を理解できる哲学的なものに近いと感じてました。

たとえば、以下のようなオシム氏の有名な練習エピソードとか大好きでした。

それは「1対1」の練習中に、そばで見ていた傍観者(?)に「見てるだけでなく、その1対1に参加して助けてやれ」と促したという
もの。

これって要は「1対1」の状況で、数的有利な状況「2対1」を作り出して、相手を崩せ(または守れ)という指導のひとつなんでしょう。

サッカーには「1対1の状況で他の人が加わってはいけない」なんてルールはないし、逆にそういう局面をチームとしてどう打開するのか(あるいは守るのか)というのは、サッカーというスポーツの基本的な考え方のひとつであると思うんですよね。

もちろん、数的有利な状況を作ることだけが正解ではないのでしょう。

1対1のまま個人技で対処できるなら、別に数的有利な状況を作る必要はないと思いますし、逆に数的有利な状況を作ることにより「他のスペースでは数的不利な状況を作るというリスク」もはらんでいるわけでして。

要は自分と相手、自分たちと相手たち、時間や位置などの状況によって”正解が異なる”とでも言いますか。

オシム氏のサッカーは「考えるサッカー」と評される人もおりますが、要は、そのときの”正解”というか”最適解”を考えてプレイしろというスタイルが、オシム氏の「考える」ってことなんだと思うわけです。

そもそも、当たり前ですがサッカーとは「1対1」の状況を制するスポーツでないです。フィールドには各チーム11人ずつ合計22人いるわけで、その「11人対11人」を有利に進めるために「考えてプレイすること」こそが、考えるサッカーの本質とでも言いますか。

「考えるサッカー」というか、要は、いわゆる「サッカー」というスポーツの本質がそれだと思うわけです。

それってきっと、当時の世界のサッカー界からすれば、別に最新の戦術ではなかったのかもしれませんが、流行り廃りを超えた
普遍的な戦術論と言うと言い過ぎでしょうか。

日本のサッカー界は、ここ40年~50年で目まぐるしく進歩したと考えてますが、今、改めて振り返ると実はオシム氏が来るまで”サッカーの本質”を理解できている人は少なかったのではないかと思う次第であります。

まぁ、今現在も”サッカーの本質”を理解できている人はどれくらいいるか定かではありませんが(私も含め)、オシム氏が日本サッカー界にそれをもたらしていただいたことを改めて感謝したいと思います。

今までありがとうございました。安らかにお休みください。


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Posted on 2022/05/04 Wed. 20:55 [edit]

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